7 / 12
𝐷𝐴𝑌 𝟞 ⇨ 𝐷𝐴𝑌 𝟙𝟘
「麻比呂ー!まだ寝てるの?早く起きて準備しなさい。パパと先に店行ってるからオープンまでには来なさいよー」
階段下から母親の声がするけどベッドの床に落ちた薄手の布団を拾って潜る麻比呂。いつもはランチタイムまでに店に行けばいいのだが、朝から騒がしいのはまさに今日須野海岸の海開きという一大イベントが待っているから。
『だるいし、、暑い』
仕方なく身体を起こしヨタヨタと歩いて寝ぼけた脳を起こすように首を振って部屋を出ると廊下の窓から差し込んだ日差しを直に受け目を細めた。
『うわ眩しっ。快晴じゃん』
毎年7月1日の海開きの日は雨が降るというジンクスがある。麻比呂も過去には生まれ育ったこの街で幼少時代必ずしていた事があった。
それは何週間も前からマメに天気予報をチェックしてはノートに書きしるし、てるてる坊主を吊り下げてこの日の晴れを天気の神様にお願いする事。
そんなノートも気付けば何年間も行方知れず。
と同時に麻比呂は、海を好きかどうかも分からなくなっていた。
"今日は全国的に晴れ間が広がり夏日となるでしょう。本格的な海水浴シーズンを迎えた今日7月1日は各地で海開きの儀式が行われる予定です"
キッチンの冷蔵庫開け、ひやっとした空気が漏れると水をとってゴクゴクと喉を潤した。テレビをつけると朝のワイドショーで女性の天気キャスターが早速伝えていた。
流し見でニュースを見ながら適当にある食べ物で少しお腹を満たしてシャワーに入った。
いつも一人で起きて誰もいないキッチンでテレビを流しながら朝ごはんを食べてシャワールームへ行くのがいつものルーティーン。
のろのろと準備を済ませ家を出る。麻比呂の職場は、父と母が営むカフェ兼ショップだ。歩いて15分ほどの場所をラフな格好とサンダルでいつもの通勤路を歩く。
『あ、やってる』
海岸沿いを歩く麻比呂の視線の先に人集りが見えて海には似合わないスーツ姿と見慣れた黄色の服が混ざっていた。
まさに海開きに行われる安全祈願祭が始ったばかりの様子。海水浴シーズン中の安全を願って砂浜に祭壇が設けられ、神職が神事を執り行い関係者が玉ぐしを奉納する。
至って真面目な儀式で楽しい訳でもなく毎年恒例の見慣れた光景だが、何となく少し近くまで足が勝手に浜辺まで動いた。
『役所のお偉いさんと東くんと隣はー…つばさくん、、じゃないか、、誰だろ』
東の横に見慣れないすらっと背の高い男。離れた距離からでは、なんとなく横顔を確認するだけで精一杯。少し気になったがオープン時間に間に合わないと、母親がまたうるさいからと少し小走りでお店に向かった。
「麻比呂遅いっ。オープンまでに来てっていったでしょ」
『オープン前じゃん。あと2分あるから』
「2分前は遅刻と一緒っ!」
『そもそも繁盛店でもあるまいし、海開きだからって調子に乗って2時間も早くオープンする必要ないんじゃん』
「つべこべ言わなくていいから、ドリンク台の水を補充しといて」
お決まりの麻比呂と母親のああ言えばこう言うラリーが始まって、やれやれとキッチンからアロハシャツにエプロン姿の父親が隙間からフロアを覗いている。
「そうだ麻比呂、祈願祭はもう始まってたか?通ってきただろ」
『うんやってた』
「おうそうか!去年事故があったりしたからな。今年はそんな事がないようにしっかりお祓いしてもらうわないとなっ。ついでにお店の盛況も祈ってこようかな〜なんてな」
「もうパパもいいからっ!あっ麻比呂、店前に看板出してきて!」
『水やれとか看板出せとかどっちだよ』
ド派手な看板のセンスの主はもちろん父親。両手で左右を掴み持ち上げて"ゔっっ"と変な声が漏れた訳は、夜になると発光するLED電飾の重さのせい。今はまだおとなしいカフェの看板も夜となるとロックバーとして洋楽ロックが流れるバーに変化する。
"Rock the Ocean "の本格的な夏季営業が始まった。きっとまたこの店にも夏特有の一期一会の出会いがきっとある。
ともだちにシェアしよう!