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第28話 Vanilla Sky〜Dask Till Dawn

 日が暮れかかる頃、ちょうどリゾートホテルに到着した都築陽大(つづきはると)と仲川蒼空(そら)は、荷物を部屋に入れた後、さっそく予約していたテラスでの食事へと向かった。夏休みで混んでいるこの時期にホテルの予約を融通してくれたのは蒼空のカフェの常連客だが、気を利かせてこのテラス席も予約してくれていたのだ。  涼しげな渓流が目の前に広がる景色を眺めながら、二人はゆったりとした時間を過ごしていた。アルコールが入っているせいか、白い蒼空の肌が全体的にほんのりピンク色に染まっている。ゆったりとしたソファの大きなクッションにもたれながら、二人はシェフが直接運んで説明してくれる料理を楽しそうに聞き、陽の落ちた幻想的な雰囲気の中の贅沢な夕食を味わっていた。  気が滅入るような事件もひとまず決着がつき、あとは検察の仕事という段階だったが、相沢元班長がのらりくらりとはぐらかしており、全貌がわかるまではもう少しかかりそうだった。新しい班長の坂本は陽大とそれほど変わらないような若々しい風貌で、捜査課の中に殺人犯がいたという衝撃的な事実を払拭するために就任したということもあって、周囲からの期待は大きい。陽大や同僚の北山壮介も、ひとまずは様子見だと言いながら、すでに的確な指示や率先して動く坂本は信頼に足る人物だと感じていた。  部屋に戻ると蒼空は飛び込むようにして広いベッドに寝転がった。陽大がそのすぐ横に同じようにダイブして横たわる。  「こんなすごいとこだと思わなかった」  「俺も初めて来たよ」  「小さい頃とか来てるかと」  「いや、ここは来たことなかった」  実は陽大の実家はスパやレストランを複数経営しており、不自由のない環境で育ってきた。それもあって、大学を卒業後は企業に就職して経験を積み、いずれは家の事業を継いでほしいと思っていた両親の反対を押し切って警官になった陽大を、蒼空は内心ひどく心配していた。しかし兄弟が二人いることも幸いしたのか、意外に陽大と両親との関係は良好のようだった。  「さっき見てきたら温泉もいい感じだった」  「そうなんだ。楽しみ」  「うん、蒼空と一緒に風呂に入るのが楽しみ」  「いや、他の人もいっぱいいるから」  「そこなんだよな。他の奴に蒼空の体を見せるのがちょっと抵抗があるんだよな」  「あのさ、温泉なんだから当たり前でしょ」  「部屋の露天風呂だけにしようか」  「せっかくいい感じの温泉があるのに?」  「二人きりでいちゃいちゃしようぜ」  「そんなエロいことばっか考えてないで、とりあえず外の方にも入ってこようよ」  「何言ってんだ、エロいことするために来てるのに」  蒼空は真面目な顔で言い切る陽大のおでこを手の平でぱちんと叩いた。  「いてっ。いや、俺は本気だからな。絶対に二人だけでいちゃいちゃするんだ」  まったく…。  蒼空は呆れたように笑いながらも、心の中では夏休みに高級リゾートホテルで恋人と一緒に過ごす贅沢な時間に感謝していた。  共用の温泉設備も十分くつろげるものだったが、やはり部屋の露天風呂は他に人がいないこともあって、ホッと一息つける。渓流のせせらぎが聞こえる半露天風呂の温かい湯に浸かって夜空を眺めながら、まるで映画のワンシーンのように蒼空は陽大に背中でもたれかかる。陽大は後ろから軽く抱きしめるようにして蒼空を包み込み、首筋や頬にキスを繰り返していた。  