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第30話
アルキロス星に三人で向かった日から半年が過ぎてしまった。その間僕と照はヴァレリオがどうなったのかを知らない。アルキロス星の言う極刑というものがどんなものかを僕たちはる知る由もない。もしヴァレリオに、幽閉し、自由を奪う以上の刑が執行されてしまったらと思うと、僕の体は恐怖で震える。
僕はあの時、ショックの余り気を失ってしまい、次に目が覚めた時には、照の腕の中にいた。その時、王族たちに捕らわれたヴァレリオの後姿が目に入った。僕はヴァレリオに声を張って何度も『行くな!』と叫んだ。
ヴァレリオは僕に振り返ると、声を出さずに口だけで『俺を信じろ』と言っていたのが、今でも強烈に心に残っている。
僕はこの半年間、ヴァレリオを忘れることはもちろん一度もなかった。ヴァレリオが僕の映画をアルキロス星人に見せようとしてくれた気持ちが、僕は今でも胸が張り裂けそうなほど痛くてたまらない。
ヴァレリオが、そこまで僕の作った映画を愛してくれていたことに、心の底から感謝の気持ちが溢れて止まらない。もし、僕の映画を見て、アルキロス星人の心に、一粒の『感動』の種みたいなものを植え付けることができたのなら、僕は映画監督になるという夢を達成したに等しいくらいの価値があると思っている。でも、今僕はそれを知る由もない。ヴァレリオの安否が分からない今、僕は心の三分の一が死んでしまったような日々を過ごしている。
僕が地球に戻って三か月が過ぎた頃、父親からアルキロス星との貿易が結ばれたと連絡が入った。僕はすぐに病院へ行き、アルキロス星から輸入された薬を投与された。経過は順調で、三か月たった今、僕の体は今までと変わらず、元気に動いている。
体は元気でも、心の三分の一が死んでいる事実を僕は正直に父親に話した。ヴァレリオと照を愛していることも。父親は複雑な表情をしたまま『私は摩央が今目の前で元気に生きていることが一番望ましい』とだけ伝え、僕を強く抱きしめた。
僕はその通りかもしれないと思ったが、あの時、僕は父親に、『父親はこんな僕でもただ生きてさえいればいいのか』『それは親のエゴじゃないのか』と、そんな憤りを強く感じていた。でも、父親の僕を思う心と、僕の中にはまだ三分の二も力があることを忘れてはいけないと、そう強く自分に言い聞かせたのもまた事実だった。
僕の隣には照がいてくれる。僕が生きていてくれることを父親と同じように喜んでくれる人がいる。そちらに目を向けて、ヴァレリオのことを少しでも考えないようにしなければ、僕は前に進むことができないのだから。
映画を作ることを再開しようと照と話したのは、一週間前の夜だった。僕の部屋で、二人で深く話し込んで決めた。お互いに何かに打ち込まなければ、ヴァレリオのことを思い出してしまう。それを避けるためにも、映画を作ることが今の自分たちに一番相応しいという考えに繋がった。
ただ、そうは言っても、きっと撮影が実際始まったら、僕たちはその度に、ヴァレリオが演じた青年を思い出し、ヴァレリオの面影を思い出すことになるのだろう。結局半年という時間が流れても、僕たちは、ヴァレリオという宇宙人の鮮烈な記憶を一つも風化できずにいることを、ただただ思い知らされることになるのかもしれない。
映画のコンテストにも、照の強い勧めで応募することにした。もし優秀賞を取るようなことになったら、僕は潔くその道を進もうと思う。多分それをヴァレリオも強く望んでいるに違いないから。僕にはそれが何となく分かるから。
