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裏切り女の末路 <後編>

「あれはただのATMだって知ってるでしょ? あいつ、あんなんなのに同期の中じゃ超出世頭なんだって。今回のアメリカ出張も終わったら相当給料も上がるらしいよ」 「へぇ、じゃあ、その分俺に貢げるな」 「ふふ。ケンちゃんに全部あげるよ。だから、ねぇ、も一回しよ」 「お前、相当淫乱だよな。三回もしてまだたりねぇの?」 「だって、あいつがいない間にたっぷりしとかなきゃ。あいつほんとえっちも下手でさ。全然気持ちよくないし」 「お前の欲求不満はこれまで同様、結婚してからも俺が全部解消してやるよ。ほら、これが好きなんだろ?」 「ああっん! ケンちゃんのもう、おっきくなってる! 奥まで突いてぇーっ」 「やぁんっ、はげしっ……ああっ!!」 な、なにこれ……っ。 なんでこれが? 「ちょ――っ、やめてっ!!」 私は急いでスクリーンの前に駆け寄って映像を見えなくしようとしたけれど、父さんと母さんが私の腕を掴んでスクリーンに近づけさせてくれない。 その間に映像は違う場面に切り替わった。 「ねぇ、ケンちゃん。夜まで待てなくなっちゃった。ちょっとだけ休憩してこうよ。外回り中だからバレないって」 「仕方ねぇな。少しだけだぞ」 これって、この前の……。 私たちがラブホに入っていく様子までバッチリ撮られている。 なんでこんなものまで……。 「こんなの盗撮じゃないの!! プライバシーの侵害よ!!」 「プライバシーね、ですが、この映像を見る限り、たった一度(・・・・・)の浮気ではないようですが、それについて何か反論はありますか?」 「そ、それは……」 「それから、こちらのアカウントはあなたのものですよね?」 「えっ……な、んでこれ……っ」 私の裏アカ。 誰にも知られてないはずなのに。 「あなたのものに間違いないですね?」 「違う、知らない、私のじゃない」 「そうですか、でもこれは明らかにあなた方でしょう?」 タブレットを操作しながら、弁護士が再びスクリーンに映し出したのはただのホールケーキ。 「なに? ただのケーキの画像なんか出してきて。なにも映ってないじゃない」 「ここですよ」 「あ――っ!!!」 弁護士が画面の右端を拡大すると、その隅に置いてある小さな鏡に私とケンちゃんが映り込んでいるのが見える。 驚くほどの鮮明な画像に違うと言い張ることもできない。 「ほら、ここにご自分で書いていますよね? <ケンちゃんとの三年記念日のケーキ>だと。ご丁寧に日付が入ってますね。この時期はすでに宇佐美さんと婚約を交わされてますが、まだ宇佐美さんは日本にいらっしゃる時ですね? これについてはどうお答えになりますか?」 「――っ、そ、それは……っ」 まずいっ、どうする? どうすればいい? 「この日付通りだとすると、さっきあなたが仰っていた、婚約早々に海外出張に行って寂しかったからという理由は成立しませんね。とすれば、あなたを一人にした宇佐美さんが悪いという主張はできませんが、どうしますか?」 「そ、れは……っ、その、だって……」 「あなたと新島さんは、少なくとも三年以上のお付き合いだということですね。そんな人がいることを隠しながら、宇佐美さんと婚約までなさったのは、宇佐美さんのお金が目的なのでしょう? さっきご自分で仰ってましたよね? 彼はATMだから、ケンちゃんに全部あげると。これを結婚詐欺として訴えればあなた方は確実に負けますよ。詐欺罪で刑務所に入ることにもなるでしょうね」 「詐欺……刑務所……そんなっ、あ、あいつだって、アメリカで一人羽を伸ばして浮気三昧かもしれないのに! そうよ、その質問に答えてないじゃない!! 追求されたら困ることがあるからでしょ!」 人を責めるばっかりで私の質問ははぐらかして! 絶対怪しい! 「ああ。そういえば、その質問に答えてませんでしたね。ですが、宇佐美さんはあなたと違って裏切るようなことはされてませんよ」 「ふん、どうだか! そんなの証拠もないんじゃ話にならないわ! そうよ、どうせあいつだって私のいないところで浮気してるの! お互い浮気してたってことでここは穏便に済ませてよ!」 