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A Knight of the goddess 女神の騎士14
それまで口を挟まずに俺の話を聞いていたダイアナは、はああー、と大きなため息を吐いた。
「それで、ザ・マルを馬で走り抜けてバッキンガムへかい!? 突飛過ぎてスーザンの話じゃ要領を得ないと思ってお前に聞いたのに、結局大して変わらんじゃないか!」
「いや、事実を順に述べてるだけなんだが……てか、ザ・マルってなんだっけ?」
「バッキンガム宮殿までの通りの名前だよ。
新太、説明が抜けてるとこもあるよ、どうしてこんなに疲弊しちゃったのか、とか。
でもそれもひとまず置いとくね。どうして二ヶ所だって分かったの? あと、僕がいる方も」
「教授の話と、他の人達の話から。でも一番はケルヌンノスからもらった言葉だな。他にもヒントをもらって、大体見当がついた」
「なんて言われたんだい?」
「この国の城と砦、直がいる方は『この国の献身と真心』の前」
おーう、とダイアナが感嘆した。
「なんと分かりやすい」
「やっぱ、こっちの人だとそうなんだな?」
「え、全然分かんない」
「まあまあ。
で、俺が走り出したのを見て、国際魔法警備の人がスーを車に乗せて追いかけてくれて、まあでも向こうの方が速いよなやっぱ、途中で追い抜かしたらしくて、俺が手前の広場にたどり着く前に、もう場所を知らせるためにアズキが鳴いて、簡易魔法陣の上でスーが詠い始めてた」
「どうして馬だったんだろね?」
「馬だったら早く行けるし、街にも馴染むだろうって妖精 が言ったらしい。ましろが通訳してくれた」
「うーむ、あの辺りだったら確かに、一理ありそうで、しかし、無いねえ」
「だよな。馬で街中走り抜けてる間みんな振り返るし、どー考えても目立ってた」
時折警察官らしき人が馬に乗っているのを見かけるので、普段から馬がいないことは無いのだ。しかし観光客も多いエリアなので、やはり誰かしらが驚いて振り向く。
「きっとたぶん、面白がられてただけだよね、それ」
「ああ。別に望んだわけでもないのに唐突にやられたし。あの辺りの妖精 って、かなりのイタズラ好きなのかもしれないな。
しかも俺が刀を手に持ったまんま馬になったもんだから、走ってる時の感じが違和感ありまくりで。手に刀持って二足で走ってる感覚と、四つん這いで走ってる感覚とどっちもあったんだよな……
走ってる最中は必死過ぎて気にならなかったんだが。なんなら、走りながら水筒の中身も口の中に含めたし。一体なにが起きたんだか……」
俺が感覚を思い出そうと、お湯の中から手を取り出してためつすがめつしていると、忘れることだ、とダイアナは言った。
「今後二度と無いことを祈りたいもんだ。もし万が一また誘われても断るんだよ、人の身には過ぎたことだからね。それから、あまり感覚を追うと気が狂うよ」
「了解」
「そうそう、ね、あの刀は?」
「ああ、あれ、そろそろ直も見せようと思ってたんだ。匡が送ってくれた。妖精は鉄を嫌がるっていうだろ、妖精に助力を得るって立場上それはまずかろうって、わざわざ革製の袋付きで。
騎士には剣が必要だからな、だってさ」
「でも日本刀って」
「模擬刀な。刃はついてない。
送れるのも教えるのも、こっちしかできないって理由らしい。洋刀はよく分からんとさ。扱い方はちゃんと、リモートで教えてもらった」
「いつの間に」
「驚かそうと思ってこっそりな、勉強してたんだ」
振り向いて直に笑いかける。
またまた、ダイアナが咳払いした。
「で、わたしらが必死に抵抗を続けている最中、バッキンガム宮殿前に馬姿で走ってきて、お前さんはわたしらが閉じ込められてた結界内へ中へ入り込み、」
「僕の魔力を補充した上でボーフォートをぶん殴って、あいつらが作った方の結界を壊して僕の下に戻ってきた。
そして倒れ込んで……」
直が言葉を切り、無言で俺の首の後ろ辺りにぐりぐりと頭を押し付けてきた。
「わたしらはお前さんが死んじまったんだと思ったんだよ。蘇生の詠いをしてしまった。そしたらスーが来て、間違っている、と」
「はあ、待て、スーが来た!? あいつ、つばめちゃん背負ってたろ? 外から詠うのはありがたいしやってもらいたいが、近づくのは危ないから絶対止めろって、あれほど言ったのに!」
「まあまあ。僕の詠いが間違ってるのを指摘してもらえたし、あの時にはもう、戦闘の中心は結構離れてきてたから……まあ、なんか、アズキが戦闘に加わりに行っちゃったから出ざるを得なかったって言い訳はしてたかな?」
「あの子が出たのは自分も戦うためさね。間違いないよ。パティにかなり絞られた」
「ダイアナだって相当叱ってたよね?」
「あれ、そういや二人は?」
俺達が素っ裸だろうがなんだろうがお構いなしなのがグラント家の女性陣である。遠慮して別室にいる、ということはあり得ない。
「女王陛下の晩餐会に招かれたんで、ユズキ達と一緒に、そっちへ行ったよ。今回の功労者のひとりとしてね」
