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"I still love you." 「それでも、きみを愛してる」6
「いやー、もしやとは思ってたが……」
首都エディンバラから数駅先の駅を降りて、グラント家最寄りまでバスで移動。店や郵便局がある町の中心部を抜け、屋敷までの道のりを歩いている最中。
ひばりさんの周りには、メリーメイド、ニムブルメン、その他よく分からない、浮遊型なのであろう妖精達 が、大挙して押し寄せていた。
もちろんお目当ては、ひばりさんの腕の中ですやすやと眠る赤ん坊、つばめちゃんだ。
覗き込んで姿を確認できたのであればすぐに退けばいいものを、最初に来た奴らが動かないまま更に追加が来るので、ひばりさんの目の前など、ほぼ壁のようになっている。
イギリスにたどり着く前から、俺達の家の周りにいる妖精達 があれだけ騒いでいたのだ。想定していないことはなかったのだが。
「俺以外全員、これが見えないとは羨ましい限りだな……」
ひばりさんの横を歩く俺の顔の前にも、もれなく妖精 がうろつくことになる。邪魔なことこの上ない。やつらはこっちのことなどお構いなしなのだ。
呟くと、みんなに苦笑いされた。
見えているのは俺だけ。つまり俺ひとりだけ、漂う妖精どもを手で押しのけ、四苦八苦しながら歩く羽目に陥っているというわけだった。
「待って、あれ何?」
「鹿だな」
ひばりさんと斉藤の、少し高揚したやりとりにつられて、斜め向こうの方角に目を凝らす。
その姿を認識した瞬間、背筋がゾッとした。
「な、直……」
恐らく何も感じ取っておらず、ただ物珍しさに興奮気味のふたりはさておき、俺は直に呼びかけた。
あ れ は大丈夫なモノなのかどうか。無視できない程の、圧倒的な存在感。
気づくと、大量にいたはずの妖精達 は霧散していた。
「うん、多分すごいことになると思う」
思っていた方向の回答ではなかったが、大体察しはついた。
果たして、俺の読みは当たったのだった。
カヴン『森の守り手』のメンバーは、諸手を挙げて俺達を出迎えた。正確には、ひばりさんと、つばめちゃんをだ。
「ヒバリ、それにツバメちゃんね、ようこそはるばる、私達のカヴンへ! 来てくれて嬉しいわ。映像越しでしか話したことはなかったけれど、いつか直接会いたいと思っていたのよ」
「遠いところからお疲れさんだったねえ。どれ、赤ん坊を見せてごらん……おやおや、お母さん似の美人さんだ! 可愛いねえ」
差し出されたしわくちゃの腕に、ひばりさんは躊躇いつつも赤ん坊を託した。
赤ん坊を抱くダイアナ、ひばりさんを抱擁するパトリシア、笑顔で彼女達を取り囲む他のメンバー。
事前に直が事のあらましをグラント一家に連絡していたとはいえ、これは少し盛り上がり過ぎなのでは、と思った俺は、ダニエルの袖を引っ張り、
「なあダニー、何が起こってる?」
「ふむ。君のパートナーの事前プレゼンが上手かった、と言いたいところだが……単純に、仲間に新しい命が誕生することは喜ばしいことだよ。現金と思われてもしょうがないが、僕らの仲間になってくれそうな人材なら、尚更ね」
なるほど、と肯首している間に、直に何か告げられ、ダイアナが驚きの声を上げた。何事かと問われたダイアナは、聞き取り辛かったが、恐らく、祝福された子、と言ったようだ。
妖精達 が興奮する、というのは先に話していたはずなので、伝えたのは、恐らく先程見かけた鹿のことだろう。やはり吉兆だったわけだ。
ひばりさんの腰に手を添え、パトリシアが先導する形で、俺達とメンバーはリビングへ移動した。
俺達四人はソファへ、他のメンバーは空いているソファや、ダイニングから持ってきた椅子に座り、ダイアナは自分のロッキングチェアに座った。
