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行けるところまで

 鉄の階段を登り、鍵もかかっていない元自分の部屋へと入って行く。 「ここ元俺の部屋。15から昨日まで住んでたんだぜ」 「え、15?」  流石に15歳からと聞いて柾哉も驚く。  部屋の中には、大きなベッドと居間にしていたところに置いていたちゃぶ台があるだけ。 「なんのおもてなしもできないけど、まあ座って」  柾哉はオズオズと座って、じっとてつやを見つめた。 「てつやさん…バロンにいましたよね」  そっちから言ってくれるなら都合いいな。 「うん、いたよ。柾哉もいたんだってな…ってちょっと聞きたいんだけど、なんで俺の顔知ってた?さっき挨拶の時俺ってわかってたよな」 「はい、俺が入店した時にはもう、店と事務所に丈瑠さん、稜さん、てつやさんの3人が写った写真が貼ってあったので…」 「なんだそれ、そんな小っ恥ずかしいことされてたんだ!」 「俺がよく写ってるからって、丈瑠さんが。同じこと稜さんも言ってましたけど」 ーあいつら…ー今更憤っても遅いが、後で文句くらいは言おうと決めた。  まあ、それは置いといて、てつやも柾哉との対峙を続行する。 「もう、俺の事は誰かから聞いてるんですね」 「ん、今名前でた稜からな。辞めて2.3年経つだろあいつ」  ああ…、ー稜さんかーと柾哉は呟いた。そういえば仲がいいと聞いたことがあった。 「てつやさん、お願いがあります」  まさやは正座を腕で後ろに下げて、ほぼ土下座のように頭を下げると 「あの店に俺がいたことと、何をしていたかはまさなおくんに言わないでほしいんです。お願いします」  そんな柾哉に、てつやの方が戸惑ってしまう。 「いやいやいや、頭あげて。言わねえよ、言う気もなかったし」  頭をあげて、柾哉は安堵の表情を浮かべた。 「流石に言えねえっていうか、なあ…。そこまでってことは、柾哉はまっさんに本気なのか?」  稜の情報だと、まっさんに出会った頃に店を辞めている…。と言うことは、かなり本気なのかなと、さっきの電話で思っていたことだ。 「本気…って言っちゃうと、なんだか嘘くさく聞こえそうなんですけど本気と問われれば本気…です。あの人めっちゃいい人でかっこいい。俺なんかにもすっごくやさしくしてくれるんですよ。いえ、優しくされたから本気になったんじゃないんですけど、色々教えてくれるし、叱ってくれたりもします。自分の為にも必要な人だなって思ったりして…」  話しを聞きながら、てつやはーうん、うんーと優しく頷いている。 「俺は、親を早くに亡くして親戚で育ったんです。いびられていたわけじゃないけど、やっぱり実の親じゃないから愛情って言うのはやっぱりなかったんですよね。俺は実際優しくしてくれる人に弱いんですよ。ゲイって自覚してからはもっと気をつけなきゃって家にいても真面目にしたり、バレないようにって過ごしてて気も休まらなかった」  なんか立場や環境は違うが、自分とちょっと似てる感じはする。でも自分には仲間と母さんズがいた。と、てつやはあの頃を思い起こしていた。 「18になっておじさんの家を出る事になってあの店を見つけました。最初は怖くて違うバイトを転々としてたんだけど、でも…優しくされたくて…あとは…その…人肌が欲しくてあの店に行きました」 「人気あったって聞いた。楽しかったか?」 「はい…俺なんかにみんな優しくしてくれて、俺を誘ってくれるお客さんも皆さんいい人ばかりだったし、楽しかったですよ」  辞めてから増えたお客さんは知らないが、自分が知る限りやめた直後なら嫌なお客さんはいなかったなと思う。 「でもね…俺、まさなおくんに会った時初めて、やってた仕事を後悔しました」  その言葉に、てつやは何かがわかった気がした。この子は大丈夫かもしれない。 「お店に通うのにね、運動も兼ねて自転車に乗ろうと思ったんです。