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A Knight of the goddess 女神の騎士13
全身を包む温もりと、強烈な草木の匂いで目を覚ますと、自分の身体が胸の辺りまで、緑色のお湯に浸かっていた。
『――来たれ来たれ、癒しの女神
我は求めん、慈悲を運ぶ力を
三羽の鳥を
来たれ来たれ、三羽の鳥
我は求めん、まさにいま、この場に羽を休め
騎士に祝福を賜らんことを
来たれ来たれ……』
ここ数年、見慣れたバスルームの、湯船の中だ。
そしてとても良く知っている手が俺の胸の辺りを押さえ、心地のいい優しい声が、耳元で詠っている。
というか、この背中全体に感じる温かい感触、そして背中の下の方に当たる、熱く柔らかい異物感は、つまり。
俺は、その正体を確認するために身じろぎした。
「目、覚めた?」
「……ああ」
「ごめんね、びっくりしたでしょ。
肋骨の方は、病院で検査して、手術が必要なほどじゃないって言われたから、家に連れて帰ってきたんだよ。
で、魔力というか、新太の場合は精神力かな? そっちの疲労の方がとっても激しくて、そのせいで眠ってたみたい。早めに治したかったから、全身薬液漬けで治療する方法試してたんだ。
意識がなかったから支えが必要で、僕も一緒に入ってるんだよ」
「……あれから、どれくらい経った?」
「五日。時々目を覚まして、何度か少しだけ会話もしたのだけれど、やっぱりあれ、朦朧としてたんだね。覚えてないのも仕方がないよ」
「そうか」
俺は試しに湯の中で、両足両手の指をぐーぱーと動かしてみる。次に足をそれぞれ上げてみて、最後に両腕を薬液の中から出してみる。
可動に問題はなさそうだ。
とろみを帯びた液体は、俺の指にまとわりつきながら、ゆっくりと滴り落ちる。
「どうしたの? ね、まだもうちょっと詠いに時間がかかるから、寄りかかったままでいてよ」
「直」
俺は湯船の縁に手を置いて、直の方を向いた。
「こんなエロいシチュエーション、俺が我慢できると思うか?」
「えっ?」
片手を直の頬に当て、もう片方を直の下腹部へ滑らせる。
直のぽってりとした唇を舐め、口を開かせて舌を中へ侵入させる。と同時に、直の玉をやわやわと優しく揉む。
「あ……っん」
直の竿がぴくぴくと反応しているのを感じた俺は、直の口の中に溢れ始めた甘い唾液を吸い、竿に手を移動させて握り、ゆっくりと扱く。
「あっ、あら、たっ。まっ、ちょ、まっ、て! あんっ」
横から、ん゛んっ、というでかい咳払いが聞こえた。
「せめて点滴で生きてる間くらい、その溢れんばかりの性欲が落ち着かんものかね?」
「……ダイアナ」
俺は目だけ動かしダイアナの姿を確認して、それでも直のやや硬くなったものから手を離さず、美味しそうな唇に再度口を寄せたが、どちらも直の手で動きを封じられた。地味に凹むが、頬と耳がほんのり赤く染まっているのを見て、口元が緩んでしまった。
「全く、お前には毎度毎度、いろんなことで度肝を抜かれるねえ。寿命が縮んだらどうしてくれるんだ」
『わたくしもダイアナ様の隣におりますよ。それからつばめ様も。ましろは……恐らく新太様の影におります』
俺がこうなったせいか、とましろに対して申し訳なく思っていると、
『またダダ漏れですわよアラタ。私の方はどうかお気になさらず、療養に専念してくださいませ。アラタが元気になれば、私も元気になるのですから。
なにはともあれ目覚められたようでなによりですわ、オーバーアンドアウト』
一方的に話され、一方的に切られた。
「だいたい、お前さんならこっちを見なくとも、わたしやセバスチャンやツバメがいることくらい把握できるだろう? わざとに決まってる。
是非ともわたし達がここにいることを気に留めといて欲しいねえ。間違ってもいま、おっ始めないどくれ。
それとあのリビングの暖炉の上にあるモノはどういうことか説明して欲しいんだがねえ。ハンカチを外したら、とんでもないモノがあってびっくりしたよ、なんの冗談だい?
