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第336話 20-9
「ごめん、タイガ。俺…、なんか余計なこと言ってしまった?」
カツラが案内された部屋はニ階の右手奥にあった。カツラはタイガの部屋で一緒に寝泊まりするのだろうと思っていたが、ここは客間のようだ。ベッドはシングルベッドが一つだけ。
先程のことも気に掛かりカツラはタイガに声をかけた。
「カツラは何も気にしないで。気がはって疲れただろう?」
タイガがカーテンを開け窓もあける。バラの香を含んだ風が部屋に入りこむ。振り向いたタイガは落ち着いた表情だ。
「うん…あの…」
「俺は下に行ってくるよ。ペスカがいるということはおばさんもきっといるから。うるさいんだ。先にちょっと顔見せてくるから」
「それなら俺も一緒に」
「大丈夫。ちゃんと紹介するから」
タイガはカツラの両肩に軽く手を置き額にちゅっとキスをした。
「楽にしていて」
タイガはそのまま部屋を出て行ってしまった。
一人部屋に取り残されたカツラははぁとため息をつき一人用のベッドに腰を下ろした。
ノックの音で目が覚める。どうやら座ったまま体を倒し眠ってしまったようだ。ずいぶんと日が高い。もう正午をすぎているようだ。
「カツラ?」
寝ぼけて返事をしないカツラが気になったのか、ドアが開き、タイガが慌てて入ってきた。
「ごめん、遅くなって。なかなか離してくれなくて。眠ってたのか?」
「うん…」
カツラはタイガから視線を離し下を向いた。どうもここにいるのが場違いなような気がして仕方がなかった。くる前の前向きな気持ちは一気に萎みどうしたらいいのからわからない。タイガまでもが知らない人になってしまったように感じる。タイガの態度の差に戸惑い、それが一番こたえていた。
「カツラ」
タイガはカツラの顎にそっと触れて正面にしゃがみこみ自分に顔にむけさせた。親指で優しく唇に触れる。カツラはキスをされるのかと思ったが、タイガは優しく微笑みカツラの両手をとっただけだった。
「いこうか。お待ちかねだよ」
そういってカツラを立ち上がらせ手をひいた。
一階に続く階段の裏手に大きな観音開きの扉があった。精巧な彫刻が彫られている。よく見ると菜の花に蝶が舞っている絵だ。とても美しく不思議と癒される。カツラが扉に見惚れているとタイガがここがリビングなんだといってノックした。
「どうぞ」
入室の許可を聞き扉をあける。扉の向こうはとても広い空間。天井が高く豪華なシャンデリアが目をひく。目の前には見たことのない植物と蝶の大きな油絵が数枚壁に飾られていた。
部屋はどこかしら昔懐かしい雰囲気。左手には大理石の立派な暖炉もあり、ソファーや家具は重厚で使い心地がよさそうだ。
そのソファーに先程会ったペスカとペスカに負けず劣らず赤いワンピースを着た中年の女性がいた。顔立ちは隣のペスカにそっくりである。
「おばさん、俺のパートナーのカツラ。カツラ、ネルケおばさん。亡くなった母さんの姉なんだ」
「初めまして。カツラです」
カツラは笑顔を浮かべ挨拶をした。ネルケはカツラの上から下までさっと視線を移した。そして立ち上がりカツラのそばまできた。
「あなた、とっても派手ね。タイガじゃものたりないんじゃない?この子、見ての通り奥手で生真面目だから」
「え?」
カツラはネルケの言ったことが咄嗟には理解できなかった。
「おばさん。もう俺たちは夫婦なんだ。なんの問題もないよ」
タイガが宥めるようにネルケに言うがネルケは笑みを浮かべながら意に介さない感じだ。娘のペスカと視線を交える。
「そうは言っても人生長いんだから。ま、そのために離婚って制度があるんだけど」
結婚の挨拶に伺ったその日にまさか真正面から反対されるとは。タイガの叔父はとても気さくで二人の関係を歓迎してくれた。カツラは多少気まずい思いをするかもしれないと思っていたが、ここまでとは予想していなかった。
「タイガ、よかったね。わたしがいて。いつでも戻ってくるの待ってるから」
ペスカが満面の笑みで立ち上がりタイガの腕に手をかけた。
「そうねぇ。この子と結婚するのはゼアの望みでもあったんだし。タイガも覚えてるでしょう?」
「そんな…いつの話だよ」
タイガは渋々と言った感じで自分の腕に絡みつくペスカの腕をほどく。
「あ、ゼアってタイガのお父さんね」
話に置いてけぼりのカツラにペスカが勝ち誇ったような笑顔で説明する。カツラは自分が空気になったような気分になっていた。その場に立っているのが全くの別人であるような錯覚を覚える。タイガはさっきからこちらを見ない。叔母とペスカに愛想笑いをし、緩く話題をそらしているだけだ。どうしてもっとがんと言ってくれないのか。
「写真は見せたの?」
立ち話もなんだからとようやくカツラに視線を向けたタイガがカツラにソファーに座るよう促すとネルケが思い出したように言った。
「いや、それはまだ…」
「見てもらったほうがいいよ?納得すると思うから」
ペスカは最初からそのつもりだったようでソファの前のローテーブルにはアルバムが置いてあった。不安で目が泳ぐカツラに押し付けるようにペスカがアルバムを手渡した。
「見たいでしょう?タイガの小さい時の写真」
カツラは冷たくなった手で受け取ったアルバムの表面をなぞる。そばではタイガとネルケ、ペスカが談笑しているが、カツラの耳には入ってこなかった。
なんだか嫌な予感がし、アルバムをめくることを躊躇してしまう。しかしタイガはそんなカツラの様子に全く気づく気配がない。仕方なくカツラはゆっくりとアルバムをめくった。
一枚目にはまだ小さいタイガ。とても小さい。一人でおもちゃで遊んでいる。一歳ぐらいだろうか。瞳の色、髪の色は変わらないが子供特有の可愛らしさがある。沈んだカツラの顔に少し笑みがもどる。しかし、次のページをめくった瞬間、視線が固まる。ネルケがタイガを抱いていた。
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