面倒くさがって通販で買ったらバラバラで届いて」  そこでちょっと笑いだす。 「びっくりしましたよ。折りたたみ買ってないのにコンパクトな箱でくるから」「らしいな、通販のチャリ」 「そうそう、だから仕方なく説明書見ながら組み立てたんだけど、部品が余っちゃって。これがないと走ってる最中に分解したらやばいなと思って、自転車やさん検索したら、まさなおくんとこが一番近かったからそれで…」 「そこはまっさんに聞いたよ。あいつもちゃんと柾哉のこと俺らに話してくれた」 「そうなんですね、だぶっちゃってごめんなさい」 「気にすんな。で、なんで告るところまで行ったわけよ」 「もう、一目惚れです…」  ええ〜…とてつやはちょっと戸惑ってしまった。  まあ、悪い容姿ではないが… 「一目惚れ…?」 「最初に行った時、つなぎの上半身を腰に巻いたまさなおくんが、暑い中お店の前で自転車組み立ててたんです。その姿にちょっとドキッとして、声をかけたら軍手で汗拭きながら『どうしました?』って笑って声かけてくれて…それでもう俺…」  ええ〜…(再) 「ちょっとチョロすぎね?」  流石に言ってしまったが、でも柾哉は 「汗水流して仕事する人見るの俺初めてで、ほんとかっこよかった…。その時に、なんだか解らないけど、その時の自分の仕事が恥ずかしくなって…」  と、握った手を膝の上でぎゅっとして、ちょっと顔を赤くしながら下を向く。 「なるほどねえ…ほんとに本気なんだな…」 「今の俺には精一杯の本気です。もっと上がっていくかもしれない」  おーおー、熱いなぁ… 「俺な、低学年のときに親が離婚して、今はほぼ絶縁状態だけどやばい母親に育てられてたわけよ。取っ替え引っ替えくる男に、まだ小せえのに夜中に叩き出されて公園にいたりしてたんだけどさ、そんな俺を迎えに来てくれたのが、まっさんのお母さんとまっさんだった。銀次の家のお母さんも来てくれたりした。だから俺にとって今の仲間は、かけがえがない奴らなんだ。あいつらとあいつらの母さんたちがいたから、今俺はここにいる。京介は中学入学と同時に引っ越してきて、中学の時の俺をやっぱり母子で支えてくれた。まあ今は、聞いてるだろうけど俺とこんな関係になってくれてるけどさ」  と指輪を見せる。 「はい、聞いてます。いいなって思ってた」  だろー?とてつやは惚気て見せる。 「で、中学の時も色々あって、俺が家を飛び出してからずっとここに住んでたんだよ。それが15の時」  部屋を見回して、懐かしむ 「だからさ、話ちょっと逸れちゃったけど、まっさんが男に告られたことはびっくりしたんだよ。しかしな、そんなことよりも俺は、まっさんを弄んでるようなら絶対許さないと思った。俺たちはお互いもう一生付き合う仲間だし、それぞれのお母さんたちも俺には全員俺の母さんなんだよ」  てつやは真剣な目で柾哉を見た。 「恋愛だから…合う合わないで別れが来る時もあるかもしれない。それは仕方ないと思うよ。でも、それ以外でバカみたいなことでそうなったり、まっさんを弄んで捨てるようなことがあったら、俺はどんな力を使ってでもそいつを探し出して社会的に抹殺するし、身体的にも大ダメージをくらわせる気は十分にある。犯罪だって構わないんだ」 ーそれでもまっさんの返事が欲しいか?ー  ずっと目を見つめて話しているので、迫力は半端ないはずだ。しかも喧嘩の時同様に殺気もこもっていて、柾哉は幾分萎縮する。  でも、柾哉はその目を見返して 「俺は本気です。まさなおくんは…お金抜きでこんな俺にすごく優しくしてくれるしかわいがってくれる。まさなおくんのお母さんもすごく優しくていい人。あんな人達を俺は裏切れないです。告白も3ヶ月悩んだんですよ。考えて考えて、男に告られて嬉しいのかとか…こんな自分はその価値があるのか…とか。返事だって正直期待はしてないけど、でも振られたってあの店に通う気持ちもあるし。