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頼れる存在

これからどうする? 婚約は破棄するしかないだろう。 新居になるはずの部屋で浮気していた女となんて一生を共にする自信なんてない。 けれど明日にはアメリカ行きの飛行機に乗らないと。 どこから手をつけていいのかもわからない。 多分、頭が考えるのを拒否しているんだろう。 もう何も考えずに逃げてしまいたいとさえ思ってしまう。 はぁーっ どうすればいいんだろう……。 「宇佐美? そこにいるの、宇佐美じゃないか?」 何もできないまま、茫然とその場に座っていると、突然聞き覚えのある声が耳に入ってきた。 恐る恐る顔を上げると 「あっ、上田……」 そこにはさっき別れたばかりの上田の姿があった。 ああ、あの時までは僕もまだ幸せだったのに……。 「どうしたんだ? お前……顔、真っ青だぞ」 「う、えだ……っ、僕……もう、どうしたらいいか……」 「宇佐美? 大丈夫か?」 上田の言葉に返事を返すこともできずに僕はただ泣きじゃくるしかできなかった。 大の大人が公衆の面前で大泣きするなんてみっともないと思いつつも、上田に会って緊張の糸が切れてしまった僕にはもう自分で止めることもできなくなっていた。 「ごめん、僕……人前で恥ずかしいな」 「いい、周りなんて気にすんな。とりあえず、俺んちすぐそこだから部屋で休もう」 そう言って、連れて行ってくれたのは本当にその場から近い綺麗なマンションだった。 前に賃貸だと話をしていたけれど、きっとここの家賃は相当のものだろう。 僕が住んでいたマンションよりもずっとグレードが高そうだ。 由依と離れ、気心の知れた相手のそばにいると少し心が落ち着いてきたみたいだ。 「コーヒー淹れるからそこに座ってて」 座り心地のいいソファーに腰を下ろすと、温かな湯気が立ち上るカップを手渡された。 一口啜るとほんのり甘い。 「こういう時は甘いものを飲んだ方がいいからな」 「ありがとう」 上田の優しさに感謝しながら、コーヒーをまた一口啜ると、 「それで……一体何があったんだ? 言いたくないかも知れないが、お前のその顔を見ていると心配で仕方がないんだ」 と不安そうな表情で尋ねられた。 婚約者に裏切られたなんて恥ずかしいこと言いたくないという気持ちもあったけれど、この辛い思いを誰かに聞いてもらいたかった。 僕はぽつりぽつりと上田と別れてから今までの話を語り始めた。 「最低な女だな。お前がどれだけ頑張ってたか……俺が今から怒鳴り込みに行ってやろうか?」 「もういいんだ。婚約は破棄しようと思ってる。二度と顔も見たくないけど、ここからどうやっていいのかわからなくて……」 「わかった。それなら、俺に任せてくれ。信頼のおけるやつを知ってるから。ちょっと今から呼びたいけど、いいか?」 「えっ、でも流石にこんな時間から迷惑じゃないか?」 「ああ、それは気にしないでいい。それにお前もすぐにアメリカに戻らないといけないだろ? お前が指示してくれたらお前が今度帰国するまでに全部終わってるからさ」 「わかった、頼むよ」 もう考える力もなかった。 上田がどこかに電話をするのをぼんやりと見つめながら、僕は残りのコーヒーを飲み干した。 しばらくして、チャイムが鳴り、上田が出迎えたのはスーツを着た長身の男性。 心なしか上田によく似ている気がする。 「上田、この方は……?」 「ああ、これ――」 「初めまして。宇佐美くん」 上田の紹介を拒むようににっこりと笑顔を見せながら、僕に胸ポケットから取り出した名刺を差し出してきた。 「上田法律事務所所長  弁護士 上田 (ほまれ)……さん」 「そう。君の力になるよ、よろしく」 「あの、上田ってもしかして……」 「ああ。(ひろ)は弟だよ」 「上田のお兄さん……弁護士さんでいらっしゃったんですね。知らなかったです」 「苗字だとややこしいから、名前で呼んでくれたらいい」 「あ、はい。あの、誉さん……よろしくお願いします」 心強い味方ができたのが嬉しくて笑顔で挨拶をすると、なぜか誉さんは僕を見つめたまま微動だにしなくなった。 「あ、あの……?」 「兄貴っ!」 上田がバンと強めに彼の肩を叩くとハッと我に返ったようで 「ああ、悪い。早速だが話を聞かせてくれないか」 と言って、笑顔を見せてくれた。

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