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辛口2

「ロッカにもまた視察に行きたいんですよ」  ジェラルドがあれこれと思考を巡らせていると、レオネがふとそう言った。 「山間部の集落をどうするかの問題。やはり集落自体を見ないとダメだと思って……」  レオネに重い課題を出してから二ヶ月半。レオネなりに資料を見たり似た事例を探したりと解決策の糸口を探しているようだった。 「確かに資料だけで判断するのは危険だな。誰が同行できる人間を調整するから、視察に行ってくるといい」 「本当ですか! ありがとうございます!」  ジェラルドの返答にレオネは嬉しそうに礼を言った。 「たまにはブランディーニ家で過ごしてきてもいいぞ。この前はゆっくり出来なかったし」  ドナートからの情報では、レオネが王都サルヴィに来て約半年が経つが、自主的にはあまりこの屋敷から出ていないらしい。故郷から離れ友人と呼べる存在もここではいないのだろう。たまには地元で羽根を伸ばしてやるべきとジェラルドは思った。 「ありがとうございます。でもロッカだけで大丈夫です。この前帰った時、父母や兄とも話しましたし」  ジェラルドの気遣いだったのだが、レオネはサラッと受け流した。 「そうか……話したい地元の友人とかいないのか」 「うーん、そうですね。私ってよく考えると損得勘定抜きで付き合いのある友人ってそんなに多くないんですよね……」  レオネが苦笑いしながら言う。あんなに社交的なのだから友人は多いのだろうと思っていた。貴族同士の繋がりの為、父親の指示で広げていた交友関係ばかりなのだろうか。  ふとピンクのドレスがジェラルドの頭を過った。言うか言うまいか悩みながらも口にする。 「……今日来てた、ボナーガ伯爵夫人も損得で付き合いのあった一人か?」  レオネは一瞬、ジェラルドの目を見たまま固まり、そして困ったような笑顔を浮かべる。 「アンジェリカ様はブランディーニ家より力がある貴族の娘でしたから……」  失礼だと思いつつもジェラルドはさらに踏み込んで質問した。 「男女の関係だったのだろう?」  レオネは「あはは……」と空笑いつつも否定はしなかった。 「最初に会った時はまだ子供から抜け出せてないような少女で……当時私も女性の扱いに不慣れで……まあ、本気になられてしまって……」  レオネの容姿ならレオネの立ち回りがどうであれ年頃の娘達は本気になるに決まってる。 「……レオネ、独身女性と遊ぶのはいいが、人妻は駄目だぞ」  ジェラルドの言葉にレオネは静かに穏やかに言い切った。 「アンジェリカ様がご結婚されてから関係はありませんよ」 「だが、久しぶりの再会で、再熱することもあるだろう。現に今日迫られたんじゃないか」 「……まあ、そう言うことを持ち掛けられましたが、お断りしました。彼女も納得しています。そもそも私は今、女性と遊ぶ気はありません」  ジェラルドにボナーガ伯爵夫人の話を出されてからレオネはずっと苦笑いを続けている。だがジェラルドはさらに踏み込んだ。 「だが、いずれは結婚して子を儲けたいだろう。もうブランディーニ家からは一旦離れたのだから、好きな相手を選んでいいんだ。君自身が望むなら身分差があっても不倫でなければ私は反対しない」  ジェラルドがそう言うと、レオネからフッと表情が消えた。ジェラルドから目をそらしグラスを見つめながら唇をギュッと結ぶ。 (口うるさいオヤジだと思われたか……)  だがレオネは不意にフッと笑った。 「ジェラルドの奥様は元々使用人の娘さんだったそうですね。さぞ、大恋愛でのご結婚だったのでしょうね。羨ましい限りです」  突然話がジェラルドとエレナの結婚に飛んで面食らう。しかも何やら嫌味ぽい。レオネからこんな言い方をされたのは初めてでジェラルドは戸惑った。 (身分の低い者と結婚したことを馬鹿にしてるのか? いや、レオネはそう言う性格では無いと思うが……) 「あ! ソニアか⁉」  ジェラルドはふと思い立ち声を上げた。 「はぁ⁉」  レオネが素頓狂な声を上げる。 「ソニアといい仲なのか? ソニアは明らかに君に気があるだろう!」  ジェラルドが確信してそう言うと、レオネは眉間に皺を寄せ、明らかに不機嫌な顔をした。 「……なんでそんな話になるんですか。