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第2話
以前僕は科学の進歩について、車が空を飛ぶことと、飲み薬で癌を治療できることよりも、もっと『凄い!』と感じることがあると言った。それは何かというと、そう。地球はついに異星間と交流できるようになってしまったのだ。
ここ日本にも、我々と交流するため年間数千人の宇宙人が来星する。日本の科学技術や文化を学ぶことが主な目的だ。我々も相手の星へ行き同じように学ぶことで、お互いの知識を享受し合いながら、星同士で割と友好的な関係を結べている。それは、僕が好きな昔のSF映画とは大違いで、とても平和で良いことだとは思うけど、意外といえば意外だったりもする。
日本人とアルキロス星人との交流は今回が初めてだと聞いている。日本以外の他の国との交流もまだないらしく、アルキロス星人はかなり未知な生命体らしい。地球と同じ銀河系に位置する地球とよく似た星ではあるが、地球よりも面積が小さく人口もかなり少ない。それでも科学技術は向こうの方が断然上なので、こちらの技術には興味はないとのことだ。
じゃあ、何のために日本に来るんだ?
と、僕は思い、
こっちは暇じゃないんだよ……。
と、映画作りを邪魔されることと、ルームメイトが宇宙人という最悪な状況に対するネガティブ感情が強すぎて、僕の心は今かなり沈んでいる。
父親が用意してくれた二人部屋は、一人部屋の時の広さの三倍以上は軽くある。どういった理由からかは知らないが、何故かヨーロピアンテイスト風な部屋で、絨毯の毛は異様に長くてふかふかしている。
勉強机は以前僕が使っていたものよりも大きく収納もたくさん付いている。それらは何故か二つ、微妙に近い距離で置かれている。
ベッドもそうだ。移動が大変そうな無駄に装飾の多いベッドが二つ、不自然な距離で並んでいる。ただ、間仕切りになるカーテンがかろうじて付いているのがせめてもの救いか。
僕はこの部屋の、物の距離感に妙な違和感を覚える。『早く仲良くなれるように』といった意図が見え隠れしているような気がして、何だかイライラする。
でも、この部屋で二つ僕が気に入ったのは、部屋に浴室があることと、大きな両開きのステンドグラス風な扉の先に広がる大きなバルコニーだ。
しかも、浴室にはちゃんと脱衣所と浴槽もある。バルコニーの方は、扉の美しさもさながら、大人二人分の椅子とテーブルを置いても余るくらい広い。さらに、その先に広がる景色は緑一色で、広大な敷地に建つこの大学の広さを伺わせる雄大さがあり、遠くまで視線を伸ばすことができる。僕はまだこの部屋で夜を迎えてはいないが、きっと夜は夜で格別な雰囲気を彩ってくれるに違いないとすら思わせてくれる。
僕は引き寄せられるようにバルコニーに出ると、白い手すりを掴みながら、夕暮れに染まる山並みを見つめた。
時刻は夕方の5時。夕食までの自由な時間。今日、僕のルームメイトはこの大学にお昼前に到着する予定だったが、何があったか知らないが大幅に遅刻している。
時間にルーズな宇宙人なんてまっぴらごめんだな……。
僕は心の中で嫌味っぽくそう呟いた。その時、「コンコン」と、ドアをノックする音がした。
僕は、『ついに来たな』と声に出して言うと、深いため息を一つ吐き、憂鬱な気持ちを携えたままドアにゆっくりと近づいた。
「少々お待ちを。今開けます」
と、僕が言いかけたその時だった。鍵を外そうと手を伸ばした瞬間、その鍵がいきなり自動で動いた。それはまるテレキネシスのような不気味さで。
え?……待って? 鍵はまだ彼には渡してないはずだけど……。
僕は机の上に置かれた鍵に一瞬目をやった。
その時、かちゃりと鍵が外される音がしたかと思うと、部屋のドアが物凄い勢いで開いた。
「遅い」
それは、脳内でエコーがかかったように響き渡る深みのある声だった。頭が一瞬真っ白になるような。
僕は呆然と目の前の男を見つめると、その男は部屋の前で偉そうに腕組をしている。
「遅い、遅い、遅い」
その男は三回『遅い』を連呼すると、ズカズカと部屋の中に入って来る。
宇宙人とは、お互いに翻訳機能のついたチップを利き耳の耳たぶに埋め込んでいるから、初対面でもいきなり会話ができるようになっている。自分の耳には、宇宙人の言葉が、自分の国の言語に翻訳されて聞こえてくるという代物で、銀河系の星で共通に使われているものだ。
彼の左耳の耳たぶが小さく緑色に光ったということは、この男が噂のアルキロス星人だろう。しかし、こんな態度の悪い宇宙人はこの男が初めてだ。
「お、遅いって、僕はノックをされてからすぐにドアを開けようとしましたけど?」
その理不尽な言い草に僕の声は荒ぶる。ましてや勝手に鍵を開けるなど失礼千万。
え? あれ? でもどうやって開けた?