どんな形でもそばにいたい」  目を見て言ってきた言葉をてつやはきちんと受け取った。  ドアの外にまっさんが立っている。ちょっと心配になって声をかけにきたが、柾哉の言葉が聞こえてしまった。  てつやと柾哉2人の覚悟も。  その背中を京介が叩いて、振り向いたまっさんに『しー』と自分の唇に指を当てた。 「付き合う許可を俺がだすとかそう言う偉そうな事言わないよ。ただ、さっき言った言葉は本気だってことはわかってくれな」  柾哉は目を見つめたまま頷いた。 「じゃあ、あとは…まっさんの返事を待つだけだな」 ーそれが1番の難関…ー…と、笑ってくれたてつやに安堵したのか、正座を崩して前に突っ伏す。  その姿を見ながら、 「入ってこいよ、生盗聴の人たち」  と声をあげ、その声に、え?と顔をあげた柾哉は、開く音がしたドアを見てうわあ!とてつやの後ろに隠れてしまった。 「何してんだよ、迎えにきてくれてんだろ」  自分の身体をどかせて、柾哉を前に押し出す。そしてまっさんに向かって 「お前さーどんだけ心配性なんだよ。俺が柾哉こますと思ってた?」  ー残念ネコ同士〜ー と言いかけて、口をつぐんだのはファインプレーだった。  京介はまっさんを押して中へ促し、てつやは立ち上がって柾哉を立たせる。 「じゃ、あとはお若いもの同士で」  などと言って、京介と部屋を出て行こうとするが、あ…と立ち止まっててつやは振り返った。 「柾哉。これは俺が目標としている人に言われた言葉なんだけど、俺『なんか』とか、『こんな』俺って言うのは、周りで支えてくれてる人達に失礼だからな。まっさんにもだ。今後言っちゃだめだぞ」  ーじゃ、あとはお若い…ー 「いいから」  と京介が笑っててつやの頭を抱えて部屋を出てゆく。  その言葉は柾哉の心に沁みた。 「だってよ」  と柾哉を見てまっさんが笑う。 「まさなおくん…あの…返事はいつでもいいから…ね。ごめんね、戸惑うよね。でもお店には遊びに行かせて…」  言葉の途中でまっさんは柾哉を抱きしめた。 「俺は、こんなの初めてで…もしも付き合ってもいいなんて返事をしたところで…その…恋人同士みたいなことができるかどうかも…わかんない…でもさっきの柾哉の言葉は聞かせてもらった…」  盗み聞きしてごめんというまっさんの背に柾哉の両手も背中に回る。 「盗み聞きは…気持ちが伝わったからよかった。でも、恋人同士がする事とかそんなのいいよ…そんなことしなくたって、側にいれば幸せなこともある。俺は今はそんな気持ち。振られたって店に行く気満々だし、まさなおくんの側にいたい」  柾哉がまっさんの喉元から顔を上げて見上げてきた。  玲香と同じくらいだから多分160cmちょいくらい…。そんなことまで可愛く感じて、自然と唇が重なる。  舌は絡まなかったが、唇を軽く貪る感じでちょっと長めに。  唇を離して、柾哉は再びまっさんの喉元に顔を埋めた。 「今の…返事でいいの…?」  戸惑うように聞いてきて、背中に回った手のひらがパーカーをキュッと掴む。 「行けるところまで…行こうか…」  まっさんも腕に力を込めて柾哉を抱きしめた。  いつか…違うふうに抱きしめられたらいいな…という気持ちは湧いてくる。しかし未知すぎる…  自分の恋愛は戸惑いが多そうだが、それも楽しんでしまおうと思った。  先生は身近にいる(?) 「じゃあ…戻るか」 「うん」  離れる前にもう一回だけ唇を噛み合うキスをして、2人は階下へ向かっていった。  下へゆくと、もう家は戸締りされていて全員が車に乗って待っている。 「おせーぞ。終わるまで待とうか悩んだわ」  てつやの声にー何をだよ!ーと笑ってこたえて、いつの間にか荷物満載の自分の車に柾哉と共に乗り込む。  てつや所有のマンションはみんなわかっている。各々が発進して向かっていった。

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