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[25] 嫉妬
ジェラルドが屋敷に戻った時、ガーデンパーティは予定時間の半分が過ぎようとしていた。
自室て服を脱ぎつつ窓からは庭の様子をうかがう。澄み切った青空に初夏の心地よい風が吹いている。
この二ヶ月、レオネは庭の世話に、招待客の人選に、と動きまっていたようなので、天気に恵まれて本当に良かったとジェラルドは思った。
庭は色とりどりの花が咲き誇り、着飾った人々が蝶のように庭のあちこちでパーティを楽しんでいる。パーティ会場から少し離れた庭の奥には男女のカップルが数組出来ており、庭を眺める口実で愛を囁やきあっているようだ。
(せいぜい頑張れよ……)
やや馬鹿にした心境で見渡していた所、一組の男女が目に止まった。
真っ赤な薔薇が咲き乱れたアーチの下に、ピンクのドレスを着た若そうな娘と、金の長髪の男がいた。男の方はレオネだとすぐにわかった。
咄嗟にジェラルドは窓横の壁に身を隠し、窓枠からそっと二人の様子をみるが、遠くて顔までよくわからない。良くないとな思いつつも書斎机の引き出しにあったオペラグラスを取り出し、再び二人の様子を覗き見た。
ジェラルドの部屋からの角度では娘は後姿しか見え無いが何やらレオネに必死に話しているようだった。むしろレオネの表情はよく見え、レオネは笑顔を貼り付けているものの少し困った印象だった。
最近になりジェラルドはレオネの愛想笑いが分かってきた。あの雰囲気の時は心から楽しんでいる訳ではなく、その場を和ませる為の社交術的な笑顔の仮面を被っている。状況から察するに娘から迫られ何とかあしらおうとしている、と言った所か。とジェラルドは予想したのだが……。
何か話していたレオネの顔がまるで薔薇の花が開くようにふぁっと高潮した。
赤くなっていることに自分でも動揺しているようで目を泳がせつつ何か必死に話をしている。そしてさらにレオネは娘にくちづけるかのように顔を寄せた。
ジェラルドは心臓がすくみ上がるような気がした。
だがレオネはくちづけはせず娘の耳元に顔を寄せただけで何か囁いている。途端に娘の身体がビクッと震え、娘は両手で顔を抑えた。その後もレオネが何か言い、娘は首を何度も縦に振る。しばらくすると娘は一人でパタパタとその場を去り、一人残されたレオネは近くのベンチにヨロヨロと座った。
空を見上げるレオネの顔はまるで行為の最中のような色気を放っている。赤くなった頬や耳、伏せめがちで潤んだ目元がオペラグラス越しでも確認できた。
(あの娘を口説いていたのだろうか……)
ジェラルドの胸にザラリとした不快感が湧く。『適度に女性と付き合うことも認める』と言ったのは自分なのだが……。
――コンコンコンコン
「ジェラルド様、ドナートでございます」
ジェラルドはオペラグラスを引き出しに投げ込み「ああ」と返事をした。
部屋に入ったドナートは全く着替えが進んでないジェラルドを見て眉をひそめる。
「ジェラルド様、お急ぎください。皆様お待ちですよ!」
「あ、ああ。すまん」
素直に謝り着替えを始めたが、頭の中は頬を染めるレオネの顔でいっぱいだった。
「ジェラルドー!」
モーニングに着替え庭に出ると、レオネが笑顔で手を振って迎えてくれた。
青空の元、咲き乱れた薔薇を背景にドレスアップしたレオネがこちらに小走りで向かってくる。黒のモーニングコートに落ち着いた青系を差し色にした正統派な装い。金の髪は乱れぬように後ろにオイルで撫でつけ一つに束ねている。遊び心や流行を控えたコーディネートだが、光輝く髪と神話の彫刻のように美しい顔立ちをより清純に引き立てることになっている。
(何着ても漏れ出るその色気は何なんだ?)
