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誓い

 錦はスーツのポケットから真新しい腕時計を取り出す。 「誓いの指輪の代わり」 「え、でも……俺なんも用意してない」 「分かってるよ。そもそも苦学生のお前にそんなこと期待してないって。お前、俺が預けた腕時計今も持っているんだろ。それと交換」  省吾は腕にはめていた錦の時計と外す。  錦は省吾の腕を取ると、指輪を交換するように真新しい腕時計を省吾に着ける。それを真似して、省吾は預かっていた時計を錦へと返した。  誰も見ていない、二人だけの誓いだ。 「公太郎さん、ありがとう。大切にする」 「ああ、大切にしてくれよ。なんせ結構高かったからな、それ」 「マジで? え、なんか怖い。幾らだよ」 「婚約指輪って言ったら給料三か月分だろ」 「は? 怖っ! 給料三か月分も腕に着けてられねぇよ」 「冗談だ。そこまで高価じゃない。でも大切にしてもらえると嬉しいのは本当」 「そりゃもちろん大切にするに決まってる。でも……やっぱりこれ高かったんだろ。あんたの顔マジだったし」 「それは秘密。まぁ大人の財力をお前に見せつけたってことで」 「ここに来て財力か。悔しいけどそれだけは当分敵わないからな、俺」 「急がずゆっくり大人になればいいだろ。教師と生徒じゃなくなったんだ。もう制約は何もない。焦らず俺の隣で大人になってくれ。じゃないと急に成長されると俺もびっくりする」 「あんたの隣で、か」 「なんだよ。引っかかるところか?」 「いや、あんたの隣にいてもいいんだなって噛み締めていただけ」  腕時計を贈られて、隣にいても良いと確約を貰えた。これで正真正銘、錦の恋人になれたのだと喜びがこみ上げる。だが何故か、まだ実感がない。 「あ、そうだ。俺、分かった」  突然そう言った省吾に、錦は首をかしげる。 「あんたに好きってまともに言われてない」  好きかもしれないとは言われた。今は好きだと認められないから、気持ちに蓋をすると言っていた。だが制約がなくなった今、縛るものは何もない。 「もう気持ちに蓋をしなくてもいいだろ。なら言って欲しい。あんたの口から、ちゃんと聞きたい」 「そんなの今更だろ」 「今更でもいいんだよ、こういうのは」  省吾は錦からの言葉を待つ。今まで錦の口から好きだと言われたことがない分、いやでも期待が高まった。  錦はそういうところはまだまだ子供だなとぼやきながら、省吾の眼前に立つ。体温を感じれそうな近い距離に、省吾の心臓が大きく跳ねた。  背が伸びたとはいえ、身長はまだ錦の方が高い。少し錦を見上げながら、省吾はその言葉を待った。 「好きだよ」  言葉と共に、唇が塞がれる。錦からキスをされるのはこれが初めてだ。愛の告白からの自然なキスに、省吾は身体が熱くなるのを感じた。 「お……」  ドキドキしすぎて言葉が中々出てこない。やはり大人はすごい。破壊力が抜群だ。 「男前過ぎんだろ……」  やっとのことで省吾がそういうと、錦は楽しそうに笑い声を上げた。きっと今、自分はゆでだこのように全身が赤くなっているだろう。 「俺、多少は大人になったかと思ったけど、あんたにはまだまだ敵いそうにない……」 「当たり前だろ。そんなにすぐ追い付かれてたまるか。俺にだって大人の矜持があるんだ」 「今すげぇ嬉しいけど、なんか負けた気がして悔しい」 「告白に勝ち負けはないだろ。たまにはお前も悶えろ。俺ばっかり悶えさせられたんじゃこっちも悔しい」 「なんだ、あんたも張り合ってんじゃん。子供かよ。嬉しいから別にいいけどさ」  ところで、と省吾は話題を変える。 「あんたこれからの予定は? 卒業パーティに招待されてるんだろ」 「断ったよ。お前は出席するのか? 当事者だろ」 「まさか。あんたと二人で過ごすつもりだったから断った。俺にはあんたの方が大切だし」 「親御さんが家で待っているだろ」 「うちは平常通りなんで。母さんは仕事。夜は俺一人。だから俺の家かあんたの家で、二人きりの卒業祝いがしたい」  一年以上お預けを食らったので、もう待てないと伝える。 「あんたもこの一年で俺がどれだけ逞しくなったか、見たいだろ?」  制服の下を想像したのか、錦の目が泳ぐ。せっかく男前だったのに、こういう所は相変わらず初心だ。 「一年ぶりだからな。あんま無茶してくれるなよ」 「善処するよ」 「お前の善処するは当てにならないからな」 「でも求められて嬉しいって言ってたじゃん」 「気持ちはな。身体がついていかないんだよ、身体が」  軽口を叩き合いながら、二人はゆっくりと歩みだす。もう教師として教鞭をふるう錦を見ることはない。だがそれも寂しくはなかった。本当の錦公太郎という男が、これからは自分の横を歩いてくれる。  二人を隔てるものは何もない。同性の壁も、年齢の壁も乗り越えてしまった。  これからどんな未来が待っているのか、省吾には想像もつかない。だが錦さえ隣にいれば大丈夫だと思う。錦が自分を成長させ、愛してくれればどんなことも乗り越えていける。だから省吾もありったけの愛を錦に返そう。 「あんたの隣にいられて、幸せだ」  溢れる気持ちを抑えきれず、省吾はそう言う。 「俺もお前に出会えて良かったよ」  二人が歩む未来はきっと明るい。それを証明するように空には綺麗な虹が輝いているのだった。

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