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第4話
僕の友人に竹ノ内照という男がいる。とても能天気で明るく、僕とは正反対な男だ。とにかく人間という生き物に興味がある人間大好き男だから、面白そうな人物がいたら躊躇わず関わろうとする。それで良く痛い目に合ったりするが、全く懲りない鋼メンタルの持主だ。しかし、照のその、人間に対する飽くなき好奇心は一体どこから生まれて来るのだろう。僕は心底感心してしまう。それは宇宙人に対しても変わらない。むしろそのボルテージは余計に加速する。
照は、僕とヴァレリオと同室になった夕食の時、家の事情で休暇を取っていた。だから僕とヴァレリオが同室になったことをまだ知らなかった。でも、休暇を終えて大学に戻った照からメッセージをもらったのは、ヴァレリオと同室になってからちょうど一週間が過ぎた頃だった。
手首に埋め込まれているチップには翻訳機以外にも様々な機能が集約されている、このチップは銀河系のどの星でも使える、銀河系共有のものだから、もちろんヴァレリオも使っている。ただ、性能に関しては格差が桁違いだから、ヴァレリオの埋込式端末がどこまでのことができるのか想像すると恐ろしい。もしかしたら人の頭の中を覗くなど朝飯前なのかもしれないが、その機能に関しては、生まれつき以外は、宇宙の法律で開発してはいけないことになっているからまず大丈夫だろうと思いたい。テレキネシスもそうだ。持って生まれた能力でない限り、科学を使ってそれらの力を手に入れることは許されていない。でも、持って生まれた能力を、本当は他星で使うことは禁止されているのに、人が見ていないところでテレキネシスを使うヴァレリオみたいな宇宙人もいるから油断はできない。
照からのメッセージを受信したのは、午前中の退屈な講義を受けている時だった。僕の手首が赤く点滅しながらメッセージの受信を知らせている。僕は講義の合間の休憩時間に、メッセージを見るため透明なディスプレイを目の前に表示させた。そこにはこんな言葉が並んでいた。
『昼飯を一緒に食おう。食堂のいつのも場所で待ってる。噂の宇宙人も誘ってくれ』
僕はそのメッセージを読んで深いため息が零れた。何となく気が進まないのは何故だろう。
『了解。ちなみにその宇宙人の動向が僕には分からない。朝起きたらもういなかったから』
僕が朝目覚めた時にはヴァレリオの姿はなかったし、朝食の時もいなかった。留学生は特別なカリキュラムだから僕たちとは教室は別だ。でもきっとお昼の時間に食堂で会えるだろう。
『多分食堂で会えると思う。その時捕まえる』
僕はそう送ると、ディスプレイを消した。
午前中の講義が終わると、僕は真っすぐ食堂に向かった。この大学の食堂は、一度にここの学生すべてが入れるくらいバカでかい。だからヴァレリオを探すのは中々容易ではないが、オーラが半端ない男だからすぐ見つかるはずだ。
僕はヴァレリオの特徴的な髪色を目印に、キョロキョロと目を動かしながら探した。
「何をしている?」
その時背後から、あの聞き覚えのある、ウザイくらい脳内に響き渡る低音ボイスに声をかけられた。
「うわっ」
僕は心臓が飛び跳ねるほど驚くと、慌てて後ろを振り返った。
「ヴァ、ヴァレリオ! び、びっくりするじゃないか!」
僕は声を裏返しながらそう言った。
「はっ、ただ声をかけただけなのに、何故地球人はそれほど驚くのか謎だ」
ヴァレリオは眉間に皺を寄せながら、心底理解できないという表情を見せた。
「……そ、そういうものなの。地球人はね、不意な刺激に過度に反応するようにできてんの」
僕はイライラしながらそう言った。
「ところで、僕が起きた時にはもういなかったけど、朝早くから何してたの?」
僕は気になっていたことをヴァレリオに尋ねた。
「朝五時に起きた。その時間が俺の自律神経を整えてくれるとこいつが勝手に判断した。おかげで退屈だったから、この大学内を散策していた」
ヴァレリオは抑揚なくそう言うと、自分の手首を指さした。
「ああ、なるほどね。その埋込式端末は、僕のとは比べものにもならないくらいすごいんだね」
僕は棒読みでそう伝えると、『ランチを一緒に食べよう』とヴァレリオを誘った。ヴァレリオは『ああ』と言い、僕の誘いを受けた。
ここでの食事は、様々な星からの留学生に対応できるように、それぞれの星の食事が用意されている。すべての栄養素が満遍なく入った健康的なメニューが、蓋つきの透明なケースにワンプレートになって入っている。どのケースにするかを僕たちがボタン一つで選択するから、食堂には調理員なる者はいない。
ケースが入っている大きな機械の前に並び、食べたいケースの番号を押すと、目の前に5秒も経たず現れる。
僕は周りから『食べ飽きないのか?』と聞かれるほど毎日お昼に食べている、カレーライスのケースを迷いなく選ぶ。カレーに外れはない。というか、これは最早中毒の領域かもしれない。
ヴァレリオはアルキロス星用の機械の前まで行き、何種類かのケースの中から一つを選ぶと、僕のところに戻ってきた。ヴァレリオの手の上のケースには、表現しづらい変な色をしたゼリー状のチューブが1本と、ピンク色をしたタブレットが2個と、緑色をしたカプセルが3個あるだけだった。
