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Epilogue
白いスーツに身を包んだ僕と新太は、グラント家の裏手にある小高い丘の上にいた。新太は、白いワンピース姿のつばめちゃんを抱っこしている。
眼下のグラント家の庭では、僕らの結婚パーティーの最終準備が着々と行われていた。
「本当に、エディンバラへ帰って来れるなんて思ってもみなかった。ぼんやりとだけど、ずっと、その……最期の時まで、ロンドンにいなくちゃいけないんだろうって思ってたから」
実はその想像は、時折頭に浮かんでは、僕を切ない気持ちにさせていた。いま思えば、そのせいなのか、僕も新太も、ロンドンの生活の中ではあまり親しい人を作らなかったように思う。
「ああ、正直、俺もそう思ってた。
でもさ、つばめちゃんとひばりさんも、これからはエディンバラで暮らすだろ、ケルヌンノスの要望もあるし。ふたりがいるなら、匡だってエディンバラへ来る。
つばめちゃんはもう俺達にとっても大切な娘だ。今後子育てに参加しないなんて絶対に考えられない。
それに俺達のイギリスでの家族はグラント家だ。
俺達にとって大事な人達は、ここにいる。やっぱ長く暮らすなら、大事な人がたくさんいる場所の方が安心だろ。誰かに何かあればすぐ動けるし、頼らせてももらえる」
「そうだね。
それにしても、あっという間に叶っちゃって、びっくりした」
新太が意識を取り戻した翌週、僕と新太は五分間だけ、女王陛下に謁見する場を設けてもらった。
よく努めました、との言葉を頂いて、新太は「ありがとうございます陛下。褒美を賜っても?」とおどけた調子で返してその場にいる人達の笑いを誘った。
「ひとつ、お願いがあって参りました」
新太は突然、片膝をついて頭を垂れた。まるで本物の騎士のようだった。
「俺達には、大切な娘がいます。俺達にとって、子育てに最適な環境で暮らしたい。いま、魔法大学との契約上、ロンドンに住んでいますが、スコットランドへ帰らせて欲しいんです。その許可を頂きたい」
側に立っていた壮年の男性がさっと近寄り、短く耳打ちをした。
「魔女の騎士よ、いいでしょう。手配させます」
それが、短い謁見の終了の合図となった。
フリード教授はたいそう悔しがったみたいだけれど、新太は、教室を辞めるわけでは無くリモートワークやフィールドワークで仕事を続けると約束したし、何より女王陛下から下った命令なので、拒否できなかったようだった。
というわけで、新太は魔法大学所属のまま、エディンバラへ戻ることになった。
僕はというと、古巣の魔法薬局に戻れることになった。以前僕がリーダーだったプロジェクトは、メンバーを若干増やしてニコラが率いていて、そちらからも再度参加しないかと声をかけてもらっている。元々ずっと進捗が気になり機会があれば顔を出すようにしていたので、再び参加できるかもしれないことに、嬉しさもあるのだけれど、楽しみなような、不安なような。
丘の向こうに、ケルヌンノスが立っているのが見えた。
まるでお辞儀しているかのように頭を動かしたので、僕と新太は思わず会釈する。
『みなさま、準備が整ったようです。そろそろ会場へお戻りください』
足元にさっと現れた猫型のセバスチャンが、僕らを促す。
新太はつばめちゃんを抱いたまま、グラント家の方向へ歩き出そうとした。
「待って!」
僕は新太の袖を引っ張り、止めた。
「あのね、新太」
どうしてもこの場で、言いたいことがあった。
「改めて言わせて。
本当にありがとう、ここまで一緒にいてくれて。みんなにも感謝しているけれど、やっぱり、新太がいてくれたからこそ、ここまで来れた」
「俺もおんなじだ、直。直と出会って、好きになって……愛したからこそ、ここまで来れた。ありがとう、直。俺を選んでくれて」
「全部、こっちのセリフだよ。愛してくれて、選んでくれて、この国まで追いかけて来てくれて本当にありがと。愛してる」
新太の視線が僕の唇と目を行き来する。徐々に僕達の顔が近づいて……
『ピィィィィィイ』
見上げると、いつの間にかアズキが頭上で旋回していた。
僕と新太は再び目を合わせ、次の瞬間、吹き出してしまった。
僕らは素早く唇を重ねるだけの軽いキスをして、笑いながらパーティー会場であるグラント家の中庭へ続く道を戻った。
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