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"I still love you." 「それでも、きみを愛してる」1
『あらた、ねえ、あらた』
柔らかく可愛らしく奏でられる、鳥のさえずりのような声。
『あらた、きて』
脳内に直接響く呼び声に、俺は大きく背伸びをしてからベッドを抜け出す。結界で守られた空間を移動するだけなので、寒さはそこまで感じないし、結局すぐに脱ぐ羽目になる。
身につけているものは、モニタリングのために左耳につけられた、黒地に白い紋様の入ったリングピアスのみ。俺は何も羽織らず、裸のまま、寝室から外へ通じる窓を開けた。
十二月、明け方のロンドン郊外はそんなに明るくは無い。特にいまのような冬の時期になると、夜明けがかなり遅くなるため、むしろ暗い。だが、俺は目を眇めた。
直は、俺と同じく裸で、庭に設置された魔法陣の上に佇んでいる。身体は、内側から淡く発光していた。白く引き締まった身体は壮絶に美しく、艶めかしい。嫣然と微笑む姿は、直のはずなのに、ふとした瞬間、直ではない別の誰かのように感じてしまう。
左手を差し出された俺は魔法陣の中へ入り、導かれるまま向い合せに両手の指を絡ませ繋ぎ合わせ、身体を密着させる。
皮膚、呼吸、視線、そして甘く芯を帯び始めた俺と直のものが触れ合う。ゆっくりと擦り合い、徐々に全身の体温が上がる。
直のぽってりとした唇が少しだけ開き、視線が俺の唇へ送られる。それを合図に、俺は直の朱を帯びた柔らかい唇に唇を寄せた。
合わせるだけのキス、そして舌を入れ絡ませ、唾液を、悦びを交換する。時間をかけず、俺と直のものは硬く屹立し、先走りでてかりを帯びる。
額をくっつけたまま、直の唇が、つかず離れずの場所で詠い始めた。
『囚われた
哀れなる者に祝福を
番失くして生きられぬ
愚か者共に挽歌を
道のりは永く 短い』
俺はいつものタイミングで腰を下ろし胡座をかき、両腕を差し出す。直は俺の太ももの上に腰を下ろした。
俺の硬く尖ったものが、昨晩の名残りで濡れて柔らかいままの直の穴の中につっぷりと飲み込まれていくのと同時に、滑らかな肌が俺の胸に押し付けられながら、降りてくる。
『約束は導く
一筋の光を
だが光の外は闇
踏み外せば混沌』
俺は少しでも隙間を失くそうと、その背に手を回し、上に滑らせながら、降りてくる身体を強く抱き寄せる。
俺のものが完全に直の中に包まれると、直の口から、はああぁ、と甘い吐息が漏れた。
直の手のひらが、俺の頬に添えられ、目と目が合う。
綺麗だ。
いつも以上にきらきらと輝く直の瞳に、目が離せない。
『混沌は生命 を生み出し
生み出されたものは混沌へ
身の内に孕んだ混沌は形を成し
成したものから混沌へ――』
詠いに合わせ、どちらからともなく、ゆっくり、少しだけ揺れる。ひたすらに優しく、温かく、とろみを帯びた柔らかな儀式 。
そのうち明るい混沌に包まれて、俺達は放出された熱い液体で体温を同じにし、境目を失くして溶けて混ざって、ひとつになった。
「……新太、おはよ」
「おはよう、直」
声をかけられて、硬く手足を絡ませ抱き合っていることを、ようやく自覚する。
直の身体から発せられていた淡い光は、いつも通り消え失せていた。
「ああ、僕、今日もやっちゃったんだね」
はぁ、という直の甘い吐息が耳にかかり、俺は快感でぶるりと身を震わせた。
「やっぱ今日も、覚えてないのか」
「うん。予祝の詠いをやり始めるとすぐにトランス状態になるの、止められていないみたい……」
直は、俺が直の騎士になって数日後から今日まで――あれからもうすぐ三年経つ――、毎朝“予祝の詠い”を行うようになった。予祝、というのは、結果はまだ出ていないが、必ず叶うという前提で、先んじて、神に感謝と祝福を伝えるために行うものだという。
予祝の詠い行うことにより、直の身体に刻み込まれた魔法陣を使用する際の詠いをほぼ省略できるようになる。
何かあった時のためにと、直がひとりで始めたのだが、何かあるとか考えたくもないし、その時は俺もセバスチャンもましろもいるんだから、と一度は言ったが、直の決心は揺らぎそうにもなかったので、受け入れている。
しかし、あの状態は本当に、トランス状態なのだろうか? 直が予祝をやり始めた数ヶ月後から現れ始めた症状だ。
まるで別人のような表情、そして、いつもと趣向の違う詠い。儀式に最初から参加しているわけじゃないから、元からああなのか、それとも直が意識を飛ばしている間だけ、変わるのか……
「今日も朝から巻き込んじゃってごめん。毎回儀式の手順をちゃんと見直してるのに、どうしても性魔術に戻って、新太を呼んでしまって」
