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ベッドに転がっていたクマのクッションを抱きしめながら、楓が言う。
「何回も女から誘って断られる気持ち分かる?って言われて、馬鹿にしないでってコーヒーぶっかけられて、おしまい」
「え……楓コーヒーかけられたの?大丈夫かよ」
「冷めてたし平気。カーデはダメになったけど」
「……あー、それで……」
いつものカーディガンを着ていない理由はそれか。
「……カーデとかはいいんだよ。莉子には、可哀想なことしたと思うし……」
ぎゅうぎゅうと抱きしめられてるクマの顔は、間抜けに歪んでいる。
楓が天井を見上げ、ぽつりと呟く。
「俺だって、ちゃんとみんな好きなのにな……なんで上手くいかないんだろ」
――みんな好き、だからじゃね?
思ったけど、言わなかった。
楓の「みんな好き」の中に、楓の彼女たちが求める“特別な好き”はない。
そのみんなの中には、俺も入ってる。
みんなの中の一人。特別じゃない中の一人。
俺はずっと、楓だけが特別なのに。
「じゃあ、彼女いない間は俺と遊んでよ」
ベッドに乗り上げ、楓の胸にあるクッションに頭を乗せ言った。
加減しながらぐいぐい体重をかけると、楓が「重い」と笑う。
「斗真とは彼女いる時もかなり遊んでんじゃん」
「もっとだよ。もっと遊んで」
「あは。いいよ」
身体を反転させて上から覗き込むようにすれば、楓の細められた目に俺が映る。
あー、くそ。マジで好き。
特別になれなくても。ずっとずっと、楓だけが好き。
でかい地球儀やら壁掛けの地図が置かれた社会科資料室は、放課後になると『音楽研究会』の部室になる。
音研の主な活動内容は、その名の通り音楽の研究なので、音楽流して「これいいな」「な」で終了。
部員は、浜高一・二年イケメン軍団。……呼び方くっそダサい。
適度な広さと日当たりの良さで、先輩たちがこの資料室を溜まり場にしていたことが先生にバレて、ここを使う正当な理由が欲しいために同好会を作ったらしい。
「この前のダンチャレ動画、やっぱすげー伸びてるらしいよ」
「へー。まぁ楓出てるしな」
「お前は楓教の信者か何かなの?」
「先輩か様を付けろよ。お前に呼び捨ては許されてない」
「ガチ信者やんけ」
放課後、テックハウスミュージックが流れる部室にいるのは俺と武瑠だけだ。
誰かが持ち込んだ古いソファにだらりと座って、武瑠はゲーム、俺はスマホをいじって時間を潰している。
「つか斗真、その傷どしたん?」
武瑠がスイッチから顔を上げ、俺の頰あたりを顎で示す。
武瑠の言う「それ」は、多分目の下くらいにある引っ掻き傷のことだろう。
「……ジェルネイル。あれもはや凶器だろ」
「……女の子に凶器使わせるようなことしたお前が悪いんじゃね?」
「ごもっとも」
正論が耳に痛い。
昨日は、楓が両親と食事するからって遊べなくて、俺もバイトないし、ってところに女の子から声かけられて。
その子の家に誘われて、そしたらやることはヤることしかない。
俺がセックスする理由は、溜まってたから、暇だったから、誘われたから。
昨日は、溜まってたし誘われたから。
動いて出しておしまい。
心が満たされることはないけど、それでも性欲は発散できる。
今まで、特定の彼女は作ったことない。全部セフレだ。
本当に好きな奴以外とはエッチしない、とかいう聖人君子でもないし、かといって、好きでもない奴を彼女にする意味も分かんないし。
「なんで凶器使われたんだよ」
武瑠がゲームを再開させながら言う。
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