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第42話 8章 絶望
師走とは思えない暖かい日だった。香は大学から帰ると、宗家に呼ばれた。
「香さんお連れしました」
「入りなさい」
古城に促され中へ入ると、既に秋月と東月もいたので、微かに違和感を覚えた。まだ夜ではないので、閨の務めではないだろうが……。
「皆揃ったところで今後の神林流に関する大事な話がある。皆、よいか」
宗家の言葉に、一体何の話だろうと思いながら香は、気を引き締める。その後の宗家の話は、香の想像を超えていた。余りのことに、暫し呆然とし、言葉を失った。
「そっ、それは……」
「だから、言ったじゃろ。次の若宗家は、香、お前だ。神林流十五代目の宗家は、香月と改名したお前がなるのだ」
「でっ、でも、わっ、わたしは秋好の」
「何度も言わせるでない。お前は秋好流ではなく、その本家本流である神林の宗家を継ぐのだ。いいか、これは決定事項だ!」
「しっ、しかし……わっ、わたしは」
「くどいぞ香! 師の言うことに異を唱えるのか! お前の才能を見込み、この伝統ある神林の次代宗家にしてやるというのに、なんの不足があるのじゃ! 秋好は神林の枝ではないか!」
いつにない、激しい宗家の叱責に、香は怯えたように身を固くした。古城はこんな時も、常の能面のような顔を崩さない。東月は、微かに薄ら笑いを浮かべる。
「まあ、宗家……香も急な事で心の整理が出来んのでしょう。少し頭を冷やせば、分かる事でしょう。香、部屋へ戻りなさい」
秋月が宗家を宥めるように言い、ひとまずはこの場を納めると、古城が香を連れて部屋を出る。
「お前は、香に甘すぎやせんか」
いつも従順な香が、意外だったのだろう、怒りを納めきれない昭月が息子に苦言を呈する。
「それは、ありません。香に一番厳しいのは私です」
それは事実だった。どうしても東月の才能と比べるのか、秋月は香に対して、冷たく厳しいところがあるのだ。
「だったら厳しく諭さねばならぬぞ。師に逆らうなど論外であるとな。宗家になるお前の役目だ」
「お任せください。それで、秋好へはいつ伝えますか?」
「そうだな、早い方がいいだろう。明日にでも桜也さんを呼び出そう。お前も同席しなさい」
自室へ戻った香の動悸は中々収まらない。香にとってあまりにも一方的な通達だった。宗家の言うように秋好は、神林の枝にすぎなく弱小流派であるのは確か。しかし、その秋好流のために、この十年を耐えてきたのだ。
香にとって心の支えは、秋好流の次代宗家になり、秋好流を盛り立てること。それは亡き祖父との約束でもあった。いくら、伝統ある神林の宗家になると言えども、秋好を出ることなどありえないことだ。
しかも、涼子との結婚も考えられない。香にとって涼子は、主筋の娘で、それ以上の感情はない。愛情もない人との結婚なんて思いの外だ。
このことをお父様はご存じだろうか? おそらくまだだろう……伝えないと、そして何とか阻止してもらわないと……。
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