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第29話
一週間後アルキロス星からヴァレリオを送還するための使者が来た。ヴァレリオのクローンロボットと、三人のSPたちは、誰からも怪しまれることなく宇宙船に乗り込み、無事使者たちを欺くことに成功した。僕たちの方は、父親の用意してくれた宇宙船に乗り込み、一日遅れでアルキロス星に向かっている。
初めての宇宙船に、僕と照は正直恐怖しかなかった。宇宙船に乗るための訓練を受けてはいるが、いきなりの実践に、極度の緊張に苛まれていた。途中僕たち二人は、ワープによるもの凄く強いGに意識を失いそうになったが、何とか乗り越えた。
僕の体調はあまり良くない。時たま体から力が抜けてしまうことがあるが、宇宙船内の無重力空間では、その症状はあまり目立たずに済んでいる。でも、日に日に自分の体がおかしくなっていくのは事実だ。僕はその事実を自覚する度に、恐怖と焦燥感に全身が包まれてしまう。
丸10日をかけてアルキロス星に着いた。しかし、何故ヴァレリオは、僕と照をアルキロス星に連れて行くのだろうか。ヴァレリオから計画を教えてもらえてないのだから分かるわけもない。でも僕は、ヴァレリオに言われるまでもなく一緒に付いていくつもりでいた。そうしなければ、もう二度と、ヴァレリオに会えなくなるような気がしてしょうがないからだ。
アルキロス星の宇宙ポートからの着陸許可を得るために、異星生物接触プロトコルとの通信を始める。でも、僕らが日本人だと気づかれてしまったら、着陸許可など下りないのではないかと、僕は訝しんだ。
正面モニターに大きく、異星生物接触プロトコルの職員が映っている。彼らは、こちら側にいるヴァレリオに気づくと、大きく目を見開くのが分かった。
「こんにちは。諸君。今そっちでは大変な騒ぎになってはいないか? 王子が偽物だと王が怒り狂っている、とかな……」
「な、何故それを……」
プロトコルの職員は、口をあんぐりと開けたままヴァレリオを見つめている。
「俺が本物だからに決まっているだろう。なあ、君たち、俺の命令だ。今すぐ宇宙船の着陸許可を出せ」
ヴァレリオは高圧的にそう言うと、職員たちに一瞬で強い緊張が走るのが分かった。
「ヴァ、ヴァレリオ様。申し訳ありませんが、そちらにいるお二方は、もしや日本人ではありませんか? もしそうでしたら、王の命令でそれは不可能です」
職員は丁寧な口調でヴァレリオにそう伝えた。
「なるほど。父は相当日本人が嫌いらしいな……大丈夫だ。例え君が着陸許可を出しても何のお咎めもない。俺が責任を取るから安心しろ。むしろ、ここで許可を出さないことを選んだ時の方が、どうなるかを危惧した方がいい」
ヴァレリオの脅迫じみた言葉に職員は顔を歪ませると、「了解しました」と静かに答えた。
「へえ、かっこいい。カリスマ性ヤバい」
照はモニターの前に座るヴァレリオの肩に手を置くと、驚いたような口調でそう言った。
「当たり前だ。ここをクリアしなければ元も子もない」
ヴァレリオはにやりと笑うと、宇宙船は着陸準備に入った。
アルキロス星には本物の自然はないと聞いていた。やはり僕の目に映る球体は地球のように青や緑で覆われておらず、シンプルにグレーがかった色をしている。大気も汚染されているらしく、星に近づくにつれ巨大バリアが確認でき、僕は改めて地球の素晴らしさを実感する。
宇宙船を降りるや否や、僕たちは宇宙ポートの職員に取り囲まれた。想像はしていたが、やはり物々しい雰囲気に僕と照は息を呑んだ。でもヴァレリオは、想定内だというような表情をして、余裕をかましている。
「王からの命令です。今すぐ星王府に来てくださいとのことです。どうぞこちらにお乗りください」