いまはもうほとんど残っていないようだが、“福音”とやらの、こっちの世界でいうとこの結界の残滓のようなものも、屋敷全体を包むように残ってるし」
ダイアナは、ぶるぶるっと身体を震わせる。
俺と直は目を合わせた。
「あー……いままではほとんど、この家に他人を招くことがなかったから、ここまで指摘されるモノだとは思ってなかったんだよなあ」
「え、新太、ひばりさん達以外にも言われたの?」
「岬先生と、ラリーっていう、岬先生の仲間の人。あのハンカチは岬先生が巻いてくれてた」
「そっか、そういうことだったんだ……あのね、お見舞いに来てくれた人達の中にも、家全体に違和感があるからどうにかした方が良いって言う人がいたんだ。ダイアナに言われて、ハンカチで包み直してはいたのだけれど」
「あー、ダイアナ。あの暖炉上の十字架はな、元々あの場所に備え付けてあったんだ。勝手に外すのも気が引けてそのままにしてただけで、俺達には、特に意図はない。家主の家族が多分、信者だったんだよ」
「ふうむ、そうかい。しかしねえ……」
ダイアナは何やらぐちぐちと言っている。
通勤時間含め、結構快適だと思っていたのだが、この家、もしかしなくても、魔法使い界隈ではNG物件なのかもしれないと、いまさらながら思う。
ロビンにとっては当たり前の環境で気にすることではなかったのだろうし、俺達の方は鈍くて支障がなかっただけなのだろう。
「あ、そうだ! フリード教授から伝言があるよ」
あの人も来たのか。俺は黙ったまま頷き、続きを促す。
「『モニタリング、大変面白い数値が数多く出たので突飛な事象が多々あったのだろう、至急、詳細な報告書提出求む』だって」
「……了解」
「あと、まだ勝手に死んじゃダメだからねって。生きているうちに取らなきゃならないデータがまだまだたくさん残ってるから、だって。
えーと、ほら、誰だっけ? 同じ研究室の。あ、ジョシュアさんだ、あの人も一緒に来てて、すっごく苦笑いしてた」
「ああ」
教授が相変わらず過ぎて俺も苦笑いが出る。
ジョシュアだって色々と忙しいだろうに、でかい子どものお守りか。
「あと恭一郎さん達、ロンドンに着いた後、そのまま国際魔法警備の掃討作戦に参加しちゃったって。
いまも事後処理に協力してて、全然うちに来れてないんだ。来れそうになったら連絡するって。
……ねえ新太。そろそろ元の姿勢に戻って? いま、身体に力が入ってるでしょう、肋骨痛くない?」
「……」
俺は直と向かい合わせのままになっていたのだが、やや膝立ち気味で、姿勢を保つためにたまに両手で浴槽の縁を握っていた。
そう言われれば、胸の辺りが地味に痛いな。
「あー、さっきの姿勢だと直の顔が見えないから」
「ダメ。否定しなかったってことは痛いんでしょ。ほら」
俺はまるで猫を扱うかのように、両脇に手を差し入れられ、あっという間に元の姿勢に戻されてしまった。
再度、咳払いが聞こえた。
「なあ、もう良いかい? これじゃいつまで経っても話ができないよ」
「ああ、俺の知ってること聞いて、事の顛末の確認を、ってことだろ?」
「全く! 分かってるなら早く本題に入りな!」
ダイアナが自分の太ももをぱんぱんと叩いて急かす。最初に話を脱線させたのは、ダイアナだったような気がするのだが。
「僕達はいつも通り、サバトの儀式を終えた後は、夜明け近くまで会食の予定だった。
何時頃かははっきりと分からない、まだ日も昇らない、暗い時間帯に結界が突然破られて、僕はその衝撃で吹き飛ばされて、意識を失った」
「わたしらも、ほぼ同時に失神か何かの魔法を使われた。かろうじて反撃しようとした者もいたらしいが、まあ、無駄だったね。目を覚ました時にはご丁寧に全員、あの場所に――最初は真っ白い、窓もない巨大な部屋に見えてたんだ――倒れてたんだから」
ダイアナは俺を見て、頷いた。
「あー……俺の方は、大学の構内にいて、その日の午前の授業が終わったところで、岬先生に声をかけられた。俺達が事件に巻き込まれてないか、確認のためだったと思う。
そこへスーザンから連絡が来て、直達が連れ去られたことが分かった。
直達の事件と、岬先生が関わる事件が同じだと確信した岬先生から、レイモンド教授を連れ戻して欲しいという依頼があった。
俺は岬先生にこの家に来てもらって、打ち合わせの後つばめちゃんのことを頼んで警察の施設に忍び込んで……結局、レイモンド教授は、その場に残った。色々教えてはくれたんだけどな。なあ、教授って」
大丈夫、と直が後ろから俺の上腕を軽く叩いた
「その話は後で」
「ああ、うん。
それからラリーが運転する車に乗って一旦この家に帰ってきて、岬先生とラリーと三人で情報を共有した。
岬先生達を見送ったのが、直達が連れ去られた次の日の朝方五時頃だ。またスーザンから連絡があった。ダイアナの使い魔、ケルヌンノスから、俺とつばめちゃんが呼ばれたってな。
つばめちゃんと一緒にエディンバラへ行って、スーに案内されてグラント家の森に入って、ケルヌンノスに会って、そこでもいくつかヒントをもらった。
そのままスーと一緒にロンドンへトンボ帰りして……
スーザンと一緒に電車に乗って、エディンバラからキングスクロス駅まで辿り着いて岬先生と国際魔法警備の人と合流して、ウェストミンスター地区へ向かおうとしてたんだ。バッキンガム宮殿の前に直がいることは確信してたんだが、もう一ヶ所がどうも自信がなくて。
結局、|ウエストミンスター《国会議事堂》宮殿だろうってことで、どう動くかの話をしてる途中でみんなが俺のことめっちゃ見始めたと思ったら、俺、もう馬になって走り出してたんだよ」
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