925 / 961
それぞれの(颯太×亜樹)
「そういえば今日、熊出没注意ってメールきたんだ」
『なにそれ。そんな田舎だっけ?』
夜の日課である颯太との電話。お互いが毎日のくだらない出来事を話している。
授業はどんなだとか、雰囲気はどうだとか。僕はこっちの暮らしはこんなだよって報告してみたり、颯太は久志さんのこととか教えてくれたり。
だから高校生の時みたいに毎日会話はしている。でも会えてはいない。交通費もかかるし、週末に会えるのだってほんのたまにだ。
大学は楽しいし、勉強に対する意欲もある。でも、寂しいといえば、寂しい。
『あれ、もうこんな時間だ。そろそろばいばいしよっか』
「……ああ、うん。ばいばい……」
『うん。またね』
プツッと電話が切れる。
確かにもう日付を越していた。明日は休日だけど、流石に切らなきゃいけない時間なのだろう。お互い課題もあるし。
僕はスマホを机に置くとそのままベッドに倒れこむ。机の上の二匹のリスが視界に入る。
羨ましい……なんて考えてしまう。
電話をすると会いたくなっちゃう。毎日そう思う。だからと言って声を聞きたくないわけではない。
難しいなぁ。
うだうだ考えてもらちがあかない。こういう生活が今の生活なのだ。
とりあえずもう寝よう。
そうけじめをつけて立ち上がる。窓が開いたままな気がする。
紺色のカーテンが小さく揺れている。そこに近づいていくと、
コンコンッ
窓が叩かれる。
僕は目を見開く。
どういうこと。これは、颯太?
いやありえない。だって来るなんて聞いてない。ましてやこんな夜中だし。
僕は心臓を高鳴らせながら、手をゆっくり伸ばしていく。
颯太かもしれない。
脳はどこか期待して。
カーテンに届いた手が、そっと右に動く。
窓の外にいる人物を視界に入れて、
僕はぺたりと、その場にへたりこんだ。
「……そう、た……」
「来てみた」
窓の外には本当に颯太がいた。満月を背にすらりと立っている。
呆ける僕を見て、颯太はいたずらっぽく笑う。
そしてこう言った。
「夜に会いましょう」
fin
ともだちにシェアしよう!