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心待ちと4
「じゃあ、お願いします」
斜め前の仁くんが言う。
もうすっかり慣れた位置。安定の図書室。
今日も今日とて、仁くんに僕は勉強を教える。もうとっくに入部時期は過ぎたので、仁くんがオフの放課後や、昼休みを使っている。
今のところ僕は教えられている。でも仁くんは飲み込みが早いし、しかも時たま鋭い視点で質問するから、いつ僕が不能になるかひやひやだ。
その時は正直に言うつもりではある。
「今日はここなんですけど……」
仁くんが指差す箇所を目で追う。今日は数学だ。
数学は苦手だけど、大丈夫だろうか。そもそも数学は僕もいつも教えてもらっている。もちろん颯太に。
そういえば一年記念日のデートがもうすぐだ。プレゼントはもう決めた。
あとは買いに行くだけ。
「それで……亜樹先輩?」
「えっ? 何?」
「聞いてました?」
「あっ、あー……ごめん」
仁くんに向けて苦笑い。仁くんはそんな僕をじっと見つめてきた。
教える約束してるのにぼーっとしてたらそりゃ怒るか。
「亜樹先輩、浮ついてますね」
「え? 浮ついてる……?」
「はい。何かあるんですか?」
「そ、そんなことより勉強しなくちゃ」
浮ついている。確かに事実。
最近はデートのことをすぐ考えてしまって、意識を飛ばすこともしょっちゅうだ。最近はよく清水くんとか凛くんにも「ぼーっとしてるね」なんて言われてしまっている。
でも無理もない。特別なデートが楽しみで楽しみで仕方ないから。
「あ、誤魔化したってことはデートですか?」
「な、ち、違うよ」
「ははーん、なるほど。どんな人ですか?」
「だから違うって」
「亜樹先輩、教えてくださいよ〜」
仁くんがニヤニヤ笑って僕を覗き込む。僕はそこから顔をずらしていく。
仁くんにまさか男と付き合っているなど言えるわけないし。誤魔化しつつ話し出したらきっとボロが出るし。そもそも人に色恋沙汰を話すのってすごく恥ずかしいし。
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