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"I still love you." 「それでも、きみを愛してる」7

「斉藤(たすく)といいます。この三人とは、高校の頃からの付き合いです。  俺が魔法についてなんとなく察したのは、高校生二年の時、当麻……あー、新太と直のふたりが、まあ、色々すれ違って、諸々問題を起こした時でした」  ここで、メンバー達から若干の笑いが起こった。 「大丈夫、我々も一枚噛ませてもらったから、その辺りの事情は大体知っているよ」 「ああそうですか、みなさん、あの時のことご存知なんですね。  もちろん、ふたりは秘密を守ってましたから、当時も今回も、直接聞いたわけじゃありません。でも、ヒントはそこらじゅうにあって、もしかして、と思うこともたくさんあった。  俺の知っている限りの常識では測れない何かにふたりが関わっているんだなと確信したのは、大学生の時です。  俺ん家の道場で、まあ推測ですが、ふたりがオイタをしまして。多分、俺がすぐに道場へ入れないように画策したんですよ。しかも中に入ったら、いつも以上に綺麗になった部屋に、これまた綺麗になったグラスだけがぽつんと置いてあって、あとはもぬけの殻になってた。間違いなく、数秒前までふたりとも、そこにいたのに」  次は、グラント家一同(ダイアナ、パトリシア、ダニエル、スーザン)から特に大きな笑いが起きた。 「ほんっとに、この子達はいつでもどこでもブレないねえ! ああすまない、続けておくれ」  ほっといてくれ、と思ったが、斉藤はダイアナに対し、しっかり返答した。 「めちゃくちゃ同意ですね。いい加減落ち着けよって思います。  それで、その頃にはもう、確信に変わっていました。ふたりが魔法と呼ばれる何かに関わっている、もしくは直自身が、魔法使いなのだろうと。  そういえば新太から『もし例えば万が一の話、魔法使いがいたとして、魔法を発動される前に制圧する方法を一緒に考えてくれ』って言われたこともありましたね。それでも直接訊ねることはしなかった。聞かれても困るだろうと思って……いや、結局のところ俺は、事なかれ主義だったんでしょう。  青野、ひばりさんのことだって、そうです。  俺はずっと、彼女に惹かれていたんです。多分、高校の時から」  誰かが、ぴゅぅ、と口笛を吹く。  ひばりさんは斉藤を凝視し、固まっている。 「なのに俺は、求められることに慣れすぎて、自分から行くこともしなかった」 「わあお、モテ自慢?」  スーザンから、鋭いツッコミが入る。斉藤は即座に首を振って否定した。 「いいや、単に俺が臆病なバカ野郎だった、って話だよ。  担任教師だった末田と婚約したって話を聞いた後も、結婚式に参加した時も、ただ何もせず、言わずにじっと、自分の胸の中に起こるざわめきに耐えているだけでした。  赤ちゃんができたって聞いた時ですら俺は、自分の心を無視してた。もちろんその時点でどうこう言っても、ムリなんですけどね……で、連絡が取れなくなってやっと、自分の意思で、ひばりさんの元へ行って」 「状況を知って、後悔しました。なんでこんなことになったんだって。赤ちゃん抱いて、幸せな笑顔を見せてくれるんじゃなかったのかよって。  末田をぶちのめしに行こうかと、何千回も、何万回も考えました。でも冷静に考える俺もいて……まずはふたりを安全な場所へ匿わなきゃならないと思って、ここへ辿り着きました」 「婚約したって話を聞いた時にぶち壊せばよかったのか、結婚式で奪い去ればよかったのか……それともそもそも高校の時に、告白しとけばよかったのか。  でも分かってるんです。  俺がひばりさんに愛してると伝えていたら状況は違った、こんな思いはさせなかった、なんて傲慢なことは言わないし、言えない。  もし例えば俺が学生時代にひばりさんに告白してひばりさんが俺を受け入れてくれて、結婚してつばめちゃんが生まれたとして、末田と同じ様に、俺だってつばめちゃんに対して拒絶反応を起こしたかもしれない」 「んなこと……」  お前なら絶対にしない、と言いたかったが、斉藤から手で止められた。 「自信がないんだ。俺には幸いにも、お前らとの繋がりがあった。お前らが俺とずっと、繋がっていてくれた。それで不思議なことは実際にあるんだと、確信が持てた。だからこそ冷静になれた。  でも例えば社会人になって、お前らと疎遠になってたら? そもそも俺がお前らのことに気づいてなかったらとしたら? 俺は……いや、そんなことどうだっていい」  斉藤は首を振る。 「たらればの話なんて、したって意味はない。結局のところ、過去は変えられない。後悔したって遅い。  ほんと、お前に説教できる立場じゃなかったよな、新太」  俺は肩をすくめてみせた。 「だからひばりさん。  これからは四六時中一緒に居させてくれなんて、いまの立場じゃ絶対言えない。