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A Knight of the goddess 女神の騎士12
新太は無言で僕の顎の下に手を添え親指で唇を開かせた。
されるがまま口を開くと、口付けされながら、めちゃくちゃ苦い液体を注ぎ込まれる。
反射で突き飛ばしそうになったけれど、きっと必要なことなのだと思ったので、反対に新太の背中辺りの服を思いっきり握りしめて、どうにか液体を飲み下した。
「……ぷはっ、新太」
新太が僕のお尻に手を当て素早く詠うと、身体に魔力が浸透していくのが感じられた。
顔を離して新太と目を合わせる。
新太の顔がみるみるうちに切り傷だらけになった。頬からは一筋、血が流れた。
「っ!?」
新太が自分の胸の辺りを手で押さえた。僕は慌てて新太から身体を離す。
そうか、いま、僕の傷が新太に転移してるんだ!
「新太! 僕、肋骨が」
「分かってる、心配するな」
「でも……!」
「もう一カ所でも同じようなことが起きてる。そっちは岬先生に連絡して、全部手配済みだから安心してくれ。
すまないがこっちの結界はまだ頑張って維持しといて」
どうして岬先生が? と尋ねたかったけれど、言い終わる前に、新太の視線はボーフォートに向いていた。
「よお、また会ったなストーカー野郎。つくづく嫌な縁だぜ」
「性懲りも無く私とスオウ・ナオとの仲を引き裂こうとする犬畜生が」
新太がはっ、と笑った。
「全く学習しないんだな。それとも短いムショ暮らしでもうボケたかよ? 脳みそ弱過ぎ。
つかあんたの方が、匂い辿ってしつこく追いかけてくる犬だろ。
いや犬の方が頭良いか、犬に失礼だ」
ボーフォートは杖持った腕を振り上げた。
「だから詠唱なんてさせねえって!」
新太は猛スピードで飛ぶように走り、入ってきた時同様、僕らの結界も相手方の結界も全く意に介さず、あっという間にボーフォートとの間合いを詰めてかがみ込んだ。
左手にはいつの間にか、日本刀が握られていた。
きん、と小さく鋭い音と共に出現した刃が、下から切り上げられる。
「あ゛ーーーー!!!」
ボーフォートが情けない声を上げて、のけ反る。血が出る、と思った次の瞬間、ごきり、と嫌な音が鳴った。
刀の後を追うように振られた鞘が顔の横にヒットし、ボーフォートが文字通り吹き飛んだ。
周りの魔法使い達はパニックを起こしたのか、ボーフォートを放置したまま新太の周りから逃げ惑う。
「はっ、やっぱ引っかかったな! 本物の日本刀なんて持ち歩くわけない、模擬刀だわ馬鹿どもが!!!」
手早く納刀し、日本語で言い放った新太は、刀を左手で持ったまま、振り向きざま、右手を思い切り引いて結界に殴りかかった。
ぱりん、ぱりんと何かが割れる音はしたものの、拳が引っかかっているように見える。
「あーーーもう何枚あんだよこんのクソったれがぁ……壊れ、ろぉおおお!!!」
新太は再び拳を引いて結界を殴った。
ぱんっ、と弾けた音がして、外からかけられた結界が無くなったことが、感覚で分かった。
誰かが叫んだ。
「いけぇーーー!!!」
僕ら側で作った結界があっという間に解除され、魔法使い達が、一斉に走り出した。
新太の所業に戦意を削がれたのであろう、逆に動きの鈍い相手方魔法使い達の掃討が始まった。
僕は、その場に残った人達が攻撃に晒されないよう、慌てて左腰の焼き印を使って、付近に結界を張り直す。
「新太!」
新太が魔法使い達が向かう流れに逆らって、僕の結界の中へ歩いて戻ってくる。
僕は走り寄り、
「あの人達止めなきゃ! あんなに派手に暴れたら、ロンドン中に魔法のことがバレちゃう」
「大丈夫だ。アズキが鳴いたから、もう国際魔法警備が、あいつらのよりも更におっきな結界を張ってくれたはずだ。
まあそれ以前に、この地区にいた非魔法使いの人達を、爆発物を仕掛けたっていう脅迫状が届いたから緊急避難だって言って、避難させてたしな」
痛いのか、新太は話しながら右手拳を開いて下にぶんぶんと乱暴に振っている。
「右手、結界壊したときに痛めた?」
「平気平気。あー、クソ。頭にき過ぎて全然手加減出来なかった。納刀したまま顎に当てて失神させるだけのつもりだったのに……ははっ、なあ、あのボーなんとかの馬鹿ヅラ見たか? 周りの奴らもビビり倒してたよなあ、俺が結界壊してる最中にいくらでも攻撃できただろうに……ああ、それ考えたら抜刀したの、正解だったか?」
はっはっは、と笑いながら、新太は胸を押さえ、身体をどんどんくの字に曲げていく。
「は……っあー、痛ってえ……」
「新太! 肋骨が」
瓦礫が散乱した地面にゆっくりとしゃがみ込む。
それでも痛いのか、新太は地面に横たわってしまった。
「……遅くなって、ごめんな」
「ううん、新太、結局こんなに無茶させちゃって、ほんとに、ごめんねぇ」
僕は新太が少しでも辛くないようにと思い、座って、僕の太ももに新太の頭を乗せた。
新太が横を向いて咳き込む。地面に血が飛び散った。
「新太!?」
大暴れした反動で、折れた肋骨が内臓を傷つけたのだろうか?
