9 / 33
誉さんちの匂い
「うわっ、ローストビーフやわらかっ!」
「鮑もすっごく柔らかい!」
「エビ、さっくさく!」
「ああーっ、蓮根も人参も美味しいっ!」
「この牛肉味濃くてやわらかっ!」
「カニ、いつぶりだろう……」
美味しい食事を一口食べるたびに味の感想が止まらない。
一人だというのに、また独り言をたっぷり喋ってしまう。
だけど、箸も全然止まらない。
美味しすぎてあっという間になくなってしまいそうだ。
最後に残しておいた大好きなだし巻き卵。
箸で持っただけでジュワッとだしが滴るそれを半分に切って口に運ぶ。
「んっ……美味しい、けど……」
なんだろう。
すごくだしが効いて美味しいのに、コレジャナイ感が頭の中を占領する。
なんだ?
どうしたんだ?
ふっと頭をよぎるのは日本を発つ前に食べた誉さんの朝食。
あの卵焼きはものすごく美味しかった。
あれはもう本当にまさに僕好みの卵焼き。
きっとあれが僕のNO.1になっちゃったんだろうな。
口があれを欲してる気がする。
卵焼きはもう食べない方がいいかもな。
誉さんのを食べるまで美味しいと思えなくなっちゃうかも……。
とは言いつつも、残すのは絶対にできない。
美味しいは美味しいんだし。
残っただし巻きをパクッと口に放り込み、最後カニ飯で食事を終わらせた。
ふぅ……。
ものすごく満足した。
ああ、明日からもまた食べたいけど……毎日は無理そうな豪華さだったな。
週に一度の楽しみにでもしようか。
ささっと使ったグラスやお箸を片付けて、そろそろ誉さんから連絡くるかなーと少し緊張しながら待っていると、ピロンとメッセージが届いた。
慌てて開くと、
<22時にビデオ通話で話そう>
というメッセージの下にURLが書かれていた。
「わっ、電話じゃないんだ。誉さんの顔が見られるってこと……? なんか緊張するなぁ……」
時計を見ると、まだ21時前。
この間にお風呂入っておこうかな。
その方が時間を気にせずに誉さんと話せるし。
そうと決まれば話は早い。
すぐにお湯張りボタンを押して、寝室に着替えを取りに行った。
せっかくだからゆったりと入るために入浴剤も入れちゃおうか。
アメリカ行くと決まった時に、上田に餞別としてもらった入浴剤を引っ張り出した。
そういえば忙しくてまだ一度も使ってなかったんだよな。
「うわっ、結構種類あるな」
だけど寝る前だからあんまり強くない方がいいよな。
フローラル系かシトラス系かで悩んで匂いを嗅いでみた。
「あっ、これ……誉さんちのお風呂に入ってたやつと同じ匂いがする」
鼻腔をくすぐる匂いに誉さんちのお風呂が思い出される。
これにしよう。
あんなに悩んでたのに、一瞬で決まってしまった。
着替えと入浴剤を手に持って風呂場に行き、張ったばかりの湯に入浴剤を落とすとふわっとあのラベンダーの香りでいっぱいになる。
ああ……これいいな。
なんだか急に楽しくなってきて、服を脱ぎ中に入る。
ささっと髪と身体を洗って、湯船に身体を沈め目を瞑るとここが誉さんちのような錯覚に陥る。
匂いで人やその時の出来事なんかを思い出すっていうけど、本当なんだな。
このラベンダーの香り=誉さんちのお風呂になっちゃってる。
僕がなかなか出てこないから心配して声かけに来てくれたんだよね……。
あの時から、いや……上田の家で出会った時から世話してもらいっぱなしだ。
のんびりと寛ぎすぎて、ふと浴室内にある時計に目をやると約束の時間の5分前になっていた。
「わっ! 遅刻しちゃう!!」
慌てて湯船から飛び出て、身体を拭きバタバタと部屋着に着替えた。
髪の毛からポタポタと雫が垂れているのをタオルで拭きながらリビングに戻った。
慌てて、パソコンを開きビデオ通話に参加するとすでに誉さんが来ているのが見えた。
「すみません、遅れちゃって……。待たせちゃいましたか?」
「いや、大丈夫。私もさっき入ったところだ。それよりも、宇佐美くん……もしかしてお風呂に入ってた?」
「あ、はい。のんびり入ってたら5分前になっちゃってて慌てて出てきました」
「髪濡れてるだろう? 待ってるから乾かしてきたらいい」
「でも……」
「風邪ひくといけないからしておいで」
「はい。僕、いつもリビングで髪乾かしてて……じゃ、ちょっとだけ失礼しますね」
そう言ってパソコンを開いたまま、ソファーの隣の物入れに置いていたドライヤーを取り出して乾かし始めた。
その間、誉さんはなぜかこっちをじっと見つめたまま。
ああ、そっか。
僕が適当に乾かしてないか見てくれてるんだな。
ふふっ。上田と同じ歳だから、僕のことを弟みたいに見てくれているのかも。
優しいお兄さんだな。
本当に上田が羨ましい。
ともだちにシェアしよう!