4 / 5

行けるところまで

 鉄製の階段を登り、鍵もかかっていない元自分の部屋へ柾哉を伴い入って行く。 「ここ元俺の部屋。15から昨日まで住んでたんだぜ」 「え、15?て15歳って事ですか?」  流石に15歳からと聞いて柾哉も驚く。  部屋の中には、大きなベッドと居間にしていたところに置いていたちゃぶ台があるだけ。 「そうそう、15歳から。ま、今じゃなんのおもてなしもできないけど、まあ座って」  柾哉はオズオズと座って、じっとてつやを見つめた。  柾哉にもてつやに話しておきたいことはある。 「てつやさん…バロンにいましたよね」  そっちから言ってくれるなら都合いいな。 「うん、いたよ。柾哉もいたんだってな…ってちょっと聞きたいんだけど、なんで俺の顔知ってた?さっき挨拶の時俺ってわかってたよな」 「はい、店と事務所に丈瑠さん、稜さん、てつやさんの3人が写った写真が貼ってあったので…」  たまたまカウンター業務者が3人揃った時にお客さんが取ってくれて写真にしてきてくれたものは確かにあった。しかし… 「なんだそれ、そんな小っ恥ずかしいことされてたのか!」  画像貰ってから飾ろうとしてたのを止めたのに、辞めた途端やられたのか…。 「俺がよく写ってるからって、丈瑠さんが。同じこと稜さんも言ってましたけど。稜さんは俺がいた時にはお客さんでしたのでびっくりもしました」 ーあいつら…ー今更憤っても遅いが、後で文句くらいは言おうと決めた。  まあ、それは置いといて、てつやも柾哉との対峙を続行する。 「もう、俺の事は誰かから聞いてるんですね」  柾哉が正座の膝の上で手を握りしめた。 「ん、今名前でた稜からな」  ああ…、ー稜さんかーと柾哉は呟いた。そういえば丈瑠さんと共に仲がいいと聞いたことがあった。 「てつやさん、お願いがあります」  まさやは正座を腕で後ろに下げて、ほぼ土下座のように頭を下げると 「あの店に俺がいたことと、何をしていたかは|正直《まさなお》くんに言わないでほしいんです。お願いします」  そんな柾哉に、てつやの方が戸惑ってしまう。 「いやいやいや、頭あげて。言わねえよ、言う気もなかったし」  頭をあげて、柾哉は安堵の表情を浮かべた。 「流石に言えねえっていうか、なあ…。でもそこまでってことは、柾哉はまっさんに本気と思っていいのか?」  稜の情報だと、半年前…つまりまっさんに出会った頃に店を辞めている…。と言うことは、かなり本気なのかなと、さっきの電話で思っていたことだ。 「本気…って言っちゃうと、なんだか嘘くさく聞こえそうなんですけど本気と問われれば本気…です。正直くんはとてもいい人だしかっこいい。俺なんかにもすっごくやさしくしてくれるんですよ。いえ、優しくされたから本気になったんじゃないんですけど、色々教えてくれるし、叱ってくれたりもします。自分の為にも必要な人だなって思ってもいます」  話しを聞きながら、てつやはーうん、うんーと優しく頷いている。 「俺は、親を早くに亡くして親戚で育ったんです。いびられていたわけじゃないけど、やっぱり実の親じゃないから愛情って言うのはやっぱりなかったんですよね。だから実際俺は優しくしてくれる人に弱いんです。ゲイって自覚してからはもっと気をつけなきゃって家にいても真面目にしたり、バレないようにって過ごしてて気も休まらなかった」  なんか立場や環境は違うが、自分とちょっと似てる感じはする。でも自分には仲間とかーさんズがいた。と、てつやはあの頃を思い起こしていた。 「18になっておじさんの家を出る事になってあの店を見つけました。最初は怖くて違うバイトを転々としてたんだけど、でも…優しくされたくて…あとは…その…人肌が欲しくてあの店に行きました」 「人気あったって聞いた。楽しかったか?」 「はい…俺なんかにみんな優しくしてくれて、俺を誘ってくれるお客さんも皆さんいい人ばかりだったし、楽しかったですよ」  辞めてから増えたお客さんは知らないが、自分が知る限り嫌なお客さんはいなかったなと思う。 「でもね…俺、|正直《まさなお》くんに会った時初めて、やってた仕事を後悔しました」  その言葉に、てつやは不意にまっさんを任せても平気かも知れないな…と漠然と思った。 「お店に通うのにね、運動も兼ねて自転車に乗ろうと思ったんです。面倒くさがって通販で買ったらバラバラで届いて」  そこでちょっと笑いだす。 「びっくりしましたよ。折りたたみ買ってないのにコンパクトな箱でくるから」「らしいな、通販のチャリ」 「そうそう、だから仕方なく説明書見ながら組み立てたんだけど、部品が余っちゃって。