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支社長からの提案

ーはははっ。お前、仕事はできるけどそういうところ鈍感なんだな。 ーはぁ? 鈍感って、どういう意味だよ。 ーなるほどね。そりゃ、兄貴も苦労するな。 ー何だよ、ひとりで納得するなよ。 ーああ、悪い。悪い。兄貴の欲しいものだったな。欲しいもの、一個だけあるぞ。 ーえっ! 本当か? なんだ? ーああーっ、でもまだ今は手に入れられないんだよ。 ー今は、って……発売前ってことか? ーうーん、まぁ、そんなとこか。必死になって画策してるみたいだから、脈はありそうなんだけどな。 そんなにまで欲しい物なら、僕が手に入れるより自分自身の力で手に入れたいだろうな。 なら、プレゼントは無しか……。 ーじゃあ、他になんか知らないか? 物じゃなくても、お礼にして欲しいこととか……。 ーお前に? ーうん。なんかないか? ーそれをそのまま兄貴に言ったらいいんじゃないか? サプライズより、本人が欲しがることをしてあげたほうがいいだろ? ーまぁ、な……。でも、それだと誉さん……遠慮しないか? そこが心配なんだ。 あれだけいろんなことしてくれるのに、いつも気にするなって言われるし。 僕がなんかしたいって言っても遠慮しそうなんだよな。 ーそこは……まぁ、大丈夫だろ。今度連絡来たら直接言ってみろよ。何かお礼にして欲しいことないですかってな。兄貴もせっかく宇佐美が言ってくれてるなら、断りはしないんじゃないか。 ーうーん、わかったよ。上田がそこまでいうなら、そうしてみる。ありがとうな。 ーああ。それより、あの女の件はどうなったんだ? ーそれは誉さんに任せておけば大丈夫だって言ってたから、全部任せてるよ。ああっ! さっき由依からメッセージ来てたの、まだ誉さんに転送してなかった! ーあの女からメッセージ? 何だって言ってきたんだ? ー……なんか、ソファー汚れたから新しいの取り置きしてるって。五十万するから買ってくれってさ。 ーはぁ? なんだ、それ。つくづく、ふざけてる女だな。 ーああ。僕もそう思うよ。何も返事せずに転送してくれって言われてるから、今からしとくよ。 ーお前、今から仕事だろ? 集中しろよ。 ー大丈夫、もう吹っ切れてるから。じゃあ、夜に悪かったな。 そう言って電話を切ってから、僕はすぐにさっきの由依からのメッセージを誉さんに転送した。 由依のことだ。 もう勝手にソファー買ってそうだけど。 もう僕は関係ない。 さて仕事に行く準備しよう。 上田と思いの外、長電話しちゃったから急がないとな。 僕はさっと身支度を整え、管理人さんに連絡を入れてから家を出た。 なぜ、家を出るときに管理人さんにわざわざ連絡を入れるのかというと、車を準備してもらうためだ。 この社宅からL.A支社までは歩いても三十分くらいの距離にある。 このあたりは比較的治安も良く、歩いてもさほど問題はない。 だけど、何かあった時のためにと支社長から必ず車で出社するようにと言われてしまった。 最初は申し訳なさすぎて断ろうと思ったけれど、じゃあ専属護衛をつけようと言われて、仕方なく社用車での通勤の指示に従っている。 まぁ、支社長としても、日本から手伝いにきた社員がここで何か事件にでも巻き込まれたら責任問題になるだろうしな。 車に乗るか、護衛をつけるかの二択を迫られたら、車の方を選ぶに決まってる。 『おはようございます。Mr.ウサミ』 『おはようございます。キース。今日もありがとうございます』 キースはここの管理人のジャックと昔からの知人らしく、彼も何かしらの武術の段を持っているというから僕だけがひとり弱っちくて恥ずかしくなる。 こっちにいる間に少しでも強くなるために何か武術でもやってみようか、それともせめてジムにでも通おうかなんて思っていたけど、忙しくてそんな時間もない。 結局このまま、ここでの生活を終えるんだろうな……。 『久しぶりの日本はどうでしたか?』 『仕事が忙しくて結局ずっと会社に寝泊まりしてたんですよ。もう少しのんびりしていたかったですね』 『それは残念でしたね。でも、こっちはウサミがいない間、支社の皆さん寂しがってましたから、早く帰ってきてくれて喜んでますよ』 『ははっ。そう言ってもらえると戻ってきた甲斐がありますね』 そんなたわいもない話をしているうちに、あっという間に仕事場についた。 さて、今日も一日頑張りますか! 僕は気合を入れて会社に入った。 「おはようございます!」 「ああ、宇佐美くん。お疲れだったね。来てくれて早々で悪いけど、ちょっと部屋に来てもらえる?」 「は、はい」 支社長に会ってすぐに呼び出しを受けて、驚かないわけがない。 何かした覚えはないからおそらくあの話だろうな。 「あの、支社長……」 「悪い。いきなりでびっくりさせたな。だが、こういう話はさっさと終わらせたほうがいいと思ってね」 「はい。支社長もご存じなんですね」 「ああ。君の弁護士さんから連絡が来ていてね。君から婚約の話を聞いたばかりだったからびっくりしたよ。酷い目にあったな」 「いえ、僕が至らなくて……驚かせて申し訳ありません」 「もし、君が日本に帰りたくないなら数年ここで駐在してもらってもいいんだよ」 「えっ?」 「こっちとしては宇佐美くんみたいな優秀な社員にいてもらえると助かるし、もちろん昇給もある。君が残りたいと言ってくれるなら、私が本社に掛け合うよ。どうかな?」 数年、ここでこのまま……。 待遇も上がるし、由依とももう当分会わずにすむ。 正直悪い話じゃない。 でも……。 このままアメリカに住むとなって、一番最初に頭に浮かんだのは誉さんのことだった。 帰国したら一緒に住もうって言ってくれてるのに、このままアメリカに残ることを決めてもいいんだろうか……。 いや、でもあれは社交辞令かもしれないし。 住むところがないから住まわせてくれるだけかもしれない。 だったらここにいたほうが……でも……。 「すみません。今すぐには、答えられません……」 「いや、私も急かしてしまって悪かった。とりあえず、君さえよかったらうちはいつでも歓迎だって伝えておきたかっただけだから。考えて結論を出してくれたらいい。まぁ、君みたいに優秀なら、本社も手放さないかもしれないがな」 支社長はそう言って笑顔を見せてくれた。 支社長の配慮はすごく嬉しい。 でも、僕は……。どうしたらいいんだろう……。

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