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"I still love you." 「それでも、きみを愛してる」3
斉藤は、片方の腕でひばりさんの肩を抱き寄せて立っていた。
「わ、どうしたの、一体何が……」
ひばりさんの腕の中に、目が吸い寄せられる。赤ちゃんだ。ひばりさんの顔は真っ青、対照的に赤ちゃんの顔は真っ赤に染まって歪み、いまにも泣き出しそうだ。
「いてくれて助かった。連絡も無しに突然、すまない」
「ううん、気にしないで、全然大丈夫だよ! 来てくれて嬉しい。
ね、とにかく入って入って! 寒かったでしょ、みんな濡れてるよね、早く中で暖まってよ。空港からここまで来るの、めちゃくちゃ遠かったでしょ?」
何か重大な事が起こっているのは一目瞭然だった。僕が扉を大きく開けて家の中に入るよう促すと、ふたりの表情が一気に和らいだ。
「いや、空港からはタクシーを使ったし、この子もここに来るまで、道中ずっと大人しくしてくれてたから……」
斉藤が、話しながら玄関の扉を閉めた瞬間。
『ふっ――』
心臓がどくん、と大きく鳴った。何故、と考える暇もなく、
『ふやああああああああ!』
周りのもの、棚や壁、扉が小刻みに振動する。身体全体にも振動が伝わり、特に鼓膜が痛くて両手で耳を塞がなくてはならなくなった。
「えっ、あ?」
もしかしなくてもこれは、
「ご、ごめんなさい!」
ひばりさんが謝りながら泣き始めた。
やっぱり、これは赤ちゃんの鳴き声が起している現象ってことか!
ひばりさんは顔を顰め、斉藤は悲しそうに、僕と同じく両手で耳を塞ぐ。
『ふああああ、ふあああああ!』
「わ、わ」
え、どうしよう、どうしたら良いの?
僕はどうして良いか分からず、その場で足踏みしてしまう。
「ええと、あっ、セバ……」
「セバスは無理だ、奥に引っ込んだ。ましろも一緒にな。ほら、こっちへ寄越して」
僕の後ろからぬっと差し出された腕はひばりさんの胸元まで届き、赤ちゃんは、あっという間に新太の逞しい腕の中にすっぽりと収められた。ひばりさんはぼろぼろと涙を零しながら、空いた両手で耳を塞ぐ。
「よーしよしよし、もう安心だぞ」
新太は泣き続ける赤ちゃんに微笑みかけ、優しくあやし始めた。
「あっ、あらたっ! み、耳っ、平気、なの!?」
「ああ。妖精達 のさっきの笑い声よりは全然。てか、そんなに耳痛いか?」
新太は首を傾げる。赤ちゃんはまだ泣き叫んでいて、僕はもう声も出せず、何度も頷くしかなかった。
「あー、なるほど耐性様々ってことか。
ほーら、落ち着け落ち着け。もう大丈夫だからな、お前も、お前のママも」
赤ちゃんはゆっくりと揺さぶられる度に、声量を落としていった。
「しー、大丈夫、大丈夫……うん、よしよし良い子だ。ほら、ここが安心出来る場所だって、すぐ理解できたみたいだ。お前はえらいなあ、賢い子だ」
新太は顔を上げ、僕を見て大きく頷く。僕は耳から手を離し、振動が収まっていることを確認した。
ひばりさんと斉藤も、耳から手を離した。
「つまり――」
四人で互いに目を合わせる。
「相変わらず察しが良い」
笑おうとしたのだろう、しかし気持ちが隠しきれておらず、斉藤はいままで見たこともない様な複雑な表情のまま、言った。
「そう、この子のことだ。助けて欲しい」
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