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[24] 茶会
六月。バラルディ家本邸の庭は色とりどりの薔薇が見事に咲き誇り、ガーデンティーパーティ当日を迎えた。
昨年はニコラ一人で世話をしたが今年はジャンとレオネが手伝った事で花の咲き方が格段に違うそうだ。さらに言えば昨年までは何か目標があるわけでもなくただただニコラの自己満足状態の庭造りだったが、今年はガーデンパーティを開く事になり張り合いもできた。
「この庭にこんなに活気があるのは初めてな気がするよ」
モーニングに身を包んだロランドが言った。視線の先は美しい庭と、そこに集まる着飾った人々。
「そうね。ロランドが小さい頃もガーデンパーティはやっていたけど、招待客はこの半分くらいだったかしら」
その隣でジルベルタが言った。
「レオネさんのお陰ね。貴族の方たちも沢山招待出来たし」
「庭もレオネが手伝ってるってドナートに聞ましたよ。人が足りないなら雇えばいいのに……」
「いや、庭いじりは私の趣味ですから。楽しみをとらないでください」
レオネは笑いながら言った。
「花の咲いている量がいつもよりとても多いわ。なんだか子供の頃の庭みたい。今より庭師も使用人も多かったから、この屋敷も活気があったのよ」
(ああ、それはきっとエレナ様も含めて三人で遊ばれていた頃の事だな……)
ニコラから話を聞いてからひと月。もやもやと胸の奥で燻ぶる想いはあるものの、結局どう思ってもジェラルドとレオネの関係は良くも悪くも変わらないわけだから、レオネは考えないようにしていた。
今は朝食を共にし、ロッカ領伯爵として仕事の話をし、時々『妻』として公の場で彼の横に立つ。その付かず離れずに慣れ、割り切らなくてはならない。
夜鳴きする身体を自身で慰めることにももう慣れてきた。夢や想像の中くらいジェラルドに甘えても良いじゃないかと開き直り、夜ごとジェラルドの名を口にし処理に勤しむ日々だ。
「レオネが来て我が家は格段に活気が出てきましたよね」
ロランドがジルベルタに同意を求め、ジルベルタは「本当にそうよ」と微笑み頷いた。
「皆さんのお役に立てて良かったです」
短期間での準備はなかなか大変だったが、その忙しさが人に必要とされている実感となり心地よかった。ブランディーニ家にいた頃には味わえなかった充実感だ。
「そう言えば、ジェラルドは?」
ジルベルタがレオネに聞いてくる。
「どうしても外せない案件があるそうで、それだけ終わらせたら顔を出すと言ってました」
ジェラルドは多忙だ。後半だけでも来てくれるならレオネとしては嬉しい。
「父さんは融通きかないなぁ。まあ、別に居なくてもいいけどね」
ロランドは口をとがらせて言った。
ジェラルドは不在だが、この機会を有効に使うべく、レオネは知り合いの貴族達にロランドとジルベルタを紹介し、逆に商家達を紹介してもらった。
庭には天幕が張られ、中のテーブルにはバラルディ家お抱えのシェフが腕を振るった料理やデザートが並ぶ。貿易も生業にしているだけあり、世界各国から集めた珍しい食材が人々の関心を集めていた。
「このジャム、とてもいい香り!」
貴族のご婦人達が焼き菓子に添えられたジャムに関心を示す。すかさずレオネは話しかけた。
「そうなんですよ。私も気に入っていて朝食でよく使っているんですが、飽きがこないですよ」
レオネの笑顔に「あま、そうなの」とご婦人達は色めき立つ。
「ジル姉さま、こちらどこのジャムでしたっけ?」
本当は知っているがジルベルタに声をかけ、貴族達との会話に入れる。
「こちら南国のフルーツを使ったミックスジャムですの。瓶も可愛らしいんですのよ。奥さま方、よろしければ今度お贈り致しますわ」
ジルベルタの申し出にご婦人達は「まあ、よろしいんですの。楽しみですわ」と喜び返した。こういう彼女達から社交界全体に商品が広まり流行になる事は多々ある。その後もジルベルタは貴族のご婦人達に囲まれファッションなどの話もしているようだ。
「バラルディ伯爵」
ジルベルタの様子を遠目に見守っていたレオネは不意に呼び止められた。爵位を継承してからもその呼ばれ方をすることはごく稀で一瞬自分の事だと気付かなかった。声のした方を振り向くと知っている女性が立っていた。
「アンジェリカ様!ようこそおいでくださいました」
アンジェリカはレオネの故郷近くの貴族の娘で、レオネの三つ年下。二年前に王都サルヴィの貴族に嫁いだ。
正直彼女を招待するか迷った。彼女とは寝たことがあるからだ。だがレオネが関係をもった貴族の女性はかなりおり、その全てと今後関わりを持たずにはいられないし、意図的に一定の人物だけ接触しないのも返って不自然だ。そもそもお互いいずれ誰か別の人と政略結婚するとわかっていての付き合いだったのだからそもそも気にしなくてよいのだが。