プリースティスであるパトリシアは、これまで起こった様々な出来事を、直の通訳を介し、皆に聞かせる形で、ひばりさんの口から語らせた。
しまいに、先程鹿が現れた、と直が告げると、おおっ、と数人から嘆息が漏れ、拍手が巻き起こった。
「ヒバリの置かれた状況は、きちんと把握しているつもり。もしこちらでの配慮が足りない場合は、遠慮なく言ってね。
その上で提案よ。ツバメがある程度成長して落ち着くまでの間だけでもいい、是非グラント家で過ごして、カヴン『森の守り手』にサポートを任せて欲しいの。もちろん、ヒバリ自身のサポートもね。
私達にはそれが可能だし、是非やらせて欲しいと思っているから安心して」
それから、とパトリシアが語ったことは、いつぞや俺に話したこととほぼ似たようなものだった。
「まだ生まれたばかりのツバメちゃんには酷なことを言うようだけれど、どこかで正式にサポートしていると表明しておかないと、他の魔法使い、特に魔術師や呪術師の界隈が黙っていないはずなの。
すでにかなりの魔力量を持っているようだし、ぐずっている時は、きっといまの倍以上の魔力量が溢れ出てるはず。入国時、もしくはナオ達の家に着いた時に、勘のいい魔法使いにはその存在が感知されていると思っておいた方が良いわ。
となると、遅かれ早かれ、ツバメちゃんを欲しがって、魔術師や呪術師方面からのアプローチがあるでしょう。
彼らは魔女宗 に比べて、権力や力の増幅を求める者が比較的多いの。それに――ごめんなさいね、不愉快かもしれないけれど、先に言わせてもらうわ。幼子だからこそ、無理矢理連れ去られて、という危険性も大きくなる。
日本にいるのであれば、こちらよりも危険度は下がるはず。でも、日本では適切なサポートは得られないのでしょう……?」
ひばりさんは不安げに、斉藤、俺、そして直を順に見た。
「全力でバックアップする、約束する」
「俺達にできることならなんでもする。エディンバラじゃなくてロンドン界隈に居たいなら、うちのゲストルームに住んでくれても構わないし」
「僕だって、近くにいてくれたなら、どんなことだってするよ! ひばりさんのこと大好きだし、大事だし、これまで僕のこと支えてくれた恩返しがしたい! 何より、つばめちゃんのこと、精一杯守りたいんだ……むしろ、守らせて、欲しくて……僕も、つばめちゃんみたいな、子どもだったから……」
直が、ぽたぽたと涙を落とす。ひばりさんも、直の事情を思い出したのだろう、ごめんなさい、ごめんなさいと繰り返し呟きながら泣き始めた。良いんだ大丈夫だよ、と直も何度も答え、つばめちゃんの身体に添えられたひばりさんの手に、自分の手を重ねた。
ひばりさんはつばめちゃんを抱っこし直し、
「ご迷惑をおかけしますが、どうぞよろしくお願いします」
と頭を下げた。
メンバーからは温かい拍手が起こり、ひばりさんは、用意していたのだろう、パティからネックレスを渡された。
「アミュレットよ。赤ちゃんにはまだ早いから、まずはヒバリにね。もう少し大きくなったら、ツバメの分も用意しましょう。ある程度、悪いモノから貴女達を遠ざけてくれるわ。ま、ほんとにお守り程度だけれど」
「さて、残るはあなたの処遇ね。何かモウシヒラキは?」
突然渋い日本語混じりで声を掛けられ、若干目を見開いた斉藤(ツッコミを入れたい気持ちは分かる)だったが、手で促されるまま、その場に立った。
斉藤にも通訳が必要かと一瞬考えたが、「あの、すみません緊張してて、何から話せば良いか……」と、なんとも流暢な英語で話し始めたので、俺はソファに座り直した。
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