これがないと走ってる最中に分解したらやばいなと思って、自転車やさん検索したら、|正直《まさなお》くんとこが一番近かったからそれで…」 「そこはまっさんに聞いたよ。あいつもちゃんと柾哉のこと俺らに話してくれた」 「そうなんですね、だぶっちゃってごめんなさい」 「謝るところじゃねえだろ。で、なんで告るところまで行ったわけよ」 「もう、一目惚れです…」  ええ~…とてつやはちょっと戸惑ってしまった。  まあ、悪い容姿ではないが… 「一目惚れ…?」 「最初に行った時、つなぎの上半身を腰に巻いたまさなおくんが、暑い中お店の前で自転車組み立ててたんです。その姿にちょっとドキッとして、声をかけたら軍手で汗拭きながら『どうしました?』って笑って声かけてくれて…それでもう俺…」  ええ~…(再) 「ちょっとチョロすぎね?」  流石に言ってしまったが、でも柾哉は 「汗水流して仕事する人見るの俺初めてで、ほんとかっこよかった…。その時に、なんだか解らないけど、その時の自分の仕事が恥ずかしくなって…」  と、握った手を膝の上でもっと強く握って、ちょっと顔を赤くしながら下を向く。 「あの仕事が恥ずかしいかどうかは置いといても…なるほどねえほんとに本気なんだな…」 「今の俺には精一杯の本気です。もっと上がっていくかもしれない」  熱いなぁ… 「俺な、低学年のときに親が離婚して、今はほぼ絶縁状態だけどやばい母親に育てられてたわけよ。取っ替え引っ替えくる男に、まだ小せえのに夜中に叩き出されて公園にいたりしてたんだけどさ、そんな俺を迎えに来てくれたのが、まっさんのお母さんとまっさんだった。銀次の家のお母さんも来てくれたりした。だから俺にとって今の仲間は、かけがえがない奴らなんだ。あいつらとあいつらの母さんたちがいたから、今俺はここにいる。京介は中学入学と同時に引っ越してきて、中学の時の俺をやっぱり母子で支えてくれた。まあ今は、聞いてるだろうけど俺とこんな関係になってくれてるけどさ」  と指輪を見せる。 「はい、聞いてます。いいなって思ってた」  だろー?とてつやは惚気て見せる。 「で、中学の時も色々あって、俺が家を飛び出してたんだ。そんでかーさんたちがここを見つけてくれてな…下の婆ちゃんとも顔馴染みではあったしそれからずっとここに住んでたんだよ。それが15の時」  部屋を見回して、懐かしむ 「だからさ、話ちょっと逸れちゃったけど、まっさんが男に告られたことはびっくりしたんだよ。でも問題はそこじゃなくて、俺は『そいつ』が本当にまっさんを思っているのか疑ったんだ。まっさんを弄んでるようなら絶対許さないと思った。俺たちはお互いもう一生付き合う仲間だし、それぞれのお母さんたちも俺には全員俺の母さんだからな」  てつやは真剣な目で柾哉を見た。 「恋愛だから…合う合わないで別れが来る時もあるかもしれない。それは仕方ないと思うよ。でも、それ以外でバカみたいなことでそうなったり、まっさんを弄んで捨てるようなことがあったら、俺はどんな力を使ってでもそいつを探し出して社会的に抹殺するし、身体的にも大ダメージをくらわせる気は十分にある。犯罪だって構わないんだ」 ーそれでもまっさんの返事が欲しいか?ー  ずっと目を見つめて話しているので、迫力は半端ないはずだ。しかも喧嘩の時同様に殺気もこもっていて、柾哉は幾分萎縮する。  でも、柾哉はその目を見返して 「俺は本気です。本当に正直くんのことが好きです。正直くんは…お金抜きでこんな俺にすごく優しくしてくれるし可愛がってくれる。正直くんのお母さんも俺なんかによくしてくれます。あんな人達を俺は裏切れない。告白も3ヶ月悩んだんですよ。考えて考えて、男に告られて嬉しいのかとか…こんな自分はその価値があるのか…とか。返事だって正直期待はしてないけど、でも振られたってあの店に通う気持ちもあるし。どんな形でもそばにいたい」  目を見て言ってきた言葉をてつやはきちんと受け取った。  ドアの外にまっさんが立っている。ちょっと心配になって声をかけにきたが、柾哉の言葉が聞こえてしまった。  てつやと柾哉2人の覚悟も。  その背中を京介が叩いて、振り向いたまっさんに『しー』と自分の唇に指を当てた。 「付き合う許可を俺がだすとかそう言う偉そうな事言わないよ。ただ、さっき言った言葉は本気だってことはわかってくれな」  柾哉は目を見つめたまま頷いた。 「じゃあ、あとは…まっさんの返事を待つだけだな」 ーそれが1番の難関…ー…と、笑ってくれたてつやに安堵したのか、正座を崩して前に突っ伏す。  