前に進めるきっかけが少しでもあれば、僕たちはそれを見過ごすことは許されない。そんな気持ちで、ヴァレリオのことを乗り越えようと、二人で決めた。
今日は映画撮影の準備を始めるため、協力者と照とで大学の会議室に集まった。
でも、この会議室は以前、照とヴァレリオが喧嘩をしてしまった場所だということを、僕は部屋の中に入ってから気づいた。照がヴァレリオを殴ってしまった場所。どんなに気持ちを切り替えようと思っても、すぐにヴァレリオとの記憶に繋がってしまうことに、僕はまた、強い胸の痛みを感じた。
そんな僕に気づいたのか、照は僕に近づくと僕の肩を優しく抱いた。
「考えてることは一緒だろうな……あの時俺、すげーカッとなっちゃったから」
照はそう言いながら、あの時の自分を思い出したのか、恥ずかしそうに部屋を見渡した。
「そうだよ。アルキロス星の王子を殴るなんて、そんな大それたこと、照にしかできない」
僕は胸の痛みを気づかれないよう、笑顔を無理に作りながらそう言った。
「でもあいつ、自分を犠牲にしてでも摩央を救ったんだよ……俺、ヴァレリオには一生叶わない」
照は急に真剣な表情を作ると、僕の肩に回した手に力を入れた。
「そうかもしれないけど、照は溺れた僕を救ってくれたよ。ヴァレリオにもできないことはある」
「そうだけど……あいつ、ほんと、今頃生きてんのか、死んでんのかも分かんないなんて、辛すぎるよ……でも、きっと生きてるはずだよ。あいつが死ぬなんて、そんなこと想像できない」
照は自分に言い聞かせるように、まるで独り言のようにそう言った。
「だって俺が摩央を独り占めするの、あいつ絶対嫌だよ。もし死んでたら、幽霊になってでも邪魔してくるだろうから、今幽霊になって俺たちの前に現れないってことは、死んでないってことだな」
照は良いことを閃いたみたいな顔をしながら、自分を納得させようと話している。そんな姿が僕はひどく切なくて、こみ上がる悲しみをぐっと飲みこんだ。
「そうだね。そのくらいのことヴァレリオはしそうだね……だから、絶対に死んでなんかいない」
僕も照に合わせてそう言うと、少しだけ、ただ本当に少しだけ、心が軽くなるように感じた。
「今日の夜、摩央の部屋に行っていい?」
突然照が僕の耳元にそう囁いた。
「え? 別に構わないよ」
三人で交わした約束は、キスとオーラルセックスは二人でするのはオッケーだが、繋がることは禁止。ヴァレリオがいない今、そのルールはどうなるのだろうと、僕はぼんやりと考えた。
夕食と風呂を済ませた僕は、机に座り、次の映画の脚本の続きを考えながら照が来るのを待った。今度作る映画は、元気の出るコメディ映画にしたいと思っている。もし、本当にもし、また僕の映画をアルキロス星人たちに見てもらうことができたら、今度は違う角度からもっと彼らの感情を揺さぶりたいと思うからだ。でも、その可能性が低いのは十分分かっている。だからこそ余計、脚本が思うように進まないことも良く分かっている。
ヴァレリオ……会いたいよ。
僕はギュッと目を瞑ると、心の中でそう叫んだ。
「摩央」
背後で僕を呼ぶ声に気づき、僕はドアの方へ振り返った。
「ああ、照……困ったよ。脚本が全然進まない」
僕はあからさまに困った顔をして照を見つめた。
「焦るなよ。焦ってもいいもの書けないぞ……」
そう優しく言いながら照は僕に近づくと、椅子に座る僕の首筋に、背後から顔を埋めた。
「照、やめてよ、くすぐったい……」
僕は身を捩らせながら、照から自分の体を引いた。
「……そんな気分じゃないって? ヴァレリオのことが忘れられないから?」
照は悔しそうな顔を露骨に見せると、僕の首に強引に唇を這わせる。