「この時期に休みもらうとか、壮介さんに文句言われたでしょ」  「そりゃもう、毎日ずっと嫌味を言われ続けたよ」  蒼空は壮介にねちねち嫌味を言われている陽大を想像してくすっと笑った。  「今日だって午前であがるって言ってるのに、山のような資料をよこしてきた」  「でも気持ち考えたらしょうがないよね。壮介さんも瀬那ちゃんと付き合い始めたんだし、夏休みに旅行とか行きたかったんだよ、きっと」  「そうだ、あいつに電話しようか」  「え、今?」  「ああ、ビデオ通話で見せびらかしてやろう」  「性格悪すぎ」  「俺は毎日のあいつの理不尽ないじめに耐え抜いてきたんだからな」  「むしろ理不尽だと感じてるのはあっちの方じゃ……」  蒼空の言葉などおかまいなしに、陽大はバスルームに持ち込んだスマホでさっそく電話をかける。  「え、ちょっと待って、この一緒にお風呂に入ってる状態でビデオ通話するの?」  「暗くて見えないから大丈夫だって」  「そういう問題じゃない」  「いいから……あ、もしもし壮介? 何してた?」  割とすぐに電話が繋がり、画面にやや不機嫌そうな壮介が映る。蒼空は慌てて画面から外れた。  「何してたって、夕飯食べてたけど?」  「そうか、俺たちはもう食べ終わって今はバスタイム」  「見りゃわかる。まったく嫌味な奴だな。いいか、クリスマスは俺が三日間休みを取るからな、覚えとけよ」  「その時に事件が起こらないことを祈っておくよ」  「起きても行くからな」  「壮介さん……なんか、陽大がいつもごめんね」  蒼空は姿が映らないようにしながら声をかける。  「まったくだ。ま、嫁は文句なしだから蒼空くんが謝る必要はないぞ」  「人の嫁にちょっかい出すんじゃない。瀬那ちゃんと一緒にいるんだろ?」  「当然」  壮介の後ろから瀬那が顔を覗かせる。  「こんばんは」  「壮介がわがままなこと言ったらすぐに俺に言いつけろよ」  「たぶんわがままなのは私の方ですよ」  「ごめん、瀬那ちゃん。陽大の言うことは気にしないで」  「蒼空さん、どうですか? 避暑地は」  「思ったよりは暑いけど、やっぱり山の中だから夜とかは涼しい。渓流の音聞こえる? すぐそばにあるんだ。あ、林檎好きだったよね。美味しそうなお酒とかいっぱいあるからお土産に買っていくよ」  「楽しみにしてます」  「蒼空くんはカフェを休みにしたのか?」  「うん、スタッフの子も彼氏とデートできるからって喜んでた」  「俺が帰るのは明後日だから、それまで俺の分も仕事頼むぞ」  「心配するな、おまえの分は手つかずのまま残しといてやるから  憎まれ口を叩きながら応酬している二人を、それぞれの恋人がやや心配そうに見守っている。やがて陽大は適当な話題で切り上げ、電話を切った。  「自分から電話しといて、切るのあっさりすぎない?」  「この体勢が悪い」  「あ、疲れてきた? あがろうか?」  「違う。この体勢がヤバいんだ」  「ヤバいって……」  陽大はスマホを脱衣スペースに置いてあるバスタオルの上に放り投げると、蒼空を後ろから抱きしめ、そのうなじに口づけた。抱きしめた両手はそのまま下へと降りていき、両方の太腿の内側を撫でる。触れそうで触れない感触に蒼空は思わず身震いをして、顔を天井へと向けた。  「何でこんなに肌がすべすべなんだ」  「触り心地いい?」  「抱き枕にしたいくらい」  「何それ」  蒼空が笑いながら体を陽大に預ける。陽大は蒼空の太腿を触っている両手で、股を開かせるように広げる。バスタブの両縁に踵を上げられ、あられもない格好の蒼空は顔を赤らめた。  「陽大……この格好、恥ずかしい……」  「すっごくエロくて綺麗だ」  「でも……」  「誰も見てないんだから、恥ずかしがらなくてもいいだろ」  「陽大が見てるじゃん」  「これは俺の特権」  そう言いながら、滑らかな肌をゆっくりと撫でる。  