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辛口1
ガーデンパーティを終えたその夜、ジェラルドは書斎で持ち帰った書類に目を通していた。
帰国してから三ヶ月。なかなか仕事が落ち着かず多忙な日々を送っている。だがパーティの余韻でか、あまり集中出来ているとは言えなかった。
色々思うことはあるが、数年ぶりのガーデンパーティは大きなトラブルも無く無事終えることができた。社交的なレオネがうまく立ち回り商人と貴族を取り持ってくれたようだ。お陰でかなり交流が出来たとジルベルタが言っていた。
(レオネを商会で営業させたら凄い売上を出しそうだな……)
ジェラルドがそうレオネのことを考えているとドアがノックされた。
「あ……あの、レオネです」
てっきりドナートかと思っていたので驚く。
レオネがジェラルドの部屋を訪れるのは初めてだ。ジェラルドは驚きつつ「どうぞ」と返事をした。レオネはドアを少し開けると顔半分と身体半分を少し覗かせた。
「えっと、ドナートから今日のパーティで余ったからとワインを一本渡されたんです。あの、良ければ一緒に飲みませんか?」
レオネがやや早口で話す。ドアから覗いた両手にはワインボトルとグラスが二個が握られている。
ジェラルドは迷った。書斎とは言え隣は寝室だ。レオネを招き入れ酒を飲むのはどうなのだろうかと。
「あ、あの、お忙しければいいんです! 開栓してないから取っておけるし……」
ジェラルドの一瞬の迷いを感じ取ったのか、レオネがジェラルドの断りやすい方向へ話を持っていく。
(別に一緒に飲むくらい良いじゃないか)
手を出さなければいいのだ。己の忍耐力を信じようと決意する。
「かまわないよ。入って」
ジェラルドはそう言って書類を見ていた書斎机の革張りの椅子から立ち上がった。レオネはパッと表情を明るくし、「失礼します」と部屋に入ってきた。
「すまん、散らかってるんだ」
応接テーブルはあるもののここに客を呼ぶ事が無い為、かなりの物が雑然と置かれていた。ジェラルドはそれらを寄せてテーブルの半分を空けた。
レオネは扉正面の一人掛けソファに腰をおろし、ジェラルドはレオネの右サイドの三人掛けソファに腰を下ろした。レオネが一緒に持ってきたコルク抜きでワインを開け、二つのグラスに注ぐ。
「どうぞ」
美しい赤がグラスの中で揺れる。何も言わず目だけ合わせお互いのグラスを軽くぶつけた。『チンッ』と控えめな音が鳴る。
「あ、美味しいですね」
一口含みレオネが満足そうに微笑んだ。
「ここのワイナリーは毎年良い品を造るんだ。これは一昨年のか。熟成期間が短くても美味いんだよ」
「フレッシュさが良いですね」
レオネが電灯にかざしたグラスを見つめる。その横顔を見てまつ毛が音を立てそうなほど長いなとジェラルドは思った。
「なにかつまみになるものがあったはず……」
ジェラルドはそう呟くとテーブルを占拠している山をガサガサと漁った。レオネはキョトンとジェラルドの行動を見つめている。
「これなんだろう? チョコレートかもしれん」
手のひらサイズの紙袋に製造工場と品番と日付が書かれている。「開けてみろ」と袋をレオネに渡し、レオネは言われるままに紙袋を破り開け中を覗く。
「アーモンドですよ」
「チョコレートじゃなかったか」
「これは貰ったものなのですか?」
ジェラルドの書斎にあるものなのに本人が中身を把握していない事に疑問を感じたらしくレオネが聞いてきた。
「商品見本だよ。取引してくれって送ってくるんだ」
レオネは「へぇー」と言いながら紙袋に鼻を寄せた。
「香辛料みたいな匂いがします」
「食べていいぞ」
ジェラルドが言うとレオネは袋からアーモンドを一粒つまみ出し口に含んだ。カリッとアーモンドが噛み砕かれる音が鳴る。
「ん?」
レオネが唸り口に手を当てながら咀嚼する。眉間をよせ心なしか目元が赤くなってきた。
「どうした? 美味くないか?」