「うんっ、やっ、照……やめっ」
僕はそう言って立ち上がると、照の肩を両手で強く前に押した。
「はあ、摩央、確認したいんだけど、ヴァレリオがいないと俺たちの関係ってもう成り立たないの? 今は俺と摩央しかいないんだぜ? ヴァレリオがいないことは俺だって辛いよ。でも、俺は摩央が好きなんだ。摩央は? 俺だけじゃだめなのか?」
照は、今まで我慢をしてきた感情をぶつけるようにそう言った。照の口から零れる言葉の意味が痛いほど分かるから、僕は本当に何も言い返すことができない。でも、ちゃんと伝えなければ誤解が生まれてしまう。
「違うよ。そうじゃない。照のことを僕は心から好きだ。それは何も変わらない。でも、僕はやっぱり諦めたくないんだ。ヴァレリオがひょっこり僕たちの前に姿を現すことをさ……照だってそう思うだろう?」
諦めたくない。きっとまた会える。僕はそう信じているから。
「……そんなの、俺だって諦めたくないよ。本当は摩央を独り占めできることの方がいいに決まってるけど、ヴァレリオが傍にいると摩央が幸せそうだから……百歩譲って俺も幸せなんだよ」
照の優しさに涙腺が緩む。僕はやっぱり三人の中で自分が一番未熟な人間なのだと確信する。これは紛れもない事実だ。情けないほど真実だ。
「ごめんよ。照。だからまだ、そういうことはできない……」
僕は照の手を掴むと、強く握った。
「キスは? キスだけならいい?」
照は僕の手を強く握り返すと、切羽詰まった表情でそう言った。
「……いいよ。キスだけだよ?」
僕はそう言うと、照の頬を掴み引き寄せた。本当に久しぶりのキスに、僕は今までどんな風にキスをしていたのか忘れかけている。
「摩央……」
照は僕の名前を熱のこもった声で呼んだ。
「照、好きだよ……」
僕がそう言い、あと少しで唇が触れ合うという時だった。
「うわっ!」
僕の目の前でいきなり照が後ろに吹っ飛んだ。照は床に尻もちを付き痛そうに顔を歪ませている。
「な、何が起きたの?」
僕は驚いて部屋を見渡すと、ドアの前には良く知った人物が佇んでいる。その人物は悠然とした態度でそこに立ち、今までと変わらぬ崇高な雰囲気を醸し出している。
「ヴァレリオ!」
僕と照はひどく驚き、同時にそう叫んだ。
「俺がいない間に摩央に何をしようとした? 照、貴様は本当に目障りな男だな」
「ヴァ、ヴァレリオ! お前、何でいるんだよ!」
照は素早く立ち上がると、ヴァレリオに近寄り、そのまま男らしくヴァレリオを乱暴に抱きしめた。
「心配したんだぞ! この野郎!」
照はヴァレリオの背中を何度もバシバシと叩いている。
「ヴァレリオ……生きてるよね? 幽霊じゃないよね?」
僕は恐る恐るヴァレリオに近づいた。もし、本当に幽霊だったら今度こそ立ち直れる自信がない。
「幽霊とは何だ? 翻訳をしようとしたが、アルキロス星にはそのような概念はない」
「はは、そうか、そうなんだ」
僕はおかしくなって笑った。笑いながら泣いた。涙で前が見えないくらいに。
「俺はちゃんと生きている。本当は極刑を言い渡される予定だったが、摩央の映画を見た星民たちが俺を救ってくれた。分かるか? 摩央の映画を見て、俺と同じように感情を揺さぶられた星民が数多くいたということだ。そして何より、その中の一人が俺の父だ……」
「え?! お父さんが?」
僕は驚きの余り声が裏返った。
「そうだ。下手したら父が一番摩央の映画を気に入ったかもしれない。あの父がな」
ヴァレリオは自慢げにそう言った。その顔は初めて見るヴァレリオの顔だ。とても心から嬉しそうな表情をしている。
