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第3話

 食堂で夕食を食べながら、僕はヴァレリオから色々と話を聞いた。食堂にはヴァレリオ以外にも留学生がいたようだった。今回、アルキロス星からは、ヴァレリオを含めて四名の留学生が来ており、どうやら残りの三人は、ヴァレリオのSPということだった。ということは、ヴァレリオという男は別格中の別格ということになる。  どのように別格かと言うと、アルキロス星は絶対君主制の星で、ヴァレリオはなんと、その星の七代目の王子だというのだ。  その事実には僕もさすがに驚いた。でも、ヴァレリオたちは、王族だということを意識せず普通に接して欲しいようだから、僕はこのままこの態度を貫こうと思っている。少し不安だけど。  地球では絶対君主制の王国は中東諸国ぐらいにしか存在していないが、アルキロス星では、ヴァレリオの王族が政治経済を司っている。多分、地球よりかなり小さいアルキロス星の規模だから、それが可能なのだと思う。  経済に関しては、アルキロス星に存在する天然資源がかなり特別なモノらしく、それを他星に輸出することで成り立てているらしい。  今回ヴァレリオは、アルキロス星の代表として、日本がアルキロス星の資源を輸出する国として適しているかを、留学生という立場で調査に来た。  アルキロス星は本当に小さな星らしく、地球全体と貿易を行うには規模が大き過ぎてしまい、日本ぐらいの先進国が貿易相手にはちょうど良いとのことらしい。  夕食を済ませた後、風呂で体を綺麗にする習慣のないヴァレリオと留学生は、自分の星から持ち込んだ専用カプセルを自室に置き、それに入って体を綺麗にする。繭のような形をしたそのカプセルは、体の大きい男が余裕で入るサイズだ。その物体は昔々の日本にあった、人工的に体を黒く焼くマシーンに似ている。なぜそれを知っているのかと言うと、僕の好きな映画に出てくるからだ。そのマシーンに好んで入るのは、ギャルとギャル男という若い男女が多く、僕にはその風貌がとても滑稽で、そのせいで強く印象に残っている。  日本にもアルキロス星のそれに似た風呂のようなものはある。でもそれはアルキロス星のものと比べると格段に性能は落ちるのにとてつもなく高価だから、全く大衆化していない。だからこの寄宿舎も、日本古来の『風呂』というスタイルを利用せざるを得ないでいる。  寄宿生の部屋には浴室は付いておらず、風呂は共有で使っている。寄宿生の半分以上はシャワーしか浴びないが、一応浴槽はちゃんとある。僕の父親が、『浴槽に浸かる派』だからなのかもしれないが、詳しくは知らない。  だからこそ、せっかく日本に来たのだから、この部屋の日本式の風呂に入ったらどうだと僕は勧めてみたが、ヴァレリオはそれを拒んだ。理由は単純だった。水が怖いからだ。何故怖いかというと、アルキロス星は大気が汚染されているせいで、人々はバリアで守られた超巨大屋内空間で生活している。水は大気中の水蒸気を冷却装置で凝縮させ、それを浄化させたものを飲料水や生活用水として使っている。そのような状況では、水はとても貴重で高価だから、体を水に浸からせるなど、怖いし恐れ多いしで、とてもじゃないけどそんなことできないということらしい。  だからもちろん、地球でいう海や山や川のような本物の自然はなく、プロジェクションマッピングをさらに進化させたような映像技術で、さもそこにあるようなリアルさで、偽物の自然を映し出しているらしい。その技術は高く、五感のすべてを使って堪能できるくらいのクオリティーで、地球人は、川や海に入ったり山に登ったりして本物の自然と戯れるが、アルキロス星人は、自然というものをバーチャルな世界で味わうことしかができない。  確かに地球にも、僕みたいに出不精で、自然と関わることが余り好きではない人間は多いが、僕はこのクソみたいな大学でも、この山に囲まれた景色は嫌いではない。  この感覚は何だろう? これは地球人が太古の昔から持っている本能的なものなのだろうか? 植物の緑や、土の茶色や、海の青さがないと、我々地球人の心は落ち着かないようにできているのかもしれない。それは、バーチャルでも自然と戯れようとするアルキロス星人も同じだろうか? まあ、別に興味ないけど。  僕はぼんやりとそんなことを考えながら、自分の部屋にある浴室でシャワーを浴びた。今までの一人部屋には浴室はなかったが、この豪華な二人部屋には浴室が付いている。その前までは共有の浴室に入るしかなく、同じ大学の男どもと否が応でも裸の付き合いになるのが毎日とても煩わしかった。だからこれは意に反してとても嬉しい。悔しいが本当に嬉しい。  僕が風呂から上がると、ヴァレリオは荷造りを既に済ませ、自分の空間を快適に整えていた。さすが時間を無駄にしない宇宙人だけあって、その行動は素早い。