僕はそれを見て、一瞬で食欲が無くなりそうになったが、気合で気を取り直すと、『ついてきて』とヴァレリオに言った。
僕は躊躇わずいつもの席に向かった。そこは、屋外にあるランチ用のテーブルで、僕のお気に入りの場所だ。目の前には大きな噴水があり、そこからのマイナスイオンを浴びるのが好きだし、芝生が張られた広大な庭に、今の時期なら色とりどりに咲き乱れる薔薇のアーチを見るのも悪くない。
テーブルには既に照がいた。足を組みながら退屈そうに透明ディスプレイを見ていたが、僕とヴァレリオに気づくと、あからさまに表情がパッと明るくなった。
「おお、摩央! こっち、こっち!」
照はテーブルから立ち上がると、ブンブンと手を振った。
「待たせてごめん」
僕はそう言うと、4人掛けのテーブルに、いつもの癖で照の隣に座った。ヴァレリオは必然的に僕と向かい合わせの席に座ることになる。
何故、わざわざ照の隣に座るのかと言うと、僕が自分の実力を磨くために勝手に作っている映画に、照が役者として出演しているからだ。いつもランチタイムには、透明ディスプレイにその映像を映し出し、二人であーだこーだと映像をチェックしている。お互いにダメ出しをしては、どうしたらもっと面白い作品になるかを、暇があれば試行錯誤をしているからだ。
以前照に、僕の作る映画に出演を依頼したら、照は『面白そう』と二つ返事で引き受けてくれた。この男は、チャレンジ精神旺盛かつ役者も務まってしまう器用な男だ。見た目も高身長で、少しチャラい感じがするハンサムだが、何よりカメラ映りがとても良い。
映画監督志望の僕から見ても、照は役者として華があるし、そして何より演技力がある。だから僕はその道に進むことを密かに願っているが、この大学に入学したのは本人の意志で、将来は宇宙飛行士(国内に数十人の狭き門)になり女性にモテまくり、最終的には女優と結婚することが夢らしく、(だったら、俳優になった方が手っ取り早いと思うが)非常に残念な気持ちは否めない。
僕は、本当はこの間コンクール用に撮ったショートムービーの感想を今すぐ照に聞きたかったが、照の関心はヴァレリオ一択だった。
「おお、彼が噂のアルキロス星人? いやー、俺が今まで見た宇宙人の中で一番美形だ」
照はヴァレリオを見るや否や感嘆の声を漏らした。
「そう。名前はヴァレリオ。なんとアルキロス星の王子様。でも、王子様でも特別扱いは嫌なんだって。だから普通に接して構わないんだよね?」
僕はヴァレリオをちらっと見つめそう言った。
「ああ。構わない」
ヴァレリオは表情一つ変えずそう言うと、優雅に足を組み替える。
「でもさ、父親が勝手に僕のルームメイトにしたんだよ。ほんと傲慢な人だ」
僕はヴァレリオの前なのにも関わらず苦々しくそう言った。
「おいおい、王子様の前でそれ言うなよ……えーと俺は、摩央と小学校からの友人の竹ノ内照。よろしくね、ヴァレリオ王子」
照はいつものように元気に挨拶をすると、握手を求めようと手を伸ばした。
「……竹ノ内照……摩央の友人か。摩央とはタイプが全然違うな。地球人は見た目の違いが激しい」
ヴァレリオはぶつぶつとそう言うと、僕と照を交互に見つめながら照と握手を交わした。確かにヴァレリオ以外のアルキロス星人は皆体格も一緒で顔も美形だ。ただ、王族だけあって、ヴァレリオだけが異質で、他のアルキロス星人とはオーラが違う。
「あ、そうだね。摩央は女の子みたいな可愛い顔してるからね」
照は何故か嬉しそうにそう言うと、僕の肩を抱いて引き寄せた。
「やめろ、離せ」
僕は嫌がって照の脇腹を肘で小突いた。
「いったー。そんなことするとな、この間撮ったショートムービーの感想教えないぞ。コンクールまであと半年しかないのに」
照は顔をしかめながらいたずらっぽくそう言った。
「え? そ、それは困る……で、ど、どうだった?」
「それは後で。俺が今晩摩央の部屋に行くから。そこでな。よし、とりあえず今は飯食おう」
照はヴァレリオのランチケースの中を見るとギョッとした顔を作った後、僕のカレーを見て『またかよ』と、もう何度目かも分からない突っ込みを入れてくる。
「今、映画と言ったな? 摩央、俺はまだ映画について説明されてないぞ。いつ説明してくれるんだ?」
ヴァレリオが、変な色のゼリーのチューブをチューチューと吸いながらそう言った。その仕草があまりにも不釣り合いで、僕は思わず吹き出しそうになる。
「それは、うーん」
僕は、その頼みを覚えてはいたけど、正直気が乗らなくて思わず口ごもった。
「そんなの、俺が今晩摩央の部屋に行くから、そこで、摩央の撮った映画見せながら説明すりゃいいじゃん……あ、もしかして、俺以外の人間にオタクスイッチ入っちゃった自分を見せたくないとか?」
照は意地の悪い顔をすると、僕のカレーを勝手に一口掬って食べた。
「びみょー。摩央、何でこんなの毎日食ってんの?」
「悪いかよ」
僕はそう言うと、自分のカレーを抱え込むようにガードした。
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