興奮で赤くなっていた先程までとは打って変わり、新太の顔色は真っ青になっている。
「ああ、どうしよう、どうにかしなきゃ。痛いよね、ごめんね、ごめん」
「直の、せいじゃないし、直が、もう痛くないなら、全然、構わない。
ああ、直……無事で、良かった」
僕の顔を心底愛おしそうに見つめて笑い、僕の頬に手を添えた。
「なあ、直。帰った、ら……結婚パーティー、しよう」
一気に記憶が蘇る。
そっか、あの時この話がしたかったんだ、新太。
つばめちゃん達がやってきた日、ソファの上で話していた時に、時間が巻き戻ったみたいだ。
あの時と同じように新太の頭が僕の太ももの上に乗っていて、新太は下から僕を見上げている。
嬉しさと驚きと申し訳なさで、感情がぐちゃぐちゃで涙が溢れる。
「つばめちゃん、恭一郎、さんも、カヴンのみんな、父さん、母さん、新奈、グラント、の、みんな、森、の守り、手のみんな、あと、ひばりさんと、たすく、ロビンも、呼んで……」
「うんっ、うん!」
「ありがとうって、みんなに、伝え、たいんだ」
「うんっ」
「泣くな。な、お……」
涙を拭ってくれた新太の指が僕の頬から離れ、手が落ちる。
新太の瞼が閉じられた。
「……あ、らた?」
呼びかけても揺すっても、瞼は開かない。
「え……ヤダ、嘘でしょ? 新太、ねえ、新太?」
「ヤダ、ヤダ、そんなっ」
「新太、新太、返事してよ、目を覚まして!!!」
いつの間にか隣に来ていたダイアナが、僕の右手を掴む。
僕の手は、超特急で地面に描いてくれたのであろう、魔法陣の上に置かれた。
「ナオ、蘇生の魔法陣だ。粉は?」
「要らない、魔力は充分回復してる!」
僕は左手を新太の胸に置き、ありったけの魔力を両掌に込めた。
『来たれ来たれ、癒しの女神
我は求めん、還りゆくものを留める力を
三羽の鳥を』
「……め、がみっ!」
僕は異常事態を察知して、詠いを止める。
「なんで効かないの!?」
魔力が新太に通った手応えが全くない。全部弾かれて、外へ流れていく。
もう一度最初から詠ってみるが、反応は全く同じ。
何度やっても、全部流れる。
「え……なんで、どうして!? 僕はっ……新太は、僕の騎士でしょう、魔女の騎士なんでしょう? どうして僕が新太を助けられないの? 僕はっ、」
目からぼろぼろと涙が落ちる。
「僕は新太の女神なんでしょう!?
僕が新太を助けられないなんて、そんなの、そんなのっ!」
うそだ。おかしすぎる。信じたくないし、信じられない。
「助けられてばかりじゃないか! 僕なんて、いる意味がない!」
新太の身体を抱きしめて、僕は声の限り叫んだ。
「イヤだ、ねえ、どうしよう、どうしたらいいの? ねえ、行かないで、行かないでよ新太、お願いだから、目を覚ましてぇ!!!」
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「その詠い、まったぁーーー!!!」
びたんっ、と結界の方から派手な音がした。
顔を上げると、僕が作った結界に阻まれたスーザンがいた。
「スーザン……」
「ねえ何寝ボケてんの!?」
「だって新太が……」
「ちゃんと確認した!?」
「か、確認……? スー……でも」
でもじゃない! と言いながら、スーは結界を叩く。
「あーもーっ、この結界邪魔なんだけどっ!?
ねえナオ、落ち着いて! 冷静に考えてよそれアラタだよ? 絶っっっっ対、違うから! そんな簡単に死ぬわけないじゃん!!! ほら、ちゃんと確認して!!!」
僕は、新太を抱きしめていた腕の力を少しだけ抜いて、血の気がなくなった新太の顔を見た。
怖い。全てが確定してしまいそうで、恐ろしい。
僕は唾を飲み込み、新太の薄い唇に震える指で触れてみる。
分からない。唇は閉じられているのだから当たり前か。
僕は恐る恐る、新太の鼻先に耳を近づけた。
すーっ、すーっ、という、深い息が聞こえる。胸に手のひらを当てると、ちゃんと、上下しているのが感じられた。
「あ、あ……」
驚きで言葉も出ず、涙を流すことしかできない。
僕を様子を見ていても、生きているのか死んでいるのか判断がつかなかったのだろう、隣にいたダイアナも慌てて新太の鼻の辺りに手を翳す。
「ほら、ねえ、息してるでしょ!? どうして先に確認しないの、蘇生魔法なんて効くわけないじゃん、そもそも死んでないんだから!!!
そいつ、ここに着くまでいろいろ無茶やってたし、全然寝てないし、突然ぶっ倒れるし、気付け薬嗅がせたら吐くし、嗅がせてなくても吐くし、さっきも無茶苦茶やってたでしょ!? たぶん直に会えて安心して、疲れて寝ちゃっただけだってば!!!」
「ね、寝てる、だけ……」
結界の向こう側で地団駄を踏みながら「大体戦闘も終わってないのにそんなところで寝始めるとかどんだけ図太いんだ」とかなんとかスーが文句を言い、ダイアナが隣で腰を抜かしているのを尻目に、僕は涙が止まらなくて、声を上げて泣いた。
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