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"I still love you." 「それでも、きみを愛してる」2
「今日午後から、かなり天気が悪くなるらしいぞ。雨風激しいって」とシリアルを食べながら朝の天気予報を観ていた新太が言っていたので、早めに仕事を切り上げた。
職場から外に出るとすでに雨が降り出していて、僕は慌てて車に乗る。新太には、迎えが必要なら連絡ください、と携帯からメッセージを送り、途中スーパーで買い物を済ませてロンドン郊外にある貸家へ帰った。
道中何度も携帯を見たけれど、新太からの返事はなかった。クリスマスが近いいまの時期、午後四時過ぎには真っ暗になる。体感温度も低いので、自転車通勤の新太はかなり寒い思いをしているのではないかと心配していた。今朝の様子も、気になっていた。
でも、どうやら杞憂だったらしい。僕が帰り着くと、すでに熱いシャワーを浴びた後と思しき新太から、玄関先でお出迎えのキスを受けたのだった。
「おかえり」
「ただいま、って、どうしてこんなに早く帰ってこれたの?」
「電車の中に自転車持ち込んだんだよ、アビゲイルさんに勧められてさ。こんな風に天気が荒れてる時は結構便利だな。常日頃使っちまうと、身体鍛えらんないからやらねーけど。ほら、直も寒かったろ、シャワー浴びとけよ」
「新太」
手を伸ばすと、新太は僕の手から買い物袋を受け取った。そんなつもりじゃなかったんだけどな、と思いつつ、僕は、空いた手で新太の頬に触れた。
「ん、どした? あ、そうだ、メッセージ返信しなくてごめん、心配かけた」
「ううん、良いよ。それにそっちじゃなくて……ね、大丈夫? なんともない?」
「だーいじょぶだいじょぶ。元気元気! それより直の方が冷え切ってるだろ、早くあっためないと風邪ひくぞ」
新太は僕の手の甲にキスをして、キッチンへ向かった。すぐに鼻歌が聞こえ始めたので、多分ご飯の準備に取り掛かったのだろう。
「ありがと、ご飯よろしくね」
声を掛けると、了解、と返事があったので、僕はそのままバスルームへ向かった。
新太が魔女の騎士になったのは、約三年前のことだ。
新太との契約は、僕らがそれまで経験していた魔法の中では使い魔との契約が一番近いと思われていて、僕らもそのような関係になるのではないかと懸念していた。つまり、日常的にお互いの考えや感情が分かってしまうのではないかと。
でも、実際にそれが起こったのは、儀式の直後だけだった。いまはもう、新太の考えや感情は、僕には伝わってこない。
別に構わなかった。考えや感情が分かってしまうことが、魔女の騎士の儀式の目的ではなかったから。
なのに時折、お互いの感情が分かったままで良かったのではないかと思ってしまう。新太は案外泣き虫で、僕のために強がってしまうことがあると知ってからは尚更。
今回も、強がりでなければいいのだけれど。
『つまり、全く同じではないにしろ、この系統のお話は当時から、ウェールズのこの地域にのみ、あったはずですの』
たしん、と地図を指し示す、ましろの足の音がした。
「なるほど」
『この辺りで行われていたドルイドの儀式から起こったものと、ドルイドの方は言っておりましたわ。つまり、バース経由でアフリカ大陸から流入してきたという説は間違い』
「じゃあ、また“証拠集め”に行けってことになるか」
新太はがしがしと、両手で頭をかいた。
『恐らくそうなりますわね。ですが、痕跡がある辺りは目星がついているのですから、大して時間はかかりませんわよ』
「あーあ、また出張かぁ」
嘆息しつつ、新太はソファに上体を預けた。
僕らはいつものように夕飯を食べ終えた後、ハーブティーを飲みながらソファへ移動。僕は薬学の本を読み、新太は民間伝承 の教本と大きなイギリス全土の地図を広げ、ましろと共に確認作業をしていた。
「なーあ、直」
新太はソファの背もたれからずるずると身体をずらし、僕の膝の上に頭を乗せた。
「ん、どしたの新太?」
新太は下からじっと、僕を見つめる。甘えたさんモードになってる?
んー、と言いつつ新太は目を閉じた。眠いのだろうか。
「……俺達、ロンドンの大学で働き始めて三年経っただろ、俺の方は、一年は学生も兼ねてたから、本格的には二年か。
直は、魔法大学附属病院で、三年」
「うん、そだね」
「ロビンがこの家を格安で貸してくれたおかげもあってさ、結構お金、貯まってきてるよな」
「うん」
僕らがロンドンに引っ越すと知ってロビンが提案してくれた転居先は、ロンドンから車で一時間ほどの、まさかの一軒家だった。
ロビンが幼少期を過ごした家なのだそうだ。家族で住んでいたがいまは誰も使っていない。ロビンがイングランドへ戻ることがあればということで残してあったものの、その時期も未定。売却も視野に入れていたが、ふたりが使ってくれるならと、貸し出してくれたのだ。
最初はタダで譲るとまで言われた。一軒家を貰うなんてありえないし、申し訳ないからということで毎月賃料を払うことになった。金額の設定はもめにもめて、結局相場の半値以下で落ち着いた。
ついでに、いま火が入っている暖炉の上に十字架が備え付けてある(作り付けの為取り外せない)のも、めちゃくちゃ想定外だった。
ロビンは混沌魔術師を名乗っている。特定の宗教を信じているとは考え辛い。
ご家族がそうだった、と思えば辻褄は合う気がしたので、そのままにしている。
「そろそろさ、俺達……」
新太が唐突に飛び起きる。
しっ! と唇に人差し指を当て、
「何か聞こえないか?」
促されて、耳を澄ませた。ゴンゴン、と重い金属音が玄関の方から響く。
「誰かな、こんな天気の悪い、しかも夜更けに……」
どうしよう、と尋ねるつもりだった。
「新太!?」
新太は目を見開き、今朝と同じく耳を塞ごうとしている。口をぱくぱくさせて、何か言いたくても言えないようだ。
次はドンドン、と素手で扉を叩く音が聞こえてきた。
新太が首を縦に振る。出ても良い、という合図と捉え、
「ここにいて新太。僕、見てくるから」
玄関へ向かいながら新太の行動の意味を考える。僕は感覚が鈍いから、何かを察知することはほぼ無い。新太は、自分では否定しているものの、僕と出会った頃と比べたら随分とあ ち ら の状況を察する感度が高まっているように見受けられる。
あの顔は、恐怖、ではなかったと思う。ただ驚いていただけ。
十中八九、玄関前にいる訪問者に関わることだと思うと、扉を開くのはやや躊躇われる。けれど、新太は僕を止めなかった。だから、きっと大丈夫。
ノブに手をかけ、一つ、深い呼吸をする。
恐る恐る開いた先には、
「良かった、いたな」
「斉藤……と、ひばりさん!?」
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