ジェラルドは心の中で悪態をついた。先程の若い娘との件が気になっている。この美しい男に今日は何人が目を奪われたのだろうか。
「ジェラルド? どうかされましたか?」
表情に出てしまっていたのか、目の前まで来たレオネが心配そうに呼び掛ける。
「いや、遅くなってすまない」
ジェラルドは謝罪と笑顔で誤魔化した。
「いえ、間に合って良かったです。皆さんにご挨拶に行きましょう」
レオネはそう言ってジェラルドの半歩後ろに付き歩き始めた。
レオネからは貴族の招待客を紹介され、ジェラルドは顔馴染みの商人仲間をレオネに紹介しつつ当たり障りない世間話をする。
「バラルディ様、お久しぶりです」
声をかけられて振り返ると造船業を営むコルティ夫妻がいた。ジェラルドより少し上の年代の夫婦でバラルディ商会の有力な取引先だ。
「コルティ様! ようこそお越しくださいました」
ジェラルドも営業用のスマイルでやや大袈裟に喜びを表現し両手を広げる。
「久しぶりのガーデンパーティ、楽しませて頂きましたわ。レオネ様ともお話しできましたし」
コルティ夫人が満足そうな笑顔でそう言ってくる。レオネはパーティ開始時からジルベルタやロランドと一緒に積極的に挨拶に回ったらしい。
「レオネ様はお若いのに良く勉強されておりますな。我が社のこともご存知でしたよ」
コルティ氏が感心したようにレオネを褒めた。
「コルティ造船と言ったら知らない者はおりませんよ」
レオネは謙遜しながら少し困ったような笑顔でそう返した。容姿を褒められることが多いレオネなので、内面を褒められると照れるらしい。
「このパーティも手配されたのはレオネ様なのでしょう? ジルベルタ様から聞きましたわ」
「いや~、バラルディ氏は本当に有力な方を迎えられましたな」
「ええ、とてもよくやっていてくれて、助かってますよ」
ジェラルドはレオネを見てそう言った。
「皆様に楽しんで頂けて本当に良かったです」
レオネは目元が少し赤くしながら言った。
ジェラルドも他人からレオネが褒められるのは嬉しいと感じ、自然と顔がほころんでしまう。
「エレナ様がお元気だった頃を思い出しますわね。ご結婚されてから毎年開かれてましたものね」
「そうだそうだ、始めた頃はまだ二十代の可愛らしい夫婦でしたな。パーティも手作りな感じであれはあれで良かった」
二十年前のバラルディ商会は発展途上で、ジェラルドの父が事業を急拡大し始めた頃だった。
ジェラルドは父の命で妻エレナと共に取引先との関係を深める為のガーデンパーティを開いた。エレナと二人で手探りで貴族のパーティを真似て準備したが、今思えばまだ子供気分の抜けないままごとのようなパーティだったと思う。
「お恥ずかしい限りですよ」
ジェラルドは苦笑いを浮かべつつそう答えた。
「エレナ様ってね、とっても小柄で華奢で可愛らしい方だったのよ。ジェラルド様と並ぶとより小柄に見えてね。ロランド様はエレナ様によくお顔立ちが似てるわね」
夫人がエレナを知らないだろうレオネに説明する。レオネは笑顔で「そうなんですか」と相槌を打っている。
「身長は似なくて良かったですよ」
ジェラルドは苦笑いで言った。
ロランドは華奢ではあるがある程度の背丈まで育ってくれたから良かったとジェラルドは思っていた。
「そう言えばエレナ様って、ガーデンパーティにはいつも白い薔薇を髪に飾ってらしたのよね。花の中心がちょっとピンクで、可愛らしい感じがエレナ様によく似合っていて」
(そうだっただろうか……)
ご婦人はよく他人の髪飾りまで覚えていて凄いなと感心する。
「その薔薇は今でもこの庭に咲いてますよ」
ふとレオネが言った。
「あら! まだあるの?」
もう二十年くらい経っているのに株が健在なのかとジェラルドも驚く。
「エレナ様が気に入ってた花なので、庭師が大事に世話していたようです。今年もわずかですが咲いております」
レオネが笑顔でコルティ夫人説明する。
「まあ、素敵! あなた、見に行きましょうよ」