「スー、凄かったよね。あんなに大規模な詠いができるなんて。後で、あの場にいた大勢から取り囲まれて、褒められたり感謝されたりしてたんだよ」
「アレで増長しなけりゃいいんだがねえ」
ダイアナが、満更でもなさそうににっこりと笑う。自慢の孫娘ってことだな。
「ちなみに僕達も呼ばれてたんだけど、新太、なかなか目を覚さないから」
「あー、この国の、真心と献身か……」
「おや、会いたかったのかい?」
「興味が無いことはないが、無理に会いたいってわけでもないしな。つか、つまり女王陛下は、魔法界のことを知ってるのか?」
「もちろんさね。魔女狩りの時代を止めてくださったのも、魔法界の存続を秘匿で認めてくださったのも、女王陛下だよ」
「議会へ向かった岬先生達は?」
「ああ。あちらもうまくいったそうだよ。ビッグベン周辺は元々工事をしていただろう? アレに便乗して、付近の道路を封鎖した上で国会議事堂横のニューパレスヤードに魔法使い達が閉じ込められてたらしい。
アズキが鳴いて場所を知らせて、ユズキの仲間達が結界を破壊して、あとは大体わたしらと同じ流れだね」
「つか、道路まで封鎖するとか、逆によく問題が起きてるって誰も気がつかなかったな?」
「まあしょうがないさね、長い工期で皆、見慣れてしまってたんだろ。
バッキンガム宮殿前と同じく、建物にかなりの損傷は出たが、逆に元々工事中だ、つつがなく修復作業ができるだろうという話だ」
「国際魔法警備も手伝って事件を終わらせたことで、まだ調査中の部分もあるみたいだけど、ボーフォートやその後ろにいる魔法使いの旧貴族? の奴らの悪事の証拠もしっかり掴めたし、岬先生達とレイモンド教授の正当性を訴えることができたんだって。それで、教授も無事解放されたって」
「そうか、良かった」
「二人とも、お見舞いに来てくれたんだよ。新太にすごく感謝してるって。どうしてだか、僕も感謝されちゃった。運命を変えてくれて、ありがとうって」
「一緒に来た?」
「うん、一緒に来てくれた」
俺は小さくそっか、良かったと呟いた。
「ねえ新太、一体どういうこと? 結局あの夜には連れ出せなかったんでしょう? レイモンド教授って、王室によく呼ばれてる有名な星読みの魔術師だよね。岬先生って、あの教授の教室だったんだね。彼から感謝されるって、しかも運命を変えたって言われるなんて、相当だよ?」
「その話はちょっと長くなる。俺達の出会いに関わることだ」
俺達の未来を変えてくれた岬先生と、教授と、その仲間の話だ。
俺は直の左手を掴み、甲にキスをした。
「その話は日を改めよう。こっちからも、ふたりにお礼に行きたいし。
そういやダイアナ、確認つーか、相談したいことがあったんだった」
俺は、与祝の詠いをしている最中、直の様子が変わることについて説明した。
特に、事件が発生する直前の儀式では、まるでこれから起こることが分かっているかのように、いつもの三倍ほど魔力供給を強請っていたことを話す。
「まさか、誰かに身体を乗っ取られてるとか、ねえよな? 詠わずにカーテン指先だけで閉めたりもしたが」
「そっか、それであんなこと聞いてきたんだ!」
あんなこととは、サイコキネシスのことだろう。
「ああ、それは、無意識のナオだねえ」
あっけらかんと、ダイアナが答えた。
「無意識の、僕?」
「儀式中トランス状態になるだろう、いつもは隠されているナオが、ひょっこり顔を出したのさ。
毎回同じ調子なら間違いないよ。誰かに取り憑かれてるわけでも操られてるわけでもない、安心おし。カーテンを動かしたのも……恐らくサイコキネシスのような能力を、ナオは元々持っていたんだろう。専門ではないから断定はできんが。
それにそもそもアラタ、お前だってそうじゃないか」
「俺?」
「ああ。ナオがそ う なって、結構日が経つんだろう。いつものお前ならすぐさまわたしに相談しただろうに。
お前だって、心のどこかで理解してたんだろう、特に危険はないと」
なるほど、そういうものなのだろうか。
「本来わたし達は、予兆を感じ取ったり、予言したりするものだったんだ。必要がなくなって、表には現れなくなっただけで、失ったわけじゃない。いつもはわたしらの精神の奥底に隠されている。
今回は大きな事件を察知して、備えたということだろうさね。
これからも、大なり小なり変化があるはずだ。お前さんだけに見せる姿だよ、汲み取っておやり」
「そうか……ありがとうダイアナ、安心した」
直が、俺の首筋にキスをして、頬を擦り寄せ、新太もありがと、と囁いた。
「なら、もういいか。懸念材料も無くなった」
「ん? 何がだい」
「なあダイアナ、もしかして俺達、お願いしたら、女王陛下にちょっとだけ謁見とか、できるかな?」
「おや……まあ、そもそも今夜の晩餐会にはお前達も呼ばれていたし、望めばレイモンド教授の協力も得られるだろうから、できんことはないだろうが……何を企んでる、アラタ?」
「ははは、いやあ、実は」
俺はダイアナの使い魔、ケルヌンノスとのことを思い出していた。
「約束があってさ」
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