「こんな可愛くてエロい子が俺の恋人なんだって、みんなに見せびらかしたい」  「エロくないってば」  「でも俺だけのものだから大事にしまって、誰にも見せたくない」  「もう、何言ってんだよ」  「こっち向いて」  優しく体を動かし、向かい合うようにして自分の腰の上に両足を広げて座らせる。胸の突起を甘噛みすると、蒼空はたまらず抱きつくようにして腰を押し付けて甘い吐息を漏らす。  陽大はそのふっくらとした唇を味わうようにキスをし、蒼空の背中に腕を回す。  「ここではダメ」  「何で」  「ここ、露天風呂だよ。聞こえるじゃん」  「聞かせたらいい」  「バカじゃないの」  「ああ、でもそれももったいないな」  「後で、部屋の中に入ってから」  「こんないい雰囲気なのに」  「いい雰囲気を楽しもうよ。星も綺麗だし」  「いや、何も見えないぞ」  「まぁ確かに、露天風呂から満天の星空が見えると思ってたけど、こっちが明るいからあんまり見えないんだよね」  「こっちに輝いてる人がいるからな」  「そういう意味じゃなくて」  蒼空はふざけて陽大の首に腕を巻きつけ、力を込める。  「わかったわかった」  「でも楽しいよ」  「ああ」  「ありがとう」  「また来ような」  「クリスマス休暇は取られちゃったから……バレンタインとか?」  「よし、事件が起きてあいつのクリスマスがつぶれることを祈ろう」  「意地悪だなあ」  笑いながら陽大の頬をつまむ蒼空に、陽大は思わず微笑んでキスをした。  「ホント可愛いな、おまえ」  「うるさい」  「嬉しいくせに」  「別に」  わざとそっぽを向いて陽大から顔を逸らした蒼空は、陽大に見えないように満面の笑みを浮かべながら、気持ちのいい夜風を感じていた。 「自分からかけてきたくせに」  早々に切れた電話に壮介はムッとして呟く。シンクで夕食の片付けをしていた瀬那は、そんな壮介を見て小さく笑った。  「あんな露天風呂に一緒に入ったまま電話なんかするからだ。どうせ、くっついてるうちにムラムラしてきてヤりたくなったんだろ」  「そんなに怒らなくてもいいのに」  「二人して夏休みに高級リゾートとか、怒りたくもなる」  「私は夏休みに壮介さんと一緒にいられて幸せです」  瀬那の言葉に、壮介はふっと笑みをこぼした。食器を洗っている瀬那を後ろから抱きしめ、艶やかな黒髪にキスをする。くすぐったそうに軽く体をよじる瀬那の頬にも唇を寄せる。  「壮介さん……」  「あっちも今頃盛り上がってるだろうから、俺たちも負けてられないな」  「負けたくないからこうするんですか?」  「いや……君にキスをする口実がほしいだけ」  「口実なんていらないのに」  「確かに……ここはもう我慢できなそうだな」  壮介の指先が瀬那のスカートを捲り上げ、下着の中で膨らみを増している部分をさすり上げる。瀬那は小さく喘ぎ、両手でシンクにしがみつく。壮介はたまらずに瀬那の顎に手をかけて後ろを向かせ、唇を重ねた。  「まだ片付けが……」  「先にこっちを片付けないとまずいみたいだ」  「……もう」  恥ずかしそうに壮介の厚い胸板に頬を寄せる。壮介は瀬那の下着を素早く脱がせると、抱き上げてシンクの上に座らせた。  「じっとしてて」  「壮介さん……」  壮介の舌がすらりと伸びた瀬那の脚を舐めていく。こみ上げてくる快感に甘い喘ぎ声をこぼしながら、瀬那は壮介の愛撫に身を委ねていった。

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