宇宙ポートの職員に案内され、僕たち三人は、用意された乗り物に乗せられた。それは地球の電動垂直着陸機とは比べものにない代物で、僕と照は驚きの余り顔を見合わせ絶句した。
この完全自動運転の恐ろしく快適な乗り物に乗りながら、僕は、上空からアルキロス星を観察すると、すべてが地球とは違うことに驚いてしまう。何と言ったら良いのだろう。この星にすべてが寸分の狂いもなくシステマティックに動いているような感じだ。それはアルキロス星人も同じで、彼らの行動は既にプログラミングされているかのように無駄がなく優雅だ。だからこそその完璧さが、ひどい無機質さを強調し、僕たち日本人の心には、それがとても不自然に映る。
「あれは本当にロボットじゃないのか?」
照が大きな窓にへばりつきながらヴァレリオに問いかけた。
「ああ。まだ地球に留学して数か月だが、俺にもそう見えるようになった」
ヴァレリオは皮肉交じりにそう言うと、シートにゆったりと腰かけ、足をゆっくりと組んだ。
「さてと、我々は父がいる星王府には行かない。まずはアルキロス星の電波をジャックすることから始める」
ヴァレリオはそう言うと、乗り物の中にいる三名の宇宙ポートの職員に、一人ずつ近づいた。すると、職員たちはヴァレリオの言いなりになったかのように動き始め、三人は、自らシートに座ると、手に持ったロープのようなもので、自分自身をシートにぐるぐる巻きに縛り付けた。その間ヴァレリオは、乗り物の中にあるディスプレイをタッチし、今から向かおうとしている行き先をインプットしている。
「テレキネシスだ……」
僕が独り言のようにそう言うと、隣で照が『こんな時に役に立つとはな……』としみじみとそう言った。
ヴァレリオがテレキネシスを使い、無事目的地へ着いた僕たちは、この場所がどこなのか分からず困惑をしてしまう。もうそろそろヴァレリオの計画を聞かせてもらわなければ、さすがの僕も、我慢の限界というやつに突入している。
「ヴァレリオ! ここは何処?」
僕はヴァレリオの腕を掴むと、強い口調でそう言った。
「何を企んでるの?」
更にヴァレリオの前に立ちはだかると、僕はそう詰め寄る。
「もう少しで分かる……」
ヴァレリオは真剣な顔でそう言うと、バカでかい建物の入り口の扉の前に立った。すると、そこから緑色の光線が現れ、ヴァレリオの頭から爪先までを照らし始める。
「DNAスキャンだ。この扉は王族にしか開けられない」
ヴァレリオがそう言った直後、重厚そうなドアが自動的に開いた。
ヴァレリオは構わず建物の中に入ると、僕と照は必死にヴァレリオの後をついていく。
建物の中は異様に暗く、ここがどんな施設なのか全く分からなかった。ただひたすらヴァレリオの後をついて行くと、明るい光が見えてきた。それはこの建物のちょうど中央付近にあり、床から二〇メートルぐらいの高さに、青白く輝く四角錘のような形をした物体が浮かんでいる。
「あれが我が星の中枢であるAIだ。あれがこの星のすべてを管理している。今からあの
のAIをハッキングし、この星の公共の電波をジャックする」
ヴァレリオは驚くことをさらっと言うと、三角錘の形をしたAIが浮かんでいる場所まで行こうとしているのか、床から続いている、動く歩道のような物に足を乗せた。僕と照も慌ててヴァレリオの後に続くと、その歩道はまるで螺旋階段のように回りながら昇っていく。
ちょうど目の前にそのAIが来た時、その青白い光が眩し過ぎて、僕は思わず目を瞑った。次に目を開いた時には、僕たちはまた大きな扉の前にいた。
同じようにヴァレリオがまた緑の光線を浴び、扉のロックが解除され中に入ると、そこには部屋の半分を使っている強大なモニターと、そのモニターの前に沢山のカラフルなボタンが並んでいる。ここはいかにもAIを管理している部屋だと誰もが気づくだろう。日本もだいぶ進化をしてきたと思うが、この部屋のクオリティーには到底及ばない。