(ジェラルドに知られたくないんだよな……)
『男娼のような真似をして』と言うジェラルドの言葉はレオネに重く響いている。結婚前の自分はまさにそれだった。貴族との繋がりや便宜を狙い女性の求めに応じてきた。多分ジェラルドもレオネがそうしてきたことは予想していると思うのだが、こうして現実を目の前に晒したくない。ある意味、ジェラルドがこのパーティに前半不在なのはレオネにとって有り難かった。
「お久しぶりです。レオネ様がサルヴィに来てくれて嬉しいわ」
アンジェリカは若々しいピンク色のドレスを身にまとっていた。
「アンジェリカ様もお元気そうで。お変わりないですか」
アンジェリカはレオネの質問に答える代わりに少し上目遣いで見つめて言った。
「少しお庭を案内してくださらない?」
二人だけで話したいという意味だ。一瞬迷うが話すだけなら良いだろと思い「ええ、ぜひ」と答えた。
庭を歩きながらアンジェリカが言ってきた。
「今日は正統派なお召し物なのね。ご結婚されて落ち着かれてしまったのかしら」
今日のレオネの装いは黒のモーニングコートにタイ。ウエストコートはやや青みのかかったグレーで王道に纏めている。独身時代は遊び心があるピンクなども差し色に入れ、茶や紺のコートと合わせる事もあった。今日はホスト側なのであまり派手なコーディネートは避けたのと、もう女性を口説く必要も無いので目立つ必要は無いと思ったからだ。
「似合いませんか?」
レオネは微笑みながら彼女に聞く。
「まさか。何をお召になってもレオネ様は素敵よ」
彼女の返答に「ありがとうございます」と礼を述べる。
他の人がいない蔓薔薇のアーチの下でアンジェリカは躊躇 いがちに言ってきた。
「ねぇ、せっかく近くに住んでいるんですもの。また時々会ってくださらない?」
アンジェリカの申し出にやっぱりそういう話になるのか、とレオネは少し落胆した。さてどうすべきか。
「ご主人とはうまく行ってらっしゃらないのですか」
「……求められてはいますが、もう四十歳ですのよ。私はときめかないわっ」
(求められてるのか。羨ましい……)
レオネは気持ちがスッと冷える感じがした。
アンジェリカはまだまだ娘気分なのだ。
二十歳と四十歳。確かに親子ほどの差だがレオネにとっては自分とジェラルドとの年齢差と重なり、嫉妬のようなものが湧いてくる。
「愛されているのではないですか」
「若い身体が目当てなだけよ」
アンジェリカは俯きむくれる。
政略結婚はこうなることが多々ある。貴族はそれが普通だし相思相愛になるなんて滅多に無い。だからお互い愛人を作ったりする。それがレオネにとっても今までの常識だった。
「私がときめいたのはレオネ様だけ……」
アンジェリカは頬を高潮させ、潤んだ瞳でレオネを見つめてきた。
(困ったな……本当の事を混ぜて嘘を付くか……)
レオネは言い訳を考えながら話し始めた。
「アンジェリカ様、そう言って頂けるのは大変光栄なのですが……私はその……」
言おうと思ったことを口に乗せようとしたが想像以上に恥ずかしく感じて戸惑う。みるみる顔が熱くなっていくのを自分でも感じた。
「レオネ様……?」
いつも笑顔で冷静なレオネが今までと違う反応を見せている事にアンジェリカが驚く。
「あ、あの、これは貴女だけにお話しする事ですので、ここだけの話と心に留めて頂きたいのですが……」
アンジェリカはうんうんと頷く。それを見てレオネは伝える事を決心した。彼女の耳元に唇を寄せ、そっと囁く。
「私はその……、もう夫でないと達せないのです……」
「……っ⁉」
アンジェリカは口を両手のひらで塞ぎ、これ以上無いくらい真っ赤になった。
「なので、もうご婦人のお相手は……あ、あの私の結婚は業務提携であることを強調してますので、本当にこれは内密にお願いします……」
さらに口止めの念押しをする。アンジェリカはコクコクと頷いた。
「そ、そうなのですね。驚きましたが話して頂いてありがとう。絶対に誰にも言わないわ」
「ありがとうございます」
ホッとしてレオネは純粋に微笑んだ。
「レオネ様はバラルディ様を愛しているのですね。相思相愛なんて羨ましいわ」
(相思相愛では無いんだけど……)
そしてアンジェリカはレオネのエスコートを断り一人でパーティ会場へ戻っていった。
レオネは冷静になるべく、近くの鉄製ベンチに腰をおろし、初夏の青い空を見上げて大きく息を吐いた。
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