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"I still love you." 「それでも、きみを愛してる」4
ひばりさんはかなり憔悴していた。タオルを渡して来客用の部屋に案内した後、簡易魔法で湿り気を飛ばし、部屋と布団を温めると、すぐに赤ちゃんと共に寝入った。
「どうだった?」
「ふたりともぐっすり眠っちゃった。水分摂ってもらうの忘れてたから、後でハーブティー持って行くね」
扉を静かに閉じてキッチンへ入ると、新太がカモミールミルクティーの入ったマグカップを三個準備していた。僕は差し出された一個を手に取り、新太と共にリビングへ。リビングには、風呂上がりと思しき斉藤がソファに腰掛けていた。
辺りを見回すが、セバスチャンもましろもいない。
僕と新太は、斉藤の向かいのソファに腰掛けた。
新太からミルクティーを受け取った斉藤は、
「ありがとう。こうやって落ち着くと、ここまで来れたのが夢みたいに思えてくるな」
一口飲んで、大きなため息を吐く。
「やっぱりここへ来て正解だった。赤ん坊はともかく、緊張のせいか、青野 が全く寝てなかったから……お前らなら、どうにかできると思ったんだ」
僕らは黙ったまま、顔を見合わせる。斉藤はこちらの様子には構わず、
「いきさつを話しても?」
僕らはそれぞれ、斉藤に向かって頷いた。
「……と、言っても大半は、ここ数日の間に知った話なんだがな。
青野と前回会ったのは、去年だった。赤ちゃんが出来たと嬉しそうに話してたんだ。改めてお祝いさせて欲しいから、落ち着いたら知らせてくれと俺が伝えてそれきり、青野との連絡が途絶えた」
「僕達もそうだったよね」
「ああ。直が妊娠の報告の連絡をもらって、そろそろ出産の時期じゃないのか、出産お疲れさまとお祝いをしたい、って連絡入れたんだが、返事が来なかった」
「どうやら今年に入ってから、青野の身の回りで不思議なことが起るようになっていたらしい」
「不思議なことって?」
「育ててる花の成長が異様に早かったり、昔失くした物がふとした時に出てきたり。気づいたら、信号が赤で止まったことが全くなくなっていた、とか。
最初はただ単に幸運が重なっただけだろうと気にも留めてなかったそうだ。まして、お腹の子が関係してるなんて思いもしなかったと。いま思い返せばって話だ。
出産までは順調だったそうだ。予定通りに生まれて……」
「泣いて、さっきみたいになったってこと?」
「そうだ。産院は大騒ぎになったそうだ。
青野は出産直後、落ち着く暇もなく、すぐに産院を追い出された。他の入院患者にも迷惑になる、訪問看護で勘弁して欲しいってな」
「そんな」
「徐々にわかってきたのは、泣く時は大音量、というか、あれは音だけじゃないよな恐らく。とにかく周りにかなりの影響を及ぼす、ってことと、機嫌が良い時は、時折物が飛ぶ」
「物が飛ぶ!?」
驚いたのだろう、新太は斉藤の言葉を繰り返した。
「ああ。で、気味悪がられて訪問看護も数日で打ち切られて、そこからは実質ひとりで面倒をみることになった」
「ひばりさん、どうして僕達に知らせてくれなかったんだろ、それに末田先生は?」
「出来なかったんだ。誰にも連絡しないよう、末田に止められてた」
「え」
「聞き出すのにかなり時間がかかったが、どうもそういうことらしい。訪問看護の打ち切りも、病院側じゃなく、末田が積極的に話を進めていたようだ。末田は……」
斉藤はマグカップをテーブルに置き、項垂れ頭を抱えた。
「青野に『どうしてこんな子が生まれたんだ』『うちの家系はこんな子どもいなかった』『異常だ』『赤ん坊がおかしいことを外に漏らすな、周りに迷惑がかかるし、そもそも家の問題だ』『恥だ』と言ったらしい。
最近じゃ『お前の家系のせいだろう』『お前が悪い』『俺は仕事があるから手伝えない』『お前でなんとかしろ、これ以上俺にも周りにも迷惑をかけるな』とも。
最初は反論してたそうだ。だが出産からこれまで、ずっとひとりきりで自宅にこもって赤ん坊の面倒を見続けて、疲れ切って、思考がだんだん鈍ってきたんだろうな。繰り返し言われ続けて、精神的に追い詰められた。
全て自分が悪いんだと思い込んだ結果、誰にも連絡ができなかった、と」
僕らは言葉を失くし、しばらく無言が続いた。
「電話は繋がらないから、出産祝いを受け取って欲しいと何度もメールして、ようやく連絡が取れたのが一週間くらい前か。『いまは無理』って返事だけしかよこさないから、何かがおかしいと思った。