その姿を見ながら、 「入ってこいよ、生盗聴の人」  と声をあげ、その声に、え?と顔をあげた柾哉は、開く音がしたドアを見てうわあ!とてつやの後ろに隠れてしまった。 「何してんだよ、迎えにきてくれてんだろ」  自分の身体をどかせて、柾哉を前に押し出す。そしてまっさんに向かって 「お前さーどんだけ心配性なんだよ。俺が柾哉こますと思ってた?」  ー残念ネコ同士~ー と言いかけて、口をつぐんだのはファインプレーだった。  京介はまっさんを押して中へ促し、てつやは立ち上がって柾哉を立たせる。 「じゃ、あとはお若いもの同士で」  などと言って、京介と部屋を出て行こうとするが、あ…と立ち止まっててつやは振り返った。 「柾哉。これは俺が目標としている人に言われた言葉なんだけど、『俺なんか』とか、『こんな俺』って言うのは、周りで支えてくれてる人達に失礼だからな。まっさんにもだ。今後言っちゃだめだぞ」  ーじゃ、あとはお若い…ー 「いいから」  と京介が笑っててつやの頭を抱えて部屋を出てゆく。  その言葉は柾哉の心に沁みた。 「だってよ」  と柾哉を見てまっさんが笑う。 「まさなおくん…あの…返事はいつでもいいから…ね。ごめんね、戸惑うよね。でもお店には遊びに行かせて…」  言葉の途中でまっさんは柾哉を抱きしめた。 「俺は、こんなの初めてで…もしも付き合ってもいいなんて返事をしたところで…その…恋人同士みたいなことができるかどうかも…わかんない…でもさっきの柾哉の言葉は聞かせてもらった…」  盗み聞きしてごめんというまっさんの背に柾哉の両手も背中に回る。 「盗み聞きは…気持ちが伝わったからよかった。でも、恋人同士がする事とかそんなのいいよ…そんなことしなくたって、側にいれば幸せなこともある。俺は今はそんな気持ち。振られたって店に行く気満々だし、まさなおくんの側にいたい」  柾哉がまっさんの喉元から顔を上げて見上げてきた。  玲香と同じくらいだから多分160cmちょいくらい…。そんなことまで可愛く感じて、自然と唇が重なる。  舌は絡まなかったが、唇を軽く貪る感じでちょっと長めに。  唇を離して、柾哉は再びまっさんの喉元に顔を埋めた。 「今の…返事でいいの…?」  戸惑うように聞いてきて、背中に回った手のひらがパーカーをキュッと掴む。 「ん…良いんだけどその前にな…」  まっさんが言いづらそうに柾哉の頭を抱えて、その髪に唇を当ててきた。 「さっきの盗み聞きで…『お金抜きで』…って言ってたの…」  柾哉の体が揺れる。 「あ…あのまさなおく…」 「責めてるんじゃない…そうじゃなくてさ…」  もっと強く抱きしめた。 「隠さないでほしいんだ…俺は、全てを知って柾哉と一緒にいたい…」  柾哉はまっさんの胸に顔を埋めてしまう。 「俺…」 「てつやがあの世界にいたし、話は色々聞いてる。あの世界にいたんだな」  柾哉は答えない。 「頑張ったな。一人で頑張ってたんだな」  この半年で、柾哉の家庭事情は聞いている。  まっさんの胸の中で柾哉が嗚咽した。その言葉はずるい。 「まさなおくんは、それを知って…俺なんかでいいの…」  まっさんは柾哉の頭を撫でた。 「それ言うなって言われたばっか」  笑ってまた髪にキスをする。  柾哉の腕が背中に周り、まっさんをキツく抱きしめる。 「2人で、行けるところまで行こうか…」  まっさんも腕に力を込めて柾哉を抱きしめた。 「いつか…違うふうに抱きしめられたらいいな…できれば早いうちに…」  というまっさんの言葉に、胸に顔を埋めている柾哉の頭がフルフルと横に振れる。  未知すぎるが、先生は身近にいる(?)  自分の恋愛は戸惑いが多そうだが、それも楽しんでしまおうと思った。 「じゃあ…戻るか」 「うん」  離れる前柾哉の顔をあげ、濡れた両頬を両手で拭ったあともう一回だけ唇を噛み合うキスをした。  そうして笑い合って、2人は階下へ向かっていった。  下へゆくと、もう家は戸締りされていて全員が車に乗って待っている。 「おせーぞ。終わるまで待とうか悩んだわ」  てつやの声にー何がだよ!ーと笑って応えて、まっさんは荷物満載の自分の車に乗り込んだ。  柾哉はーちょっとーと言って、てつやが乗っているセレナに向かい、窓から前職の話ができたことを話した。  てつやは良かったな、と笑ってくれて柾哉はそこも安心した。  てつや所有のマンションはみんなわかっている。  その後、各々が発進して向かっていった。

ともだちにシェアしよう!