「あなたには残念ですが、証拠があるんです」 「はっ? なんの証拠?」 「宇佐美さんが浮気などされていない証拠です。宇佐美さんの社宅には入口に防犯用のカメラと管理人が常駐しています。あなたが宇佐美さんの浮気を疑うだろうと思って、アメリカに来てからの全ての記録を確かめましたが、自宅に宇佐美さん以外の人間が入った記録はありませんでした」 「はっ、そんなの家以外であってるのかもしれないじゃないの! どうとだってできるわ!」 いくらあいつだって社宅に女を連れ込むようなことはしないでしょ。 でも、女と会うのは自宅だけじゃないんだから探せばどっか必ず綻びがあるはず! 「宇佐美さんは毎日、自宅から会社まで社用車で送迎されています。その内部にもカメラが常設してあり、宇佐美さん以外の人間が乗った記録はありません。もちろん、就業中も社員証につけられたGPSでどこの場所にいるのかを常に記録されています。もちろん、この社員証は身体から外されると会社にすぐに通知が行きますので、不正は一切できません。ですから、あなた方のように、仕事中にラブホテルに入り、いかがわしいことをするようなことなんて絶対にできないんですよ」 「――っ、そんな……っ」 「あっ、そうそう。先に言っておきますが、よほど仕事が忙しいのでしょうね。宇佐美さんは休日もほとんど家から出ることはありませんでしたよ。出かけられていたのは、スーパーくらいで、外食もなさってません。それでも宇佐美さんの浮気を疑いますか?」 「くっ――!!」 あいつってば、なんてつまらない男なの! ここまで証拠があるなら、あいつが浮気してるなんて言えないじゃない! 「お分かりいただけたようですね。ということで、そちらの通知書に書かれている通り、宇佐美さんへの慰謝料と今回の婚約破棄によって発生する費用の弁済を求めます。同意いただけない場合は裁判となりますが、裁判所が今回の婚約破棄があまりにも悪質だと判断した場合は、そこに記載されている金額より高くなることがありますのでご注意ください」 「うそ……っ、これよりも、高くなんて……っ、払えないっ!」 「ならば、これで同意していただくしかないですね」 「でも、私一人で一千百万とマンションのローンだなんて……っ」 「あなたが一人で支払えないとおっしゃるなら、あなたがた二人でお話になってお決めになればいかがですか? 新島さんの方には三百万の慰謝料請求ですが、今回の婚約破棄は新島さんに原因の一端がありますので、慰謝料その他弁済金合わせて一千四百万とマンションのローン残金七千五百万円、合計八千九百万円をお二人で折半なさっても構いませんよ」 「ちょ――っ、待てよ! 勝手なこと言うなよ! 俺は由依の分なんて払わないからな。大体、ローン残金って七千五百万もするのかよ! そんなの払えるわけないに決まってんだろ!!」 「今更何を仰っているのですか? あの家は八千万円だということはご存知でしたよね? 元々あの家を購入するように伊山さんに頼んだのは、新島さん……あなたなんですから」 「――っ、なんでそんなことまで知ってんだよ!!」 「依頼者を守るためならなんでも調べるのが私の仕事ですから」 その弁護士の微笑みに背筋がスッと寒くなるのを感じた。 この人、敵に回しちゃいけない人だったんだ……。 それなのに、なんとか切り抜けられるかもなんて……私、最初から負けてたんだ……。 「まぁ、あのマンションを売却したらローンの残金は支払えるでしょうから、実際の支払いは慰謝料とその他の弁済金だけになるでしょう」 「えっ、本当に?」 「ええ。あのあたりのマンションは買い手がすぐ付きますから、売り出せばすぐに売却できるでしょうね」 弁護士の言葉に一筋の光が差した気がした。 なんだ……。 こんなこと教えてくれるなんて、この人いい弁護士なんだ。 そう思ったのに……。 「ただし、宇佐美さんへの支払い期限は一週間以内となっておりますので、早急にお支払いください」 「そんな――っ!! 一週間でそんな大金無理に決まってる!!!」 「それは私に言われましてもどうすることもできません。支払えないなら裁判になるだけです」 冷たい弁護士の言葉に私は絶望に打ちのめされ、その場に崩れ落ちた。 