で、末田がいなさそうな平日、時間を見計らって家に突撃したのが三日前の出来事だ」
斉藤は頭を上げ、自分の両手をじっと見つめる。
「痩せ細った腕に赤ん坊抱いて、俺を出迎えてくれたんだが……青野は俺を見て泣き始めたんだ。対して、俺の手には花束とプレゼントだぞ? 全く、自分が滑稽過ぎて逆に笑えたよあの時は」
「それは……」
喉が詰まって、仕方なかった、という言葉が出てこない。
「とにかくいますぐこの家を離れようと話した。じゃなきゃ状況は変わらないからな。
だが問題は行き先だった。青野だけじゃなく、赤ん坊の状況を受け入れられる行き先でないと意味がない。青野の実家は赤ん坊の状況に耐えられない可能性があるし、青野自身が拒否したから却下。俺の自宅も倫理上却下。
それで俺が思い浮かんだ最善の場所が、ここだった」
斉藤は、僕達に対して頭を下げた。
「本当に突然ですまない。ここしかないと思ったんだ」
「全然問題無いよ。むしろ来てもらって良かった」
そう言った僕の手に、新太の手のひらが重なった。
「そうだ。俺達だって心配だったからな。できることはなんだってやる。
あと、擁護したいわけじゃねえけどさ。多分末田も、想定外のことにパニックになったんだろ。ひばりさんのこと、守りたい一心で出た言葉が、そういう言い回しになったのかもしれない。結果相手を追い詰めてたら意味ねえんだが。
双方一旦落ち着くまで、ここにいてもらったらいい」
「うん、それが良い、そうしようよ」
斉藤は、再度頭を下げる。
「ありがとう、恩に着る。次の一手が決まるまで、ふたりを滞在させてほしい」
「え、斉藤は?」
「俺は適当に、ホテルにでも」
「そんな、嘘でしょ、うちに泊まってよ! この家おっきくてね、ゲストルームがもう一部屋あるし」
「すまん、ありがとな……ところで気になってたんだが」
暖炉の上にある十字架に目を遣った斉藤は、
「あれは、宗旨替えか? 周央は、魔女だろ。さっきの様子を考えると、当麻もそっち系になったのか?」
僕は咄嗟に新太の方を見る。新太は、両肩をひょい、と上げただけだった。
「青野は義理堅い、彼女が言ったわけじゃ無いぞ。何か知っているとは思ってたが、無理に聞き出したりしてない。ちなみにお前らのところへ行こうと最初に提案したのも俺だからな。
魔女と断定したのは、高校の時の当麻の行動を思い出したからだ。一時期、魔女について調べてただろ、周央と拗れてた時に。
その後聞かされた話もかなりぼかされてる部分があったし、部外者が知ることについて、ペナルティがあることも状況から理解していた。
だが、いまは緊急事態だ。この後俺に何が起こったとしても、受け入れる。
青野は大丈夫なんだろ? すでにお前らが魔女であることをどっかの時点から知っていて、どういう条件かは知らないが、ペナルティを受けなくて済むポジションに落ち着いていることもなんとなくだがわかったんで尚更な」
今度は新太が、問う様な目でこちらを見た。判断は僕に委ねられている。そして、リスク承知と言われれば、こちらも決断すべきだろう。
「さすが斉藤。そうだよ、僕は魔女だ。ひばりさんについても、ペナルティの心配はない」
「やっぱりな。で、当麻は? 高校の時はそういう方面に縁が無さそうに見えてたが、途中から変わったろ。さっき、当麻があの場をおさめたよな」
「あー、俺はまあ、おまけみたいなもんで……」
歯切れの悪い言い方だ。どこまで話して良いのか、判断しかねているのだろう。
「あのな、正直この話題、俺にとっては今更なんだよ。お前らが困るかと思って黙ってただけで。
つか、あんだけお前らの周りで不思議なことが起きてたのに、気づかない方がおかしいって。長い付き合いだろ、俺達」
新太は黙って僕を見た。そっか、これも僕の判断待ちか。
「新太は、魔女の騎士だよ」
「ん? 魔女の、なんだって?」
「騎士。いろいろあって、数年前に儀式をして騎士になったんだ。
でも、儀式をする前から魔法に対する耐性がかなり強くて、それで赤ちゃんの魔力の暴走にも影響をあまり受けなかったのだと思う。
ちなみに正式な段階は踏んでないけど、魔女の魔法も使えるよ」
「いや、少しな、少しだけ!」
はーっ、と斉藤がため息を吐いた。
「魔女ならまだ予想の範囲内だったが、魔女の、騎士だって?
なんというか……全く、とんでもねえな。想像の斜め上だった。お前らにはいつも驚かされるよ」
へへへと笑った僕につられてか、斉藤がようやく笑みを見せた。
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