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ビデオ通話
「すみません、お待たせしました」
「いや、気にしないでいいよ。ちゃんと乾かせた?」
「はい。バッチリです」
「ふふっ。それならよかった」
「あっ、そうだ! あのお弁当ものすごく美味しかったです!!」
あの美味しいお弁当のお礼、お金まで払ってもらったんだからちゃんとお礼言っておかないと!!
「そうか、口に合ったならよかった」
「合ったなんてもんじゃないですよ!! どれもすごく手がこんでてびっくりしました。でも……」
「んっ? どうした? 気になることがあったら言ってくれ」
「だし巻き卵は、誉さんが作ってくれた卵焼きのほうが美味しかったです」
「――っ!! そ、そうか」
「はい。あの卵焼きは僕の中でNO.1ですよ。もう誉さんのしか食べられないかもしれないです」
あの時の卵焼きの味を思い出すだけで笑顔になってしまうんだもんな。
「そこまで言ってもらえると作った甲斐があったな。帰国したら毎日でも作るから楽しみにしててくれ」
「わぁーっ! 本当に嬉しいです!!」
「本当に可愛いな、宇佐美くんは」
「えっ? 誉さん、今なんて言ったんですか?」
「いや、なんでもないよ。さぁ、雑談はこのくらいにして、嫌な話から終わらせようか」
そう言われて、今日のビデオ通話の目的を思い出す。
そうだ、誉さんは仕事でわざわざ時間を作ってくれてるんだっけ。
「すみません、今一番忙しい時間なのに僕なんかの話にお時間使わせてしまって……」
「いや、今はこれ以外に仕事を入れてないから気にしなくていいよ。それで詳細なんだが、メールも一緒に見られるかな?」
「あ、はい。大丈夫です」
「君の婚約者だった伊山 由依さんとは1年くらいの付き合いだったのかな?」
「そうです。取引先相手に飲みに誘われた時に出会って付き合うことになったんです」
「浮気相手の新島 賢哉 とは3年以上の仲みたいだな」
「えっ……。じゃあ、最初から二股されてたってことですか」
「そのようだな」
そんな……。
僕は最初から裏切られてたんだ。
「ははっ。もう、バカですね。僕、何も気づかないでプロポーズまでして……」
自分のバカさ加減に腹がたつ。
悔しすぎて涙も出ない。
「相手は隠そうと必死だったんだ。宇佐美くんが気づかなくても無理はないよ。それに彼らは同じ職場で毎日のように会ってたんだ。仕事帰りに時間を調整して会う時間を作るのも簡単だったんだからな。宇佐美くんみたいな忙しい職種相手だったら尚更だよ」
「だから、僕が選ばれたってことなんですね」
「それで彼らへの制裁だけど宇佐美くんの希望はある?」
「僕はもう会わずにいられたらそれだけで……。もう顔も見たくないんで。あっ、ただあの家は買い取って欲しいです」
あの家に入るだけであの光景を思い出すはずだし。
あんなことをされてた寝室で眠れるとは思えないし。
何より、家具も何もかも由依が揃えてるんだ。
そんな部屋に住めない。
「それは大丈夫だ。じゃあ、私の考えた内容でそのまま進めさせてもらってもいいかな? 今日彼らに送る内容証明に記載していることだけどそれも見られる?」
メールをスクロールして見てみると
、
由依と浮気相手の新島、双方に慰謝料300万。
そのほか、由依には婚約指輪代100万。
結婚式場のキャンセル料100万。
マンションの頭金500万と残金の支払い。
家具購入代金100万。
それを一括で支払うことと書かれていた。
これだと由依に関して言えば、1000万超+ローン残金ということになってしまうけど……。
いいんだろうか。
「あの……慰謝料300万って、相場なんですか?」
「婚約中の慰謝料に関しては相場はあってないようなもんなんだよ。宇佐美くんの場合は、彼らは二人とも宇佐美くんと婚約中なのをわかっていて不貞行為を犯しているし、最初から宇佐美くんを騙すつもりで付き合って結婚までしようとしていたわけだから結婚詐欺にも当たるからね。付き合ってから婚約までの期間と浮気されていた期間なんかも考慮しているからこんなものだよ」
そうか……まだ結婚してないのに、慰謝料高いなと思ったけどそういうもんなのか。
慰謝料なんてどうでもいいって思ってたけど、確かに騙されてたわけだしな。
「この内容証明を双方の自宅と会社、それから彼女の実家にも送るから、すぐに答えは出るはずだよ。今はまだ彼女からは連絡ないんだよね?」
「はい。彼女は僕が帰国してたことも知りませんから、内容証明を見て驚いて連絡が来るかもしれませんけど」
「いい? 連絡があっても返事は絶対にしないように。内容は私のところに送ってくれ」
「わかりました」
「それから、あの時録音した動画を送ってくれるかな?」
「あ、はい。今送りますね」
僕はスマホを操作してあの時の動画を誉さんのパソコンに送った。
「よし、これで準備は整ったな。後の交渉は全て任せてくれたらいいから。次にこの話をするときは全てが終わったときだからね」
「はい。ありがとうございます」
「じゃあ、これでこの話はおしまい。今、いるのはリビングなのかな?」
「あ、はい。そうです。このソファーが気に入ってて」
「さっきから気になってたんだけど、そのイルカ? はそっちで買ったの?」
「あ、これ。高校の修学旅行でたまたま見かけて買ったビーズクッションなんですけど、お気に入りなので日本から一緒に連れてきたんです」
誉さんに見えるようにイルカを見せると、嬉しそうに笑ってくれた。
もしかして、誉さんもイルカ好きなのかな。
「そうなのか、宇佐美くんとずっと一緒なんだな」
「はい。恥ずかしいところも全部見られてるかも……」
「恥ずかしいところ?」
「はい。僕、寝相が悪いらしくて時々ベッドから落ちちゃうんですよ」
「そうなのか、それは危ないな。なら、うちに来たときは一緒に寝よう」
「えっ? 一緒に?」
「壁側に寄せて、私が隣にいれば落ちたりしないだろう?」
「えっ、あっ、そう、ですね……」
って、冗談だよね。
普通に返しちゃって恥ずかしい。
ハハッ、冗談だよって笑われるに決まってる。
そう思ってたのに、
「じゃあ、決まりだな。今日は隣にいないから落ちたりしないように気をつけて。おやすみ、宇佐美くん」
誉さんはそう言うとにっこり笑ってビデオ通話を切ってしまった。
えっ、ちょっと待って。
一緒に寝るって決定しちゃった?
嘘でしょ?
僕はしばらく切れたままのパソコンから離れることができなかった。
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