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Prologue
それは少し小高い丘の上。
大きな屋敷を見下ろせる場所に、一頭の牡鹿が立つ。
鹿はその場所から、屋敷に住む魔女の家族、出入りする仲間、そしてひとりの魔女とその騎士を、何時間も、何日もかけて眺めていた。
ある時、頭上で鷹が一声鳴いた。
鹿は、鳴き声に促されたように頭を上げ、天を見上げて何事かを呟く。
呟きは誰の耳にも届くことなく、そもそも人が解する言語の形にも成っていなかった。
だが。
『来る』
囁きが、風に乗って魔女の騎士の耳に届く。
騎士は弾かれたように丘の方を見遣るが、そこにはもう、鹿の姿は無かった。
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