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一緒に行こう
「宇佐美さま。ただいまお着替え用の化粧室が空いておりますが、いかがでございますか?」
そう声をかけてもらったのでせっかくだからと、席に用意してあったリラックスウェアに着替えてのんびり過ごすことにした。
ふかふかのスリッパと肌触りのいいリラックスウェアに着替えて、広々とした席で足を目一杯伸ばして座り、外の景色を眺めていると日本であったあの嫌なことも全部どうでもいいことに思えてくる。
僕は由依のことを結婚したいくらい好きだと思っていたはずなのに、あの瞬間由依が別人のように見えたんだよな。
声を聞くどころか、触れたくもないどうでもいい存在に思えて、すぐにでも離れたいって思った。
話を聞く気にもならなかったし、本当にどうでもいいって思ったんだ。
どうしようかって思ったのは、これから先のことだけ。
両親にも話したから説明しないといけないなとか、式場のキャンセルもしないとなとか、招待客……特に直属の上司には話もしてたから婚約破棄になったことを言わないといけないなとか、あの二人への制裁はどうしようかとか……そんなことばっかりで、由依とやり直したいなんて一ミリも思ってなかった。
本当に心から好きなら、過ちを許してやるのも優しさなのかもしれない。
でもそんな気は何も起きなかった。
だから、よくよく考えてみたらきっと……僕は由依のことを本気で好きではなかったのかもしれない。
窓の外の景色があまりにも綺麗で、僕はテーブルに置いていたスマホを手に取った。
空と雲しか見えないのに、なぜか心が洗われる気がして僕は夢中になって何枚も景色を撮っていた。
写真を撮り終えて、ふとスマホの画面を見てみれば未読メッセージが2通来ていることに気づいた。
もしかして、由依?
一瞬にして気分が落ち込みながらも仕方なく開いた。
「あっ、誉さんだ!」
メッセージの一番上に今までなかったアイコンがある。
どこかの海の綺麗な朝日の写真。
「こんな綺麗な景色を、僕も誉さんと一緒に見られたら楽しいだろうな……」
思わず自分の口から吐いて出た言葉に驚きながらも、こんな綺麗な写真を見れば当然かと自分を納得させる。
誉さんからのメッセージには、
<メッセージアプリ早速登録しました。メールよりこっちの方がすぐに気づくので、緊急な場合でもそうでないときもいつでもメッセージください>
と書いてあり、しかも可愛いわんこが両手でお手してる可愛いスタンプ付きだ。
「ふふっ。誉さんって、意外と可愛いスタンプ使うんだな」
じゃあ、僕もお返しにさっき撮った写真を送ろうかな。
あの写真を送ったら誉さんも一緒に見たいと思ってくれるかもしれない。
<メッセージありがとうございます。アイコンとっても素敵な景色ですね。どこの海ですか? 今度僕も行ってみたいです。代わりに僕も今撮った景色送りますね>
ちっちゃなねこが大きな犬に抱きつかれて嬉しそうにしている可愛いスタンプと一緒に送ると、本当にすぐに既読がついて
<沖縄で偶然見つけた穴場のビーチでね、朝日がとても綺麗なんだよ。今度一緒に行こう。それまで宇佐美くんが送ってくれた画像を待ち受けにしておくよ>
と返信が来た。
今度一緒に行こうって……本気なのかな?
あっ、でも穴場って書いてあるから一人だといけないってことなんだろうな。
きっと社交辞令だろうけど、一緒に行こうなんて誘ってくれるだけで嬉しいな。
高級店のようなフルコースを食べ、歯磨きをしに行っている間に椅子がフルフラットなベッドにセッティングされていた。
本当に足を伸ばして寝られるんだな。
こんなのに慣れたら、日本に帰国する時が辛くなりそう。
エコノミーだとシートは倒せても、ほとんど座っているようなものだからな。
そんなんだから、せっかくのこの機会を無駄にするわけにはいかない。
僕はベッドに変わった椅子に身体を滑り込ませ、少し映画でもみてみようかと思ったけれど、普段からの忙しさはもちろん、弾丸帰国とあの件もあって、あっという間に夢の世界に落ちていた。
ファーストクラスに座らせてもらったのに、何も堪能しないで勿体無いと思われるかもしれないけれど、美味しい食事と寝心地のいいベッドで長旅を過ごせただけで大満足だった。
ぐっすり寝た僕は、ボリュームタップリの洋食をお願いした。
和食もと言われたけれど、誉さんの和食がとても美味しくてあの余韻を忘れたくなくて、洋食にしたんだ。
パンにひと瓶丸ごとのキャビアはものすごく美味しかった。
メインのお肉も魚もひとつひとつの料理は少なかったけれど、種類がたっぷりで大満足だった。
あっという間にファーストクラスでの旅は到着を迎え、僕はロサンゼルスに降り立つこととなった。
ああ、楽しかったな。
本当に誉さんのおかげだ。
無事に空港に到着したとメッセージを送ったら、すぐに、
<夜、メールを見ながら話をすることがあるから電話をする>
と送られてきた。
そっか……誉さんと電話で話せるんだ……。
なんか、嬉しい。
僕は話の内容そっちのけで、誉さんとの電話を楽しみにしてしまっていた。
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