「良いんだって、いつも言ってるだろ」
直がしゅんとした顔で、俺のおでこに自分のおでこをこつんとくっつけてきた。大変可愛らしい。でれっと笑いそうになるのを我慢し、表情筋の最大限の力を発揮させてキメ顔を保つ。
「全然大丈夫だ。好きでやってることだし、呼んでもらえて嬉しい。それに、トランス状態の直のこと、見張ってられるしな」
「うん、ごめんね、ありがと」
「ごめんは、要らねえかな」
ちゅ、と軽いキスを唇に受け、俺は口を開いて舌を差し入れる。口腔内を犯し、甘い唾液を啜ると、俺のものが再び硬く育つ。未だ腹の中にいる俺の変化に反応して、直が、うぅんっ、と悩ましげな声を上げた。
「いや、これはほら、な? 直がエロ可愛いくてさ、俺としてはこのままベッドで続きをヤるのもやぶさかでは無いというか」
とろけた顔で頷きかけた直は、しかし流されてはくれなかった。
ぷるぷると首を振る。
「もうっ、ダメだよ! そんな時間きっと無いでしょ? 出勤の準備しなきゃ」
「だよなあ、そうだよなあっ!」
しかしだ。仕事へ行かずこのままふたりでダラダラと過ごしたいというか、
「ヤりたい、ずっとヤり続けたいんだよ、こんな忙しない感じじゃなくてさあ! もっとゆったり甘々でどろどろな感じを求めてるんだよお」
ぐりぐりと、直の胸に顔を押し付ける。
「確かに、最近せわしないかな。でも、毎日ヤってるし」
「いやいやよく思い返してくれ直! 俺らお互い頻繁に出張入ったり残業したりするだろ、会えない夜だってあるんだ毎日ヤっては無いぞ?」
「朝の儀式」
「儀式は儀式だろ」
儀式はしょせん儀式だ、本来エロい感じにやっちゃいけないらしいから下手に動けない、もちろん腰も振れない。直の良いところをしつこく攻めるのも擦るのも無し。つまり、思う存分エロく甘やかしてぐずぐずに蕩かすことができないのだ。
「足りない、全然足りない! 一週間くらいずっと入れっぱなしにしたい!」
「無理だよ、そんな長期休み、いまは取れないし」
「大体、直は満足してるのか!? いや、エロいことをするのだけが愛情表現の仕方だとは思わねーよ、けどさあ、けどさあ!!」
「うーん……」
「え、うーん!? 待てよ、もしかして俺達、世間一般で言うところの倦怠期? 倦怠期なのか!?」
「もう新太ったら、違うよそんなんじゃなくて!」
直が、身体で俺の身体を擦ってきた。直の敏感な乳首と、甘く濡れた、少しだけ硬いままの性器が、俺の肌に当たる。
すかさず濡れた亀頭に手をやり指で擦ると、んんっ、と身体全体を震わせた。蜜がじわりと溢れる。
「あんっ……あ、あのね、新太。僕、何よりもまず、こういう時間があることに感謝してるっていうか、幸せなんだ。だから、足りないっていう風には考えられないというか……だから……」
直の顔が真っ赤に染まり、顔が背けられる。
俺は大声で叫びたくなるのをぐっと我慢した。まだ早朝だし、いくら結界張ってるからって、一応ご近所さんもいるしな!?
「あーくそっ!! 可愛い、ちんこ痛ぇ!」
「ふっ」
もの凄く抑え気味に唸ったところ、直が吹いた。
「もーさあ、いっそのこと職場爆発しねえかな」
「ダメだよ、物騒なこと言わないで。お給料貰えなくなっちゃうよ?」
直が笑いながら話した直後。
うふふふふ、きゃっきゃっ、という笑い声がそこかしこからはっきりと聞こえた。
俺は弾かれるように顔を上げ辺りを見回す。笑い声は徐々に重なり、かなりの音量になった。
これはうるさい。
俺は咄嗟に両耳を手で塞ぐ。俺の様子に気づいたのか、直が俺の右手に、そっと手を重ねた。
「どうしたの、大丈夫?」
「や、なんか、妖精 がいつもより……」
嬉しそう、もしくは楽しそう、それとも、別か。
妙だ。普段と違う感触に鳥肌が立つ。
俺達は変わったことはしていない。いつも通り直が先に起き、予祝の儀式を行い俺が呼ばれ、そのまま性魔術に移行する。いまやりとりしていた程度の冗談(やや本気だが)だって、常日頃言い合っている。
彼らにとって特別変わったことも、面白いこともないはずだ。なのに、何かが引っかかる。
考え込んでいるうちに、声は止んでいた。
「新太?」
「……や、大丈夫。多分、気のせい」
そうだ、俺は魔女じゃない。仮に魔女であっても、皆が皆、予兆や予感に強いわけじゃない。直だって敏感な方じゃない。
まさかな、と思う。
俺は至って普通の、魔女の騎士兼夫の、見習い研究者だ。
俺は直に出会うまで、オカルト全般、全く縁遠い生活を送っていた訳だし、普通普通、気のせい気のせい……うーん、普通の定義って、マジで難しいよな。
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