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それぞれの(颯太×亜樹)

「そういえば今日、熊出没注意ってメールきたんだ」 『なにそれ。そんな田舎だっけ?』 夜の日課である颯太との電話。お互いが毎日のくだらない出来事を話している。 授業はどんなだとか、雰囲気はどうだとか。僕はこっちの暮らしはこんなだよって報告してみたり、颯太は久志さんのこととか教えてくれたり。 だから高校生の時みたいに毎日会話はしている。でも会えてはいない。交通費もかかるし、週末に会えるのだってほんのたまにだ。 大学は楽しいし、勉強に対する意欲もある。でも、寂しいといえば、寂しい。 『あれ、もうこんな時間だ。そろそろばいばいしよっか』 「……ああ、うん。ばいばい……」 『うん。またね』 プツッと電話が切れる。 確かにもう日付を越していた。明日は休日だけど、流石に切らなきゃいけない時間なのだろう。お互い課題もあるし。 僕はスマホを机に置くとそのままベッドに倒れこむ。机の上の二匹のリスが視界に入る。 羨ましい……なんて考えてしまう。 電話をすると会いたくなっちゃう。毎日そう思う。だからと言って声を聞きたくないわけではない。 難しいなぁ。 うだうだ考えてもらちがあかない。こういう生活が今の生活なのだ。 とりあえずもう寝よう。 そうけじめをつけて立ち上がる。窓が開いたままな気がする。 紺色のカーテンが小さく揺れている。そこに近づいていくと、 コンコンッ 窓が叩かれる。 僕は目を見開く。 どういうこと。これは、颯太? いやありえない。だって来るなんて聞いてない。ましてやこんな夜中だし。 僕は心臓を高鳴らせながら、手をゆっくり伸ばしていく。 颯太かもしれない。 脳はどこか期待して。 カーテンに届いた手が、そっと右に動く。 窓の外にいる人物を視界に入れて、 僕はぺたりと、その場にへたりこんだ。 「……そう、た……」 「来てみた」 窓の外には本当に颯太がいた。満月を背にすらりと立っている。 呆ける僕を見て、颯太はいたずらっぽく笑う。 そしてこう言った。 「夜に会いましょう」 fin

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