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それぞれの(誠也×柊)

「ただいま」 「おかえり」 玄関を通ってリビングに入る。誠也はキッチンで夕飯を作っていた。 「すまない、遅くなった」 「いいや。おれも帰ってきたとこだし」 ゼミで遅くなってしまったのだが、誠也に作らせるのは忍びなかった。僕も一年経てば料理には慣れてくるから、ある程度はできるようになった。 カバンを置いて上着を脱ぎ、キッチンへ行く。 「僕も手伝う」 「おう」 「んむっ」 誠也の隣に立つといきなり口に何かを入れられた。咀嚼すると肉だとわかる。 「美味い?」 「ああ」 「おし。じゃあこれでいくか」 誠也は手慣れた様子で肉に味付けを始める。昔はてんでダメだったくせに、どうやら料理にハマっているらしい。凝った味付けをするようになってきている。 僕はザッと調理台を見て、冷蔵庫から出したままのトマトを取る。レタスも出ているからサラダのつもりだろう。 「……そうだ、明日は夕飯いらない」 「菊田と出かけんの?」 「ああ」 「すっかり仲良いんだからよ」 「……そうだな」 この一年間、菊田との仲も順調だ。菊田以外のゼミのメンバーとも話すようになったし、たまに出かけたりもする。やっと友人の作り方なんてものがわかった気がする。 隣の誠也を一瞥する。ふざけて不満げにする誠也が少し可愛い。 誠也が一番なのは変わらないのに。口に出さないから誠也が知らなくても無理ないが。 「柊」 「なん、んっ」 急に誠也の顔が近づいて口がくっつく。思わず包丁を落としそうになる。 「ん……んぅ、あ、はっ……」 なんと舌も無理やりねじ込んできて、僕の口内を好き勝手に犯す。そして気が済んだ時にやっと離れていった。 なんとか包丁は落とさなかったが、掴んでいるだけで精一杯だ。 しかし誠也は意に関せず、ペロッと唇を舐めている始末。 「こんな顔させられんのはおれだけだけどな」 「なっ……あほ!」 「わりぃわりぃ」 得意げな誠也を思い切り睨みつけた。誠也は可笑しそうにケラケラ笑う。 そんな顔もかっこいいと、そう思った。 「……そういうのは、向こうでやれ」 「……ふぅん」 僕が頬を染めながら言えば誠也は嬉しそうだ。無言で横っ腹を殴っておく。 それにも誠也は嬉しそうに笑った。 それからお互い料理に戻る。 愛しい恋人と暮らして、仲のいい友人と遊ぶ。平穏で温かい、至って普通の生活。 そんな当たり前の幸福を、僕はやっと手に入れることができた。

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