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頭の中にいつも

いつもと同じセキュリティーチェックに並ぼうとすると突然後ろから 「宇佐美さま」 と声をかけられた。 何か不備でもあったのかと慌てて振り向くと、にこやかな空港スタッフの人が立っていて、どうやら不備ではなさそうだと思った。 だとしたらなんだろう? 「本日はご搭乗いただき誠にありがとうございます」 「えっ? あ、はい。こちらこそ……」 突然のことによくわからない返事をしてしまったが、空港スタッフはそのまま僕を別の保安検査場へ連れて行った。 「あの、ここは?」 「こちらはファーストクラスのお客さまにご利用いただけます優先レーンでございます」 「優先、レーン……」 すごい……。そんなのまであるんだ。 並ぶことなく保安検査を終え、そのまま出国審査まで滞りなく済ませると、 「ご出発までこちらでごゆっくりお過ごしください」 と豪奢な扉を開いてくれた。 えっ? ここって……。 僕なんかが入っちゃいけない場所なのに……ここも使っていいの? 案内され、緊張しながら中に進むと、大きな窓からは明るい光が差し込み待機中の飛行機が見える。 その特等席のような場所に置かれた座り心地の良さそうなソファーに腰を下ろすと、 「ただいまのお時間は軽食をご用意しておりますが、宇佐美さまには特別なデザートをご用意いたしております。すぐにお持ちしてよろしいでしょうか? それとも先に軽食をお召し上がりになりますか?」 と尋ねられた。 「えっ? 僕に特別なデザートって……どうして? あの、どこからですか?」 「上田さまから承っております」 上田さまって、誉さんだ! 僕のためにわざわざ? すごい! なんだか胸があったかくなる。 「あ、あのすぐに食べます。お願いします」 「畏まりました。お飲み物は如何されますか?」 メニュー表を手渡されたが、僕の好きなやつあるかな。 やっぱりデザートにはカフェラテが合うんだよね。 おおっ! ある、ある! 一気にテンションが上がってしまうのを必死に悟られないように表情を作った。 「ホットのカフェラテを砂糖なしでお願いします」 「畏まりました」 にっこりと笑顔を向けられ、その場を離れたスタッフさんを見送って外の景色を眺めていると、ゆっくりと雲が流れているのが目に止まった。 ああ……ここしばらくこんな綺麗な空みたことなかったな。 いつも仕事で忙しくて空を見上げる暇もなかった。 今回はあんなことがあって余計に落ち込んでしまうところだったけど、今こうやって明るい空を穏やかな気分で見られるのは、誉さんのおかげだ。 こんな綺麗な空を誉さんと見られたら……。 って、なんでそんなことを思ってしまってるんだろう。 昨日からずっと優しくしてもらって僕はやっぱりおかしくなっているみたいだ。 「お待たせいたしました」 冷静になろうと頭を振っていたところで声をかけられて、 「あっ、はい。あ、ありがとうございます」 と声が上擦ってしまったけれど、お皿に乗ったデザートが目に入って 「わぁっ!! 美味しそうっ!!」 と声を上げてしまった。 皿に乗っているのはメロンのショートケーキとモンブラン。 メロンも栗も僕の大好物だ。 「ふふっ。こちらのデザートは私どもでもほとんど見られない至極の一品でございますよ」 「えっ、そうなんですか?」 「はい。特別なお客様だけにご提供させていただいているものでございますので」 「そんなすごいデザートなんですか……」 なんだか食べるのも気が引けるけど、せっかく誉さんが用意してくれたんだから味わって食べないと! あったかいカフェラテと共にデザートに向き合って、フォークでケーキを一口掬い取り口に運んだ。 滑らかな生クリームがとてつもなく美味しくて、スポンジもふわふわ。 上に載っているメロンは驚くほど甘くて最高に美味しい。 モンブランも、こんな栗食べたことがない! と思うほど濃厚で甘くて美味しい。 「こんなの食べちゃったらもうスイーツが食べられなくなりそう……」 思わず声が漏れてしまうほど美味しくて、一口一口味わいながらあっという間に完食した。 カフェラテを最後に飲み干すと、僕はもう満足感でいっぱいになっていた。 こんな贅沢。 ありがたすぎて溶けてしまいそうだ。 しばらく座り心地の良いソファーに座りながら美味しいデザートの余韻に浸っていると、 「宇佐美さま。そろそろ優先搭乗のお時間でございます」 と案内に来てくれた。 もうすっかり満足しちゃってたけど、今からアメリカに戻るんだった。 危ない、危ない。 ファーストクラス専用の通路を通って機内に入ると、広い空間にたった8つの席しかなかった。 ものすごい贅沢だな。 その窓際の一番居心地の良さそうな席に案内され驚いた。 椅子は全て革張りの大きな席で僕なら二人でも座れそうなくらい広々としている。 ここだったら誉さんとでも座れそうだな……なんて、また誉さんのことを考えてしまう。 いけない、いけない。 本当に僕はおかしくなってしまっているみたいだ。 飲み物のサービスがあると言われて、せっかくだから軽めのシャンパンをもらうことにした。 優しい口当たりで飲みやすい。 このくらいのアルコール度数なら大丈夫そうだ。 大きな椅子でゆったりと寛ぎながら、ノートパソコンを取り出しL.A支社から来ているはずのメールチェックをしていると、新しいメールが届いた。 あっ、誉さんからだ。 ふと前を見ると、席に備え付けられている大型液晶スクリーンに笑顔の僕が映っているのが見える。 うそ、なんでこんなに笑ってるんだ? 慌てて自分の顔を引き締めながら、メールを開くとあの件ではなく、無理しないでゆっくり過ごすようにと書かれていた。 仕事をしていた方が気がまぎれるかと思って仕事を進めておこうと思っていたのがバレバレだったみたいだ。 なんだか誉さんに見守られているような気がして嬉しくなった僕は、誉さんにメールを送った。 <誉さんが用意してくださったメロンのショートケーキもモンブランも僕の大好物で、一口一口噛みしめるようにいただきました。本当に美味しくて他のケーキが食べられなくなりそうです。誉さん、責任とってくださいね。なんて冗談です。誉さんのおかげで最初で最後のファーストクラスでの夜を満喫させていただきます。本当にありがとうございます> すると、数分もしないうちに誉さんから返信が来た。 えっ、はやっ! 慌ててメールを開くと、 <大丈夫。責任取るよ。ゆっくり過ごしてくれ。だが、可愛い寝顔を他の奴らに無防備に晒さないように> と書かれていた。 責任取るって……あれ、冗談だったんだけど……。 それに可愛い寝顔とか…… あっ、そうか。 僕が冗談言ったから冗談で返してくれたんだな。 本当に誉さんって面白い人だな。

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