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二通のメッセージ
今のってまさか、冗談だよね……?
誉さん、意外と冗談好きだから。
そうだ、そうに決まってる。
でも、もし冗談じゃなかったら……?
いやいや、そんなの考えないでおこう。
こんな時はさっさと寝るに限る。
僕は急いで歯磨きをして、イルカとスマホを持って寝室に向かった。
明日は六時に起きればいいか。
スマホのアラームをセットして、イルカを抱っこして布団を被ると身体からあのラベンダーの香りがふわっと漂ってきて、誉さんのことを思い出す。
――うちに来たときは一緒に寝よう。
あの言葉がぐるぐると頭の中を駆け巡る。
ああ、もう考えないようにしようと思ってたのに。
「でも……本当、冗談、だよね……?」
思わずイルカに話しかけてしまうけど、イルカはつぶらな瞳で僕を見つめるだけで何も返してはくれない。
「ゔーっ!! ああ、もうっ!! 考えないで寝よう!」
僕は無理やり目を瞑りひたすら無を貫き通して、気づけば知らない間に夢の世界に旅立っていた。
ピリリリ ピリリリ
アラームの音に目を覚まし、寝ぼけ眼でスマホを手に取ると着信が二件、メッセージが二件入っていた。
「誉さんかもっ!!」
一気に目が覚めた僕は、アラームを止め、不在着信を確認した。
すると、そこには伊山由依の名前があった。
その名前を見るだけであの時の情景が浮かんできて身体が震える。
一体何の用だったんだろう?
気になりながらも、次にメッセージをチェックすると、一件は誉さんでホッとする。
でも、もう一件はまたもや由依だった。
きっと僕が電話に出ないからメッセージを残したんだろう。
誉さんがすぐに内容証明を送ると言っていたけど、流石に早すぎる。
まだ届いていないからあの話ではないはずだ。
じゃあ、何の話だ?
誉さんは返事はするなって言ってたけど、内容は確認しちゃいけないとは言わなかったよな。
誉さんのところに転送してくれって言ってたし、読まないとできないもんな。
そう自分に言い聞かせて、恐る恐る由依のメッセージを開いた。
<敦己。寝てた? あのね、この前新居で使おうって買ったソファーにコーヒーを溢しちゃってクリーニングできそうにないの。汚れたソファーで敦己との新生活始めたくないから、いっそのこと、新しいの買っちゃったらどうかなって。実は、今、あのお気に入りの家具屋さんにいて、良いソファー見つけちゃったんだ。これって運命だと思うんだよね。明日までしか取り置きできないって言うから、急いで電話しちゃったの。五十万のソファーだけど敦己ならいいって言ってくれるよね? 寂しい中、敦己が帰ってくる日を楽しみに良い子で待ってる由依に、ご褒美がわりに買って欲しいなぁ♡取り置き明日までだから早く返事ちょうだいね。返事なかったら先に買っちゃうかも>
ソファー汚したから新しいの買いたいって……。
しかも五十万って……。
――あれはただのATMだって……
寝室で由依があの男にそう言っていたのを思い出す。
本当に僕って、由依のATMでしかなかったんだな。
大事なソファーにコーヒー溢すって……あれ?
ちょっと待てよ。
由依、コーヒーは苦手で飲めないって言ってたはずだ。
それなのに、コーヒー?
ってことは、由依じゃなくあの男が汚したのか、それともコーヒーじゃないもので汚したとか……。
コーヒーじゃないものって、まさか……
うっ……
余計な想像したら吐きそうになってきた。
気持ち悪すぎてこれ以上考えたくない。
一旦、気持ちを落ち着けようと誉さんのメッセージを開いてみた。
<宇佐美くん。ぐっすり眠れてるかな? 今日は私がいないから落ちたりしてないと良いんだけど。とまぁ、冗談はこれくらいにして、二人と彼女の実家へ内容証明郵便を発送したから、とりあえず報告しておきます。あとのことは全部任せてくれ。それから、さっきのビデオ通話で伝えるのを忘れていたんだが、昨夜のお弁当。週契約にしてあるから、今週は夕食の準備はしないように。今日から仕事だろうが、あまり無理はしないようにな>
やっぱり冗談だったんだ……とか、もう発送してくれたんだ……とか、思うところはいっぱいあったけど、まさかのお弁当週契約!!!
これ、本当にこのまま甘えちゃって良いのかな……。
誉さん、優しすぎない?
何か、誉さんの欲しいものとかないかなぁ。
それをお礼にとかできたら良いんだけど……本人に聞くわけにもいかないしな。
って、そうだ!!
上田に聞けばいい!!
兄弟なんだから誉さんが欲しいものとか知ってるかも。
今は六時半……ってことは日本だと午後十時半。
上田は今の時間なら家にいるかな。
よし、かけてみるか。
ーあ、もしもし。宇佐美? どうした? なんか進展あったのか?
ーごめん、上田。今、大丈夫?
ーああ。ちょうどコーヒー飲んでた。で、どうした?
食いつき気味に聞いてくれてるのはきっと由依とのことを聞きたいんだろうけど、その件じゃなくて申し訳ないな……。
ーいや、あのさ……ちょっと聞きたいことがあって……誉さんのことなんだけど……。
ー兄貴がなんかしたのか?
ーいやいや、そうじゃなくてっ、ちょっと、いろいろ世話になりすぎてて、おれ――
ーえっ? いろいろ世話にって、ちょ――っ、たとえば?
話の途中で遮られて上田にそう尋ねられた僕はあの日からのことを話していた。
美味しい朝食をご馳走になったり、ファーストクラスに乗せてもらったり、美味しいお弁当まで手配してもらったり、帰国した時に居候までさせてもらう約束まで……数え上げたらキリがないくらい。
流石にあの冗談までは言えなかったけど……。
ーいや、ほんといろいろしてもらいすぎて申し訳なくてさ……
ーあのばかっ、やりすぎなんだよ。
ーえっ? 今、なんて言った?
混線しているのか、聞き取りにくい。
ーあ、いや。何でもない。それで、宇佐美。迷惑してるんだろ? 兄貴に俺から断っとくか?
ーえっ? 断る? いや、そうじゃなくて、誉さんにお礼がしたくって……。
ーお礼? お前が、兄貴に?
ーうん。それで、何あげたら喜ぶかなって。上田、何か誉さんの欲しいものとか知らないか?
そういうと、上田は突然大きな声をあげて笑い出した。
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