ソニアとは何もありませんよ」 「そうか? もしソニアと一緒になりたいのなら、どこかに屋敷を用意してやるぞ」  ジェラルドがそう言うとレオネは黙り込み、ますます不機嫌になっていく。 (ソニアとは何も無いのか? どちらにせよ、これ以上は口を出すべきでは無いか……)  常に温厚なあのレオネが怒っている。  二人で楽しく晩酌していたのにジェラルドが雰囲気を壊してしまった。だが保護者的な立場としてレオネの不倫は止めておきたかった。  するとレオネが大きく深呼吸を口を開いた。 「……ジェラルドは、早く私がこの屋敷からの立ち去ることをお望みですか?」  レオネはずっと逸らしていた視線をジェラルドに向ける。それは今にも泣き出しそうな紺碧の瞳だった。 「いや! ちが……!」  ジェラルドが否定の声を上げるも、それを覆い被せるようにレオネが続ける。 「でも! そんなに早く爵位をロランドへ譲位することは出来ませんし、それに……!」 「違う!」  ジェラルドは焦り声を張り上げた。レオネが息を飲み停止する。つい大きな声を出してしまったので極力冷静に優しく言葉を続けた。 「爵位だけ奪って追い出そうとか、そんなこと考えてない。……すまない。軽率な発言だった。君がそう思っても状況的に不思議じゃないな。爵位は君が歳を取るまで君が持っているべきだ。引き継ぐならロランドの子供の代だと思っている。君に将来を共にしたい女性が出来たら、その時どうすべきか考えれば良いと思っていた」  レオネは再びジェラルドから視線を逸らす。 「私は別の誰かと結婚したいとは思ってません」  その声色はとても悲しそうだった。 「……そうか。私は君には自由に生きてほしいと思ったんだ。私に遠慮せずに好きな相手を自分自身で選んで結婚するべきだと。結婚を強要しようというつもりは無いよ」  レオネからしたら実家で縁談の為に生かされる日々を終えたと思ったら、嫁ぎ先でもまた結婚しろと言われていたことになる。結婚を望んで無かったとしたら確かにうんざりするだろうな、とジェラルドは反省した。  レオネが大きく息を吸い込み空中をぼんやりと見つめて言う。 「私はここが気に入っています……。ここの皆さんはとても優しいですし、伯爵としての仕事もバラルディ商会に関われる事も、一年前では考えられないくらい充実しているんです。だから私はこれからも……」  そしてレオネはジェラルドをチラッと見て小さく呟いた。 「……貴方のそばにいたいんです」  心臓がドッと大きく鼓動する。  まるで愛の告白のようなその言葉。ジェラルドはそう感じてしまった。怒ったせいかワインのせいか、レオネの頬や耳が赤く上気している。動揺をなんとか飲み込み、ジェラルドは返事をした。 「君がそれを望むなら、ずっとここに居ていいんだよ……」  ジェラルドの言葉を聞いて、レオネの片目から一粒涙がキラリとこぼれた。 「……そう言って頂けると嬉しいです」  息を飲むほど美しく悲しげな笑顔を向けられる。  レオネは袖で目尻を抑えつつ言った。 「……なんか、すみません。熱くなってしまって。ちょっと飲みすぎたかな」  そう笑いながらレオネは立ち上がり、貰った写真と使っていたワイングラスを持った。 「そろそろ戻りますね。残り飲んじゃってください」 「あ、ああ……」  そう言って扉まで行くと「おやすみなさい」と笑顔で言い残し、静かに出ていった。 「はぁ~」  ジェラルドは大きくため息を吐いた。  今はレオネを庇護下に置いているが、いずれは彼自身の人生を歩ませてやらねばならない。  なのにレオネを目の前にすると心がざわめく。誰にも渡さず、ずっと側に置いておきたくなっている。レオネ自身この屋敷にずっと居たいと言っているのだからそれでもいいじゃないか、という考えがよぎる。  これからの人生、レオネがずっと側にいる。  それはとても魅力的でまるで絵に描いたような人生だ。だが、レオネの人生はレオネのものだ。ジェラルドに独占する権利はない。 ―――安々と他人の人生を背負ってはいけない  ジェラルドはエレナを失った時そう固く決意したのだ。ジェラルドはその決意を何度も心の中でなぞった。

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