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第9話 Vanilla Sky

 現場の部屋に足を踏み入れ、両手足を縛られてベッドに横たわる女性の遺体を見た途端、陽大(はると)の脳裏に先日の事件現場が蘇った。  何だこれは……この前と同じじゃないか。  それは壮介も同じだったらしく、隣に立ったまましばらく呆然としていた。  「とりあえず、見てみよう」  「あ、ああ」  二人はベッドのそばに行き、遺体を見て思わず顔を見合わせた。  「男……?」  キャミソールを着ていたため遠目からは女性に見えたが、近くに行ってみると明らかに男性だった。まだ若く、顔立ちは可愛らしいが、股間の部分の膨らみや胸の薄さなど、手術などもおこなっていない男性の体のままだ。  陽大は部屋のクローゼットの中を確認したが、女性の服は一枚も見当たらない。女性用の化粧品などもなく、普段から女装をしているという様子は見当たらなかった。  ベッドの脇にはダイニングテーブルから持ってきたと思われる椅子が置いてあり、その上にピンクの薔薇が二本入ったグラスが置かれている。それを見て、陽大は何かを思いついたように被害者の爪を確認すると、予想通りピンクのマニキュアが両手足に塗られていた。  「どう思う」  壮介に声をかけると、眉間に皺を寄せて何かじっと考え込んでいる。   「壮介、どうした?」  「いや……」  じっと遺体を見つめる壮介を見て、陽大はふと瀬那のことを思い出した。  「心配なのか?」  「え?」  「瀬那ちゃんのこと。思い出したんじゃないのか?」  「そういうわけじゃ……」  そう言いながらも、急いでスマホを取り出して何やら打っている。  心配にもなるよな、こんな事件が起きたんじゃ……。  この被害者が普段から女性として生活していたわけじゃないとしたら、普通の男性だってこうやって標的になることもあるかもしれない。  陽大は蒼空(そら)の色白な肌を思い出すと、急に心配になってきた。  念のため、気をつけろってメッセージを送っておこうか……。  「どうだ、何か見つかったか?」  「班長」  先に現場に着いていた相原が、鑑識との話を終えてこちらにやってきた。立て続けに管轄内で事件が起き、おそらく上からもかなり言われているに違いない。  「この前の事件と酷似していますよね」  「ああ。それでおまえたちを呼んだんだ」  「でも、伊東がやるのは不可能ですよね? だって奴はまだ……」  「釈放されている」  「え?」  「証拠がない以上、拘留しておくことはできないからな。今朝早く釈放された」  「俺たちが聞き込みをしてる間にってことですか?」  「ああ、そうだ」  「死亡推定時刻は?」  「まだはっきりとはわからないが、昨晩から今朝にかけてのようだ」  陽大は遺体の首につけられた赤い痣を丹念に見る。  「扼殺ですか」   「おそらくな」  前回も感じた違和感のようなものが、またしても陽大を襲う。何かがちぐはぐなのだ。  「とりあえずは聞き込みだ。この近所の聞き込みを手分けしてやってくれ。それと、伊東が釈放されてからの行動を調べろ」  「わかりました」  外に出ると、もうすでに日は暮れていた。  また今日も家に帰れないかもな…。  陽大は小さくため息をつく。そして、意を決したようにスマホを取り出し、メッセージ画面を開いた  ――明日、朝メシ食いに行くから  しばらく画面を見ていたが、なかなか既読がつかない。  「ほら、行くぞ」  壮介に急かされて車に乗り込んだ時、メッセージ受信の通知がきた。  ――できない  また一言だけだ。いったいいつまで怒っているんだよ。こっちは心配してるってのに。  次第に陽大はムキになっていく。  ――できなくても行く  ――できないって言ってる  ――俺は行くぞ  ――だからできないってば  ――今回の事件のこともおまえに相談したい  とうとう奥の手を使った。陽大が警官になることには反対していたくせに、何かを推理したりすることが好きな蒼空は、時々陽大が事件のことを相談すると目を輝かせて乗ってくる。実際、蒼空の洞察力は非常に優れており、陽大は何度か助けられていた。  事件のことを餌にすれば、きっとあいつは断らないはずだ。  ――わかった  「よっしゃあ!」  急に助手席でガッツポーズをした陽大に驚き、壮介は思わずブレーキを踏んだ。  「あっぶねーな。ちゃんと運転しろ」  「おまえが奇声あげてビビらせるからだろうが」  「そんなことで刑事がいちいち驚くな」  「何をそんなに喜んでるんだよ」  「なんでもねーよ」  「あ。わかった」  壮介はにやりと笑った。  「なんだよ」  「そっか、よかったな」  「何がだよ」  「とりあえず、ご機嫌損ねたんだから何か喜ぶもの持っていった方がいいぞ」  「何の話だ」  「蒼空くんが久しぶりに会うのOKしてくれたんだろ」  「……」  「わかりやすすぎ」  「うるさい。だいたい、何で俺がご機嫌取らなきゃいけないんだ。俺はあいつに怒られるようなことはしてない」  「しょうがない、やきもちは理屈じゃないから」  「何言ってんだ」  「あのな」  今度は信号でブレーキをかける。  「俺もたいがい不器用だとは思うけど、それでも俺は決めたんだ」  「決めたって、何を」  「おっぱいより心の豊かさだ」  「は?」  「さっきのあの現場を見て、俺が真っ先に浮かんだのはおまえの言った通り、瀬那のことだ。まだこの事件がどういう性質のものなのかはわからないが、もしも今回の事件が嫌悪が原因の殺人だったら、彼女が標的にされることだって十分にある。そう考えた時、俺は絶対に彼女を守らなきゃいけないって思った」  恥ずかしそうにうつむきながら、にっこりと微笑む瀬那を思い浮かべる。  「おまえは誰を思い出した?」  「え?」  「事件が起こると、自分の知ってる人間にはこんなことは起きてほしくないって思うだろ? おまえは、誰を思った?」  「……」  「蒼空くんだろ? だからメッセージを送ったんだ」  「……そんな謎解きより、事件のこと考えろ」  壮介はふっと小さく笑った。  「俺もなかなかの推理力だな」  「黙って運転しろ」  ふてくされたように目を閉じた陽大を見て、壮介は満足そうに微笑んだ。

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