これからは死ぬ気で働くしかない。 ここを寿退社して、敦己の給料で何もせずに贅沢三昧できると思ってたのに……。 これからまたここで仕事するしかないのか……。 はぁーっ。 でも裁判してこれより高くなったらいよいよ払えないし……。 「それではこちらに支払いに同意するとの署名をお願いします」 弁護士の言われるままに私もケンちゃんもサインするしかなかった。 弁護士はその書類を確認すると、今度は社長に視線を向けた。 「社長。これで宇佐美さんとの婚約破棄の件については一旦、解決です。次はそちらの件についてお話ししましょうか」 社長は弁護士の言葉に頷くと、私たちを睨みつけ、厳しい声で淡々と告げた。 「新島賢哉、伊山由依。社内の秩序・風紀を著しく乱したとして、両名を懲戒解雇とする」 「「はっ?」」 「今、なんと仰ったんですか?」 「聞こえていなかったのか? 懲戒解雇と言ったんだ!」 「はっ? な、なんで、こんなことで解雇されないといけないんですか!! そんなの不当解雇でしょう!!」 たかが、浮気しただけで。 しかもあいつは同じ会社でもなんでもないのに。 社内の秩序を乱したってどういうことよ!! 「さっき映像で就業時間内に二人でホテルに行っていたな。その時間も給料は発生しているだろう? 君たちは我が社に不利益を及ぼしているんだ。解雇は当然だ」 「で、でも……そんなことで解雇だなんて! 酷すぎます!」 「じゃあ、もっと正当な理由を言ってやろうか? 君が浮気を理由に婚約破棄をしたことで、ベルンシュトルフ ホールディングスから我が社との契約の打ち切りの話が出ている」 「えっ? 契約、打ち切り……」 「そうだ、ベルンシュトルフ ホールディングスとの契約が打ち切られたら、うちは倒産するしかなくなる。それを回避する条件としてベルンシュトルフ ホールディングスが提示してきたのが君たち二人の解雇だ。どちらを取るかなんて聞かなくてもわかるだろう?」 「なんで……なんであいつとの婚約破棄が……契約打ち切りなんてそこまで大事になるんですか?」 「当たり前だろう! ベルンシュトルフ ホールディングスの会長は宇佐美くんの大伯父だぞ」 「う、そ……っ」 「本当に知らなかったのか?」 「知らない、そんなの……知らないっ! そんなこと知ってたら、裏切ったりしなかったのに!! なんでっ、なんでよっ!!」 床に這いつくばって大声で泣き叫んだけれど、誰も私に声もかけてくれない。 敦己だけを大切にしておけばよかったのに。 贅沢で幸せな生活がすぐそこまで届いていたのに。 結局私とケンちゃんは会社をクビになり、あのマンションも売りに出すしかなく、住むところも失った。 せめてもの救いはあの弁護士の言った通り、すぐに買い手がついたことだけ。 けれど、ローンの全額には足りなかった。 一週間でお金を作るにはそれでも売るしかなくて、部屋の中にある家具や敦己に買ってもらった指輪なんかを全て処分してなんとかマンションのお金を作った。 ほっと一息ついた時にあのソファーのことを思い出し慌ててキャンセルしたけれど、あの時の店員に鼻で笑われたのがショックだった。 敦己への慰謝料と弁済金はどうしても工面できず、父さんと母さんに頭を下げてお金を借りてなんとか期限内に支払うことができた。 会社からはその日までの給料をとりあえず受け取ることはできたけれど、勤務時間内に遊んでいた分の損害賠償請求をされ、結局ほとんど残らなかった。 今はケンちゃんと二人でなけなしのお金を集めて、小さなボロアパートに住んでいる。 父さんたちへの借金返済のために新しい仕事を探すけれど、懲戒解雇されたことが業界内に知れ渡っていて、しかも、ベルンシュトルフ ホールディングスの息のかかったところでは名前だけで面接も受けさせてもらえず、結局二人で日雇いの仕事をして返済しながら、日々食い繋いでいる。 ――私、敦己のいいお嫁さんになるね! そう言って幸せだった私はもうどこにもいない。 今更後悔してもどうしようもないけれど、本当にバカなことをしてしまったものだ。 逃がした魚は大きいって本当なんだな……。

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