レオネはアーモンドを飲み込み、さらにグラスに残ったワインを一気に飲むと軽くむせながら言った。
「これ……かなり辛いです!」
さらに手酌でワインを注ぎたしもう一口飲む。
「辛いの苦手か?」
レオネのあまりの反応にジェラルドはちょっと笑いながら聞いた。
「いえ、そんなことはないですが、これがかなり辛いんです! ちょっと食べてみてくださいよっ」
レオネが紙袋を渡してくる。いくら何でもそこまでじゃ無いだろうと思いつつ一粒口に放り込んだ。奥歯で噛み砕くと香辛料の香りと塩味が広がった。が、後から強烈な辛味が喉と舌で燃え上がる。
「これは……凄いな!」
ジェラルドは苦笑いしながら席を立ち、書斎机にあった水差しから専用のグラスに水を注ぎ一気にあおった。
「あ、ずるいです!」
レオネがジェラルドだけ水を飲んだことを咎めてくる。
「なんの対決だよ」
笑いながら同じグラスに水を注ぎ、レオネにも渡す。レオネはグラスを受け取るとゴクゴクと一気に飲み干した。レオネが軽口を叩いて来たことが嬉しくて思わずにやけてしまう。
「んー、これは不採用だな」
ソファに座り直しアーモンドの紙袋を見る。
「辛味をもっと抑えて貰えれば、味はいいとおもうんですけどね」
ジェラルドは口直しに甘い物が欲しくて他のものを探す。ガサガサとかき分け探す様子をレオネは興味深そうに見ていた。
「あ、今度こそチョコレートのはずだ」
ジェラルドはやっとのことで目当てのものを探し当てた。缶に入った紛れもないチョコレートだった。だがレオネは別のものに感心を取られていた。
「これって……」
視線の先には数枚の写真があった。ジェラルドが荷物を漁っていた際に封筒から中身が出たようだ。その写真は先日のロッカ視察時に新聞記者が撮った写真だった。事前確認に渡されたのだ。
「こんなに撮っていたんですね」
レオネが自然と手を伸ばし写真を眺める。
実のところジェラルドはその写真を誰かに見せる気はなかった。何故ならどの写真もレオネを見るジェラルド自身の顔がだらしなくにやけていたからだ。記事にはなんとか一枚だけあった真面目に仕事の話をしている雰囲気の写真を使わせたが、自分はあんな顔でレオネを見ているのかと愕然とした。
今更レオネから写真を取り上げるのも不自然なので仕方なくそのまま見守る。
「あは、こんな所も」
レオネが苦笑いしながら一枚見せてくる。それはジルベルタが転んでレオネとジェラルドが巻き込まれた所だった。笑うロランドも見切れている。
「写真て並んで撮った事しか無かったから新鮮ですね。……私って普段こんな顔してるんだって恥ずかしくなりますが」
ジェラルドから見て写真に写るレオネはいつもの美しい笑顔のレオネだが、本人のイメージとは違うようだ。
「あの……二枚くらい記念に貰っても良いですか?」
レオネが遠慮がちに聞いてきた。
「ああ、いいよ」
ジェラルドがそう答えると小さく「やった!」と言い写真を選ぶ。レオネは写真を何回も見返し悩みながら二枚を選んだ。
「じゃ、これにします」
チラッとジェラルドに見せ、座っているソファの間にサッと挟んだ。残りの写真は封筒に戻して元あったテーブルの端に置いた。見せられたのは一瞬だったがジェラルドにはそれはどの写真かすぐに分かった。一枚は新聞にも掲載された集合写真。もう一枚はレオネとジェラルドが二人で写っているものだ。その写真はジェラルドが何度も見返したものだった。ロッカの丘の上でレオネとジェラルドが見つめ合い二人とも微笑んでいるのだ。レオネは特に美しい微笑みでジェラルドを見つめていた。
(私は締まりの無い顔してるんだよな……)
ジェラルドは自身のその表情をもはや誰が見てもレオネに気があると言っているようなものだと感じていた。いつもあの目でレオネを見ているならば、レオネはもうとっくにジェラルドの下心に気付いているのではないか。
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