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"I still love you." 「それでも、きみを愛してる」5
リビングの扉がゆっくりと開く。
ひばりさんが立っていた。僕は慌ててソファから立ち上がり、駆け寄った。
「ひばりさん、どしたの? 目が覚めちゃった?」
「喉が渇いて」
「ああ、ごめんね、飲み物持って行こうと思ってたんだ、すぐに準備を」
「斉藤くんに、話したのね」
「……うん、そうだよ。だから、赤ちゃんの件と合わせて、ふたりにはうちのカヴンで話をしてもらう必要が出てきた」
僕の言葉に、斉藤が居住まいを正す。
「そんなに構えなくても大丈夫だよ。処分の内容はメンバーで話し合って決めることだからさておき、きっと、三人の力になってくれるから。僕と新太の時だって、とても良くしてもらったし」
「うん、そうだったね」
返事をするひばりさんは、ぼんやりとした表情だ。
いま、この状態で聞いても大丈夫だろうか。
「あのね、ひばりさん。落ち着いてからの方が良いと思ってたんだけど……僕、ちょっと気になってて。
多分斉藤がひばりさんのところへ行く直前に、末田先生から何か言われたんだよね?
ひばりさん、頑張り屋さんだもの。きっと斉藤の呼びかけだけじゃ、すぐに僕らのところまで行こうって、ならないでしょう?」
ひばりさんは僕を見つめ、少し逡巡した後、口を開いた。
「斉藤くんが来てくれた前日に、言われたの。この子を、施設に預けよう、無かったことにしようって。子どもはまた作ればいい、って。
向こうだって仕事もあって、でも夜全然寝られなくて、色んなことが怖くて、不安で極限状態だったのは理解してたの。でも、まだあんなにっ」
ひばりさんの目から、大粒の涙がこぼれ落ちる。
「生まれたばかりで、あんなに小さくて可愛い子を、守らなくちゃいけない赤ん坊を、手放せなんて言われたら……それでも私は、この子をっ……」
僕は思わずひばりさんを抱きしめた。震える身体が崩れ落ちないように。それから、僕の目からも涙がこぼれ落ちたのを悟られないように。
「ごめんね、勝手に話進めちゃって」
あの後、ひばりさんをなだめながらゲストルームに連れて行った。
新太が持ってきてくれたミルクティーをひばりさんが飲んだのを確認して、おやすみを言って部屋を出ると、新太が廊下で立って待っていてくれた。
斉藤はもうゲストルームに入ったということだったので、そのままふたりの寝室へ向かったのだった。
「全然。俺は直の判断に任せっぱなしだったからな。むしろ直、キツかったろ。ごめんな」
「どうして……」
「泣いてただろ」
バレていた。
「直も、小さい頃、あんな感じだったのかなと思った」
「うん、きっとそう。ほんとに小さかった頃の記憶はあまりないんだけど……六、七歳くらいからの記憶ならあるんだ。
僕が感情のコントロールができずに泣き喚いて、物が壊れるからって、すぐに独居房みたいなところに押し込められて。半日から一日くらい、外に出してもらえなかった。
冷たい床に座り込んで、もっと泣いても、誰にも届かない。誰も来てくれない。虚しくて、悲しくて」
話しながら、涙が止めどなく流れ落ちる。
「その時の僕に、新太がいてくれたら良かったのにって、思っちゃった。
泣いても混乱しても、それでも抱きしめてくれる存在がいたら、なにか、違ったかなって」
新太は僕の腕を掴んで自分の方へ引き寄せ、優しく抱きしめてくれた。
「僕きっと、こうやって泣いている時に、抱きしめてくれる存在が欲しかったんだ」
「俺が、直の小さい頃に間に合えば良かったな」
新太が、優しく優しく、僕の頭を撫でてくれる。しばらくは涙が流れ落ちるまま、新太の腕の中に身を任せる。
あの時は、本当に辛かった。何のために生きて、存在して、呼吸しているのか、見当がつかなくて。
何度、消えてしまいたいと思っただろう。
成長するにつれて、そう思うことにすら疲れ果てて、ただ目の前に与えられたものをこなすだけの日々だった。
でも、高校に入って新太に会えた。そしていま、僕を抱きしめてくれている。
そう思ったら、もっと涙が出て来た。
僕は新太の胸に、顔を押しつけて言った。
「……ううん、新太は間に合ったよ。だっていま、僕とっても幸せだもの」
僕は新太の体温を感じながら、いつの間にか心地よい眠りに落ちていた。
翌朝。
みんなが朝食を摂り終え、リビングに集まったところで、改めて、カヴンという集まりについての説明と、みだりに魔法について話してはならないという規律があること、破った場合、最悪記憶が消去される可能性があることを説明した。
「なるほどな。つまり記憶消去を乗り越えて、お前らは結ばれたってわけか」
説明したかったのはそこじゃなかったので、恥ずかしくて顔が一気に熱くなったけれど、間違ってはいないのでとりあえず頷く。
斉藤は、長くため息を吐いた。
「了解、俺もやる。
自分で、記憶を消去した場合のデメリット、記憶消去しない場合のメリットを主張すればいいんだろ、要するに」
「その前に、言うべきことがあるな」
新太が斉藤に声をかける。
「ああ、やっぱ、お前も変わってねえな。察しが良い」
「だろ」
二人してにやりと笑うけれど、僕とひばりさんは全くわからず、首を傾げるばかりだった。
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