好きだ愛してるだとか、押しつける気はもちろんない。  でも、必要な時には必ず、すぐに駆けつける。そして俺の全てを使ってでも、あなたを助けたい。  その許可が欲しい。お願いします」  斉藤は、ひばりさんに頭を下げた。それから顔を上げ、リビングにいるひとりひとりに目を合わせる。 「そして、彼女の力になるために、記憶を消さないで欲しいんです。  これから彼女は、日本でケリをつけなくちゃならないことがたくさんある。そのサポートをするために、いま、記憶を消されたら困る。  どうか、お願いします」  深々と頭を下げる斉藤を見て、 「さあて、どうするヒバリ? まずはお前さんから答えなさい」  ダイアナがひばりさんに語りかける。  ひばりさんは長考した後、 「……いま、色々頭が混乱してるけど、でも、斉藤くんがここに連れてきてくれたことにはほんとに感謝してるし、多分、斉藤くんが言ったように、私にはまだあなたの助けが必要だわ。  こちらこそ、よろしくお願いします」  斉藤は頭を上げ、あからさまにほっとため息を吐いた。  タスク、とダイアナに呼びかけられ、再び斉藤の顔に緊張が走る。 「道場ということはお前さん、以前からアラタに妙な技を教えていた子だね。元々我々の良き隣人だった、そしてこれからも良き隣人、そうだね?」  斉藤は、はい、と返事をした。 「ヒバリとツバメのことにも協力してくれるんなら、我らに異論はないさね。特に日本でのサポートについてはよろしく頼むよ」  拍手が起こった。 「じゃあ、そういうことで! 話し合いはお開きにして、少し早いけど会食にしましょう。今日はシェフ・アラタが料理長でないのが残念だけれど」 「私達の旦那が作ったのよー、味の保証はしないわ! ほら、移動して!」  話しながら、ミザリーさんとリズさんが、立て続けに斉藤の肩を叩いていく。  肩を叩かれた勢いのまま、斉藤は、まだソファに座っているひばりさんの前に、ぎこちなく歩いて行った。 「すまん、びっくりさせた」 「ほんとにそうね。色々考えなきゃいけないところに、特大の爆弾をぶち込まないで欲しいものだわ」 「申し訳ない……」 「でも、ここまで連れてきてくれたことに感謝してるのは本当だし、これから助けが必要なのも本当。  わがままを言ってこちらこそ申し訳ないけれど、さっき聞いたことは一旦横に置いておいても構わないかしら?」 「いい。全然いい。協力させてもらえるなら、俺の気持ちは二の次だ。一切、おくびにも出さない」 「じゃあ、よろしく」  握手を交わす。  そんな斉藤の両肩に、俺はばんっ、と派手な音を立てて両手を置いた。 「お疲れさん、匡!」 「……!」  匡と呼ばれた斉藤が、なんとも微妙な顔で振り返った。 「俺達のこと、名前で呼んだろ」 「いや、それは……」 「分かってる、こっちのみんなが名前呼びしてたから合わせただけだろ? ひばりさんの名前も」 「でもずっと気になってたんだよね、斉藤だけ斉藤のままだったし。これを機に、匡って呼ばせてもらうね」 「えっと、じゃあ私も……あ、やっぱり止めておくわ」 「何故!?」  斉藤、もとい匡が、ものすごい勢いでひばりさんの方を向き、そして項垂れた。 「これから色々やっていかなきゃいけないのに、顔に出過ぎなのよ」 「ほんとそれな。おくびにも出さないんじゃなかったのかよ」 「あっ!? くそ、すまん……」  ひばりさんと俺につっこまれた匡は片手で口を覆い、ひばりさんは苦笑いした。 『あのー、もうそろそろよろしいかしら?』  鈴の音のような可憐な声が、俺の後ろから聞こえてきた。 「ましろ?」  一斉に、俺の後ろに立つ人型ましろに注目が集まる。 「あ、いつぞやの美少女!」 『二度目まして、ですわ、タスク。|私《わたくし》、アラタの使い魔で、ましろと申しますの。  その節は、誠に誠に申し訳ございませんでした。  それはもう大変な騒動になってしまって。あの時は道場の中で、おふたりがまあ、どうにも鎮められないほどに昂ってしまいまして』 「つ、使い魔……?」 「ちょっと待って、それってさっきの、えっ、まさか新太くん、人の家の道場で、ほんとに……」 「あーあーあー、ましろ!? なんで自らバラしていく方向に持っていくんだ!?」 『あのー、わたくしも、自己紹介してもよろしいでしょうか? タイミング的に、いまですよね……?』  執事姿のセバスチャンまで姿を現し、めいめい言いたいことばかり話すため、混乱を極めていたところ、「ほらお前達、騒いでないでさっさと移動しないか!」とダイアナからどやされて、俺達は渋々移動し始めた。  廊下で、音を立てずに両肩を掴まれる。  お前らほんとにありがとな、感謝してると匡が言い、追い越して行った。  俺は、真っ赤に染まった耳を見て、隣にいた直と目を見合わせ笑った。

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