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番外編[猫プレイ①]

 その瞬間は唐突に訪れた。  目の前には愛しい恋人。それも、猫耳と尻尾を持った、愛しい恋人。  僕はその異様な光景を前に固まってしまう。  颯太はいやに眩しい笑顔だ。もちろんこの笑顔は悪いことを企んでいる笑顔に決まっている。 その証拠に尻尾には怪しげな機械がついている。ベルトになっているとか、そういうタイプの尻尾ではないのだ。どこからどう見ても、その機械をどこかに差し込んで装着する尻尾。 「……やだよ……」  颯太のことだ。きっと装着するだけでは終わらない。  前もって拒否すれば颯太は悲痛そうな顔をする。でも今回こそは釣られない……。 「まだ何も言ってないのに……」 「流石に予想はつくよ」 「まあ、そうか。でもさ、これつけてくれたら……」 「颯太の元気が出るんだよね。しかもせっかく買ったのに使えないのは勿体ないし、つけなかったら体調崩すんだよね」  僕も颯太に負けず劣らずの笑顔で言うと、向こうの表情が多少崩れる。 「なんか亜樹、今日は強くない……?」 「今日っていうか、何回も同じ手使われてるしね」 「……亜樹が馬鹿だったらな……」 「颯太よりは馬鹿だよ」 「満面の笑みで言われても」  颯太の部屋のソファに僕は座る。  今日はデートをして、そのあと一緒に颯太の家に帰ってきた。部屋に入るなり颯太は見せたいものがあるとクローゼットを漁りだしたのだ。  颯太は僕に女装させたり、こういうもの使わせようとしたり、ちょっと変わっている。いや、世の男性はみなこういうものが好きなのかもしれない。だがたとえそうだとしても、黙ってやらされるわけにはいかない。恥ずかしいに決まっている。  僕は颯太と普通に愛し合えればいいんだけどな……。  颯太はしょんぼりした顔で猫耳たちをローテーブルの上に置く。それから僕の隣に腰かけた。  その辛そうな表情に僕の心は揺れ動くけれど、絶対に演技だから従わない。 「亜樹、わかった。諦める」 「颯太……」 「キス、していい?」 「うん……」  颯太は本当に反省したのか、しおらしい様子で問うてくる。その様が可愛くて僕は考える間もなく頷く。  そもそもキスならしたいくらいだ。  颯太の瞳が愛しそうに細まり、唇が近づく。 「んっ……」  唇同士が触れ合えば、そこからじわっと熱が広がる。  キスって不思議だ。ただ唇を触れ合わせているだけなのに、すごく気持ちよくて、幸せになれる。 「亜樹、好き……」 「僕も大好き……」  颯太の甘い声が脳内に染みていく。自然と互いの背に腕を回す。きつく抱き合って、舌を絡めあった。  濃厚なキスに僕はとろけていく。  そのままソファに押し倒されても、ごく当たり前のことと受け入れていた。  今日はここでするのかもしれない。  幸福に沈みきった僕の脳はぼんやりと考える。 「亜樹……可愛いよ」 「ん、へ……?」  颯太の声に僕の意識は少し覚醒する。颯太の視線は僕の頭に向かっていた。視線だけを動かしてテーブルを見ると、猫耳だけなくなっていた。  のろのろと頭上に手を伸ばせば、ふわふわと柔らかい感触。 「ねぇ、使ってもいい?」  颯太は甘えるような視線で見てくる。  颯太が可愛い。颯太のお願いを叶えてあげたい。  もうすっかり僕は傾いてしまっていた。 「少しなら、いいよ……」  僕を弱らせてから、頼む。今回はそういうことみたいだ。  本当は颯太のためなら羞恥くらい我慢できる。つい抵抗しちゃうだけで。それすらも颯太にはわかっているのだから、ううん、僕らの暗黙の了解みたいなものだから、いいのだ。 「ありがとう」  颯太は頭を優しく撫でてくれる。それから口づけてきた。僕は颯太の背に腕を回して、受け入れた。

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