「さてと、始めるか」
ヴァレリオそう言うと、自らの手首から透明ディスプレイを出すと、そこにある情報をもとにしながら、カラフルなボタンをカタカタと打ち始める。
「え、え、待って……ハッキングってヴァレリオがするの?」
僕は驚いて、ヴァレリオの手元に目を奪われながらそう言った。
「当たり前だ。俺以外に誰がいる? この施設には王族しか入れない。王族以外の星民はこの施設の場所すら知らない」
「え? じゃあ、さっきの宇宙ポートの職員たちは? バレたんじゃないの?」
照は心配そうにそう言うと、ぐるっと部屋の中を見渡した。
「大丈夫だ。俺のテレキネシスでこの場所に着く前に眠らせている。そして、ここに着いた時点で、眠らせたまま宇宙ポートに戻るように設定しておいた。俺と星民ではテレキネシスの力に差がある。多分父よりも、この星では俺が一番この力が強いはずだ。但し、半径三十メートル圏内でしか通用しない」
「やばいね。半径三十メートル圏内とはいえ、ヴァレリオが一番最強ってことじゃん」
照は室内をぐるぐると動き回りながらそう言った。
「一時間くらい時間をくれ」
ヴァレリオはそう言うと、またカラフルなボタンをカタカタと打ち始める。
どのくらい経った頃だろう。僕と照は疲れてしまい、二人で寄り添いながら椅子に腰かけ居眠りをしていた。
「できたぞ」
室内に響くヴァレリオの声に、僕と照は目を覚ますと、目の前のスクリーンには、立派な建物の映像が映し出されている。
「ここは……」
僕は寝ぼけ眼を凝らしながらスクリーンを見つめた。
「父の住む宮殿だ。まあ、俺の家でもある」
スクリーンに映る宮殿は、アルキロス星独自の文化と芸術で施されているのが一目で分かるもので、それは一種独特の雰囲気を放っていた。屋根や壁などの素材も、多分日本には存在しない原料で作れているに違いない。
映像は建物の外観から、突然大きな広間のような場所に移った。柱が左右に等間隔に並んでいる広間をカメラが移動していくと、次は、大きな部屋の映像が映った。そこには重厚そうな椅子とテーブルがあり、その椅子に一人の男が座っている。その男は、組んだ両手をおでこに当て、何かを深く思いつめているような、そんな様子を醸し出している。
「あれが俺の父だ」
ヴァレリオはそう言うと、ふうっと一息深呼吸をした。
「父上。お久しぶりです。ヴァレリオです」
ヴァレリオは突然スクリーンに向かってそう言った。
スクリーンに映るヴァレリオの父親は、ヴァレリオをそのまま老けさせたような渋い男前だが、ヴァレリオとはまた違う、王様独特のオーラがこれでもかと色濃く漂っている。
ヴァレリオの父親はヴァレリオの声に気づくと、カメラ目線で僕たちの方を見つめた。
「ヴァレリオ! お前、今どこにいる!」
ヴァレリオの父親は椅子から立ち上がると、テーブルをだんっと強く叩いた。
「こちらは父上も良く知る場所です。そちらのスクリーンに映っている映像を見ればわかりますよね?」
ヴァレリオは落ち着いた口調でそう言うと、僕と照に、もっと自分の近くに寄るようにとジェスチャーをした。
僕と照はヴァレリオの突然の行動に驚きつつも、言われるがままお互いに、ヴァレリオを挟むようにして立った。
「何故そのような場所にいる? お前は一体何を企んでいる?」
ヴァレリオの父親は、怒りを内包させた凄味のある声で、そうゆっくりと言った。
「ここで俺がちょっと悪さをしました。はい。アルキロス星の電波を俺がジャックしたということです。もう既にこのやり取りは、アルキロス星のすべての星民に放映されています。そして、今から流す映像は、この俺の隣にいる『工藤摩央』という青年の作った『映画」というものです。そしてこの作品には、こちらの『竹ノ内照』と『俺』が役者として出演しています……今更俺を止めようとしても無駄ですよ。この映画は何度もリピート再生するように設定していますから。それを止めさせるのは、俺にしかできません」