僕はそれに気づくと、もう一度机の上に置かれた部屋の鍵を確認する。
「早く開けようとしただと? 俺には三分くらい待たされた気がしたぞ?」
アルキロス星人は、また頭の中を掻き乱すような超重低音ボイスでそう言った
三分? もしかして、この宇宙人と僕らとでは時間の感覚にズレでもあるのか? でも、だったら何で今日こんなに遅刻してくるんだよ!
「いや、絶対三分は待たせていないと思います。もしかして、時間の観念が僕たち地球人とは違うんですか?」
僕は素直に疑問に思いそう尋ねた。
「ああ、それはあれだ。俺たちはテレキネシスを使えるから、時間を無駄なく使えるんだ。早い話、待つことをしないってことだな」
なるほどな、ただのせっかち宇宙人野郎ってことか……。
アルキロス星人のことを、初対面で『最悪』と判断するのは早計だろうか。でも、僕には出会った瞬間から不快感しかないのだが。僕はイライラしながらつま先を小刻みに鳴らした。
「あの……だったらすみません。この部屋には鍵というものがあるんです。今度からはこれをちゃんと使ってください」
僕は机の鍵を手に取ると、それをアルキロス星人に渡した。
「ああ、そうか、ついいつもの癖でテレキネシスを使ってしまったからな。本当は自分の星以外でこの力を使ってはいけないんだが、まあ、バレなければ良い」
「バレなければって……これからはその力をあまり使わない方がいいですよ。郷に入れば郷に従えです」
僕は、この宇宙人のペースに負けないよう強気にそう言った。
父親からは、この星賓クラスの相手方は、自分たちの立場を気にせず普通に接してほしいと言っていると聞いている。だから僕は、勇気を出して思ったことを言ってみる。
「郷に入れば郷に従え?……はっ、意味が分からない」
アルキロス星人は無表情でそう言うと、ぐるっと興味深げに部屋を見渡した。
『むかつく奴だな』という顔を、僕は今露骨にしているかもしれない。そんな表情を隠しもせず、僕は目の前の宇宙人を、頭の先からつま先まで繁々と見つめた。
身長は僕の頭一個分近く高い。一七〇センチの僕と比べると一九十センチ近くある気がする。スタイルは地球人のモデル並みに良い。特に足が嫌味なくらい長いのと、顔が異様に小さい。髪型は、肩まで伸びたウエーブがかった黒髪に、エメラルド色の髪が絶妙なバランスでメッシュになって入っている。その艶のあるエメラルド色の髪の輝きが半端なく眩しくて、僕は高速で瞬きをさせられる。
瞳は、透き通った美しい白目の中に、地球人よりも少しだけ大きく見える黒曜石のようなしっとりとした黒目が存在している。肌は健康的な小麦色で、西洋人風というよりは、アジア人と南米系のハーフのような容姿だと言うと分かり易いかもしれない。
ぱっと見は、髪を染めカラコンを入れた地球人と間違われるかもしれないが、よく見ると、眉毛の上から頬骨の辺りにかけて、植物の葉を象ったようなデザインの、これもまたエメラルド色をした刺青のような痣がある。それは正面右側だけにあり、わざとしているのか、肩までの髪をその痣が見えるように耳にかけている。その耳は、耳の上部が隆線形な地球人とは違い、ウサギのように尖っている。
服装は、詰襟の付いた軍服のような深緑色のジャケットに同色のズボンを履き、ウエストを艶消しされたシルバーのベルトで締めている。足元は、テカテカと光る黒いショートブーツを履いているせいで、脚長効果が悔しいくらい発揮されている。
まあ、早い話し、すこぶる美麗だということだ。もうとんでもなく嫌味なくらいに。
僕は内心SF映画の主人公の適役になる宇宙人を思い浮かべる。主人公を食ってしまうような魅力があり、下手したら主人公よりも人気になってしまうようなキャラを。その俺様風な冷たさとカリスマ性にハマってしまう人続出みたいな感じ。
ったく……映画の見過ぎだよ、もう。
僕は自分に突っ込みを入れると、何だかとてもむなしい気分に襲われる。
「ここが、俺が使う部屋か。日本風ではないが、まあ、悪くない」
アルキロス星人は偉そうにそう言うと、いきなりすっと僕の前に手を差し出した。
「よろしく。俺の名はヴァレリオ。本当はもっと長ったらしい名前だが、憶えられないだろうから省略する。年齢は多分お前と同じだ」
僕は、ヴァレリオと名乗る宇宙人の手を渋々取ると、軽く握手を交わした。
「よろしく。僕の名前は工藤摩央(くどうまお)。年齢は二十歳。この大学の二年生。趣味は映画を見ることと作ること」
僕はいつも通りの自己紹介をする。
「映画?」
ヴァレリオが『映画』という単語に食いついてきたが、僕はそれに反応する気力などなく、わざと聞こえないふりをする。
「そうだ。そろそろ夕食だと聞いた。早く食堂に案内してくれ」
映画への興味は既に薄れたのだろうか。ヴァレリオは切り替え早くそう言うと、僕を顎で使おうとする。
「はあ、今案内する。付いてきて」
僕は投げやりにそう言うと、面倒くさい宇宙人を部屋から食堂へと連れ出した。
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