僕が風呂に入っていた時間はだいたい三十分くらい。多分僕が風呂に入っていたことを良いことに、テレキネシスを使っていたに違いない。  ヴァレリオは既に寝間着に着替えていた。それは、ここの大学生が着る専用のパジャマで、白地に紺の細めの縦ストライプが入ったデザインに、胸元にはこの大学の名前が刺繍されているという、泣きたくなるほどダサいものだ。  綿素材のパジャマは質の良い睡眠に効果的という、僕の父親の勝手な押し付けだったりするから、余計に腹が立ってしょうがない。  僕はそんなムカつくパジャマを素直に着ているヴァレリオに驚きながらも、その姿がおかしくて思わず笑った。 「何がおかしい?」  ベッドに横になりながら、空中に表示されている透明なディスプレイを見ながらヴァレリオがそう言った。 「いや、別に……あ、またテレキネシス使ってる」  僕は自分のベッドに腰かけると、ふわふわと宙を舞う服を見つめながら、嫌味ったらしくそう言った。ヴァレリオは、ディスプレイ見ながら脱いだ服をクローゼットにしまっている。 「構わないだろう。どうせお前しかいない」 「ふん。開き直ってムカつく。それに僕はお前じゃない。摩央だから」  僕はヴァレリオにお前呼ばわりされることに腹が立ち、そう言った。ちなみに僕はヴァレリオが同い年と聞いてから、速攻、敬語を使うのをやめている。でも、王子様相手にこんな態度を取って本当に良いのだろうか? 僕はまた一瞬不安になる。でも、ヴァレリオとルームメイトになることは、あの傲慢な父親が勝手に決めたことだから、僕に責任はないと思い直す。 「……地球人はすぐ感情的になる……」  ヴァレリオは僕をまっすぐ見つめると、そうしみじみと言った。 「お前と摩央とに明確な違いなどあるのか? 翻訳機が勝手にそうしてるだけだろう?」 「……うーん、それはだから、僕のことをお前呼ばわりするってことは、ヴァレリオが無意識に僕のことを蔑んでるってことになるんだと思う」  僕は思ったままをそのまま口にした。相手はどうせ二度と会うことのない宇宙人だし、王子様でも僕は忖度をしたくない。 「……なるほどな。地球人はそんな風に捉えるのか……益々興味深い」  ヴァレリオは何度も小刻みに頷くと、宙に浮かぶディスプレイをまた凝視した。 「何してるの?」  僕はヴァレリオの行動が気になりそう尋ねた。 「記録をしている。気づいたことはすべて」  へー意外と真面目に勉強しようとしてるんだ。  僕はそんなヴァレリオの真剣な横顔をしげしげと見つめた。  横顔も完璧なほど整っている。鼻の稜線が美しく、もし滑り台だったら、さぞやスムーズに滑り落ちて楽しいだろうと想像してしまう。 「何を見ている?」  ヴァレリオがディスプレイを見つめたまま僕に言った。 「いや、別に……」  僕がそう言うと、ヴァレリオは突然、地球人であるの日本人の口癖は『いや。別に』だ。と声に出して言った。 「それ違うし」  僕は、ベッドからヴァレリオのディスプレイを覗き込む仕草をすると、『記録したの?』と尋ねた。 「ああ、記録した」  ヴァレリオはドヤ顔に近い顔でそう言った。 「やめてよ。ちゃんと日本人のこと知りたいなら、僕じゃなく別な誰かを観察した方がいい」  僕はそう言うと、歯を磨くためにベッドから降りた。 「何を言っている? 一緒の部屋に住んでいる人間を観察するのが一番効率的じゃないか。そうだろう? 摩央」  僕は、急に自分の名前を呼ばれてドキッとする。 「そうだ、さっき自己紹介をした時、摩央が言った『映画』とは何のことだか教えろ」  ヴァレリオはまた上から目線で僕に指図する。この男が生きてきた環境を考えれば、自分以外の殆どの人間が、自分よりも身分が下というのは頷ける。でもここは地球だ。日本だ。そんなの関係ない。 「僕言ったよね? 郷に入れば郷に従えって。ヴァレリオはアルキロス星ではすごく偉いけど、ここは地球という星の日本という国だよ。人にものを頼む態度をちゃんと弁えた方がいい」  僕の言葉に気を悪くしたのか、ヴァレリオは全く感情の読み取れない無表情な顔を作った。 「……『地球人はすぐに感情的になる』これは忘れずに記録しなければならない」  ヴァレリオは抑揚のないロボットのような言い方でそう言った。 「悪かったね。感情的で」  僕はふてくされたように言い返したが、ヴァレリオは、「俺は眠い。いつか詳しく『映画』について教えろ』とまた偉そうにそう言ったかと思うと、突然電池の切れたおもちゃのようにピタリと動かなくなった。 「……え? 寝ちゃったの?」  僕は驚いてヴァレリオを見下ろした。『スースー』と気持ちよさそうに寝息を立て始めたヴァレリオを見ていると、僕は何だか憎らしくなってきて、思わず『ベェー』と言って舌を出した。

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