コルティ夫人はレオネを場所を聞くと、挨拶をし夫と共に庭の奥へと行ってしまった。
「ジェラルドもよろしければ後で行ってみてください」
レオネがうっすらと笑いそう言った。レオネが日々世話をしている庭を見るのも良いかもしれない。
「ああ、そうだな」
そう返事をし、さて次はどこへ挨拶に行こうかと周りを見渡す。ふと視界に入ったレオネを見ると笑顔が消え無表情になっていた。
「レオネ? 疲れたか? 少し休むか」
心配して声をかけるとレオネはハッとしたように言った。
「いえ、大丈夫ですよ。私、体力はある方なので」
「そうか。無理はするなよ」
「はい、ありがとうございます」
レオネがにっこり笑い礼を言う。だがその顔はあの『社交術的な笑顔の仮面』だとジェラルドには感じた。
(やっぱり疲れたかな。気疲れは体力とは別だろうし……)
休もうかと思っていると一人の男がこちらに近づいてくる。ジェラルドが知らないのでレオネが招待した貴族だろう。中肉中背の中年の男だった。
「ボナーガ侯爵、ようこそお越しくださいました」
レオネがその男に気付き挨拶をする。
「レオネ様お久しぶりです。妻を迎えに来ましたのでご挨拶だけでもと思いまして」
平凡な顔立ち男が穏やかな笑顔でそう言った。
そして、後ろからピンクのドレスを着た娘が付いてきた。先程レオネと一緒にいたあの娘だ。
(父親だろうか。母娘で参加しているのか)
そう思っているとレオネがジェラルドに二人を紹介してきた。
「こちら、ボナーガ侯爵と奥様のアンジェリカ様です」
(奥様って……!)
一瞬驚くが表情に出る寸前でなんとか喰い止めた。親子程の年の差婚は貴族には別に珍しくない。驚いたのはレオネとこの娘が親密そうな所を見てしまったからだ。てっきり未婚の娘だと思っていた。
「ジェラルド・バラルディです。ボナーガ侯爵、ようこそお越しくださいました」
「ボナーガです」
何とか笑顔で挨拶し握手を交わす。妻のアンジェリカとも挨拶を交わすと彼女はニコニコとレオネに言った。
「バラルディ様にお会いできて良かったですわ。想像以上に素敵な紳士ですわね」
レオネは何も言わず彼女に笑顔だけ向ける。二人の時に自分のことを話していたような口ぶりだ。何を話していたのか気になり胸の奥がジリジリとしてくる。
「妻はレオネ様と同郷なのですよ。バラルディ様はご存知ですか」
ボナーガ侯爵がジェラルドにそう聞いてくる。うっすら笑みを浮かべているが、目が笑っていない。この侯爵も二人の関係は怪しんでいるように感じた。
「そうでしたか。それは存じ上げませんでした」
笑顔で答えて流す。
「あの社交界のホワイト・ローズ、レオネ様がサルヴィに来られたので妻は喜んでおりますよ。今度我が家にもいらしてくださいよ。……ぜひ私もいる時に」
ボナーガ侯爵はレオネに向かってそう言った。
「あ! でも十月にある国王主催の舞踏会の方でお会いするのが先かもしれませんね」
ボナーガ侯爵がわざとらしく言う。
十月なんてまだ四ヶ月近く先の話だ。自宅に招待する気もなくレオネに対する明らかな牽制に見えた。
「そうですね。ぜひその際はまたご挨拶に伺います」
レオネはいつもの笑顔の仮面を貼り付けて言った。
「それでは、私と妻はこれで失礼いたします」
ボナーガ侯爵はそう言うと妻アンジェリカを伴い出口へと向かった。夫のエスコートで立ち去るアンジェリカはチラッとレオネを振り返ると苦笑いで小さく手を振った。
「……なんとなく敵視されているように感じたが気のせいか?」
耐えきれず小さくレオネに尋ねる。先程の薔薇園で二人が一緒にいたことを抜きにしても問いただして良いことだろうとジェラルドは思った。
「なかなか嫉妬深いご主人のようですね。ま、アンジェリカ様が愛されてて良かったです」
レオネが笑顔を浮かべてそう言った。だがその笑顔がどこか淋しそうにも見え、ジェラルドはさらに胸の奥に不快感を感じた。
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