ヴァレリオは、僕の映画を今から何度もアルキロス星で放映すると言っている。僕はそれを瞬時に理解できず、思考が一瞬停止してしまう。
「ヴァ、ヴァレリオ、君は……」
僕はその先の言葉が出て来ず、ただヴァレリオの瞳を見つめることしかできない。
ヴァレリオは僕から目を逸らすと、黄色のキーを軽く一回叩いた、するとスクリーンが二つに分割され、ヴァレリオの父親がいる宮殿の映像と並んで、僕の映画が流れ始める。
「父上。聞いてください。俺は日本に留学して摩央に出会い、役者というもの経験しながら、豊かな感情というものを学びました。俺が摩央の作った映画を流すのには理由があります。もし、アルキロス星人たちが、この映画を見て少しでも心に響くものがあるとしたら、それは、我々にも本来豊かな感情というものが存在している証拠です。俺はそれを星民たちに失わせたくないと思ったのです。俺と同じように、星民たちにも感動やワクワクを感じてほしいと。そしていつか、誰かを本気で好きになる感情を味わってほしいと。この、工藤摩央を愛する俺のように……」
ヴァレリオは一旦そこで言葉を止めると、僕を真っ直ぐ見つめた。
「摩央。愛している。だから俺のことを一生忘れないでくれ……」
「え? ヴァレリオ? どういうこと?」
「そうだ、ヴァレリオ、何を考えてる?」
僕と照は、ヴァレリオを板挟みにしながら、慌ててそう問い詰めた。
「父上。俺の所業をどうかお許しください。俺は感情というものをフラットにすることで管理されてきたこの星に違和感を覚えました。でも、それはひどく自己中心的で愚かな考えでした。でも最後に、摩央の映画をこの星で放映した俺の我儘をお許しください。今後一切このような愚かな真似はいたしません。ただ、どうか最後まで摩央の映画を父上もご覧になってください。この映画の素晴らしさをどうか解ってほしいのです。そして今、摩央は不治の病に侵されています。摩央を救うためにはアルキロス星の資源が必要なのです。どうか摩央を救うために、資源を輸出する契約を今すぐ日本と結んでください。この条件を受け入れてくれるのなら、俺はどんな罰でも受けます」
ヴァレリオはそうきっぱりと言うと、僕を抱き寄せおでこに長いキスをした。僕は全身から力が抜け、頭が真っ白になった。想像したとおり、やはりヴァレリオは自分を犠牲にするつもりだったのだ。
「嫌だ、嫌だ……ダメだよ、そんなの……」
僕は喉を潰されたみたいに声が出ず、ヴァレリオに縋りながら絞り出すようにそう言った。
「そうだよ、ヴァレリオ。他にもっと手立てがあるはずだ! 早まるな!」
照はヴァレリオの両肩を掴むと、前後に強く揺さぶりながら苦しそうにそう訴えた。
「ヴァレリオ、アルキロス星の電波をジャックし、その日本人の映画を放映し、星民たちを洗脳しようとしている罪がどれだけ大きいものか、覚悟はできているのか?」
ヴァレリオの父親は、更に凄味を滲ませた重低音な声でそう言い放つ。
「はい。父上。覚悟はできています」
ヴァレリオは、僅かに声を震わせながらそう言った。
「……解った。直ちに日本との貿易を結ぶことを約束する。但し、お前の罪は……極刑に値するほどであるということを忘れるな……」
ヴァレリオの父親は、ヴァレリオと同じように声を震わせながらそう言った、僕はその言葉に一瞬で目の前が真っ暗になった。激しいショックに、どうやら僕はその場で気を失ってしまったようだった……。
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