「おい、アルキロス星の極刑って何なんだ? 俺たちは、ヴァレリオが受ける刑は、一生幽閉されるってことだって聞いてたから、マジ驚いたんだぜ?」
照が、ヴァレリオと嬉しそうに肩を組むとそう言った。
「それは俺も知らない。今まで犯罪をするような奴は、我が星では存在しなかったからな。ただ、多分極刑が何なのか決まってもいないのかもしれない」
「何だよそれ! 紛らわしいよ!」
照は、ヴァレリオを左右に揺さぶりながらそう叫んだ。
「いや、父はあの時、本当に私を殺すほどの刑を考えていたのかもしれない。それ程俺の罪は大きかったからな……」
ヴァレリオは真剣な表情を作ると、僕に視線を移した。
「摩央、聞いてくれ。俺が捕らわれた後、父は星民の前で演説をしたんだ。自分も摩央の映画に感動したと。そして、自分の息子が自分の身を犠牲にしてまで愛する者を救おうとする感情に驚き、やはりその感情を無視できないということを伝えたんだ。でも、今のアルキロス星の社会を変えたりはしない。ただ、新たに娯楽という枠組みで、日本の娯楽だけを輸入すると決めた。その代わりに、我々の星の資源を日本に輸出すると……摩央の病気は? 今、摩央は元気なのか?」
ヴァレリオは僕に近づくと、僕の頭のてっぺんからつま先までを、まるでレーザー光線のように見つめた。
「ああ、そうだよ。その資源のおかげで、僕の病気は完治していってるよ」
僕の言葉を聞き、ヴァレリオは力が抜けたように床にへたり込んだ。
「そうか、良かった……本当に良かった」
僕はヴァレリオの傍らに座ると、大きな背中を優しく撫でた。
「アルキロス星の管理された社会に風穴を開けられたね。それが僕の映画だなんて、こんな光栄なことはないよ。ヴァレリオ、本当にありがとう」
僕は感動のあまりまた涙が溢れてきて、自分のこの泣き虫さ加減が本当に嫌で堪らない。
「俺は愚かなことをしたのかもしれない。でも、どれだけ個性を無くし、皆を平等にしたとしても、個々の生命に息づくアイデンティティは、自分が自分らしく生きることを本能的に求めてやまないのだ。例えそれが争いに繋がったとしても、愛と勇気があれば乗り越えていけると、俺はそう強く信じている……」
「そうだね。本当にそうだね……ねえヴァレリオ。娯楽って感情を揺さぶる一つのファクターに過ぎないのかもしれないけど、その娯楽によって揺さぶられた感情から、たくさんの愛と勇気が生まれるんだよ……そうだよ、きっとそうなんだって僕は信じてる……」
ヴァレリオは俯いていた顔を上げると、その美しい顔で僕に優しく微笑んだ。
「そうだ。だから俺は、アルキロス星人の感情を失わせないために、日本から輸入する娯楽を選ぶ役割を与えられた。そして、また摩央の映画に出演してほしいと、父からも、星民たちからも求められている」
僕はヴァレリオの言葉に言葉を失った。本当にこれは現実なのだろうか? 僕は夢ではないのを確かめたくて、自分の頬を痛いくらいつねった。
「摩央、何をしている?」
ヴァレリオが不思議そうに僕を見つめた。
「これはな、夢じゃないか、自分の頬をつねって確かめてんの。痛かったら夢じゃないってこと」
照は面倒くさそうに説明をしながら、ヴァレリオを立ち上がらせた。
「さてと。俺も今日から俳優としてヴァレリオには負けられないな。摩央! 俺、本格的にプロの俳優を目指すって決めたから!」
僕は照の言葉に驚き、反射的に反対の頬も強くつねった。
「良かった! 痛いよ! 凄く痛い!」
僕は痛いのと、嬉しいのと、泣きたいのとで、もう自分の感情がごちゃごちゃでわけが分からない。
「大好きだよ。照、ヴァレリオ……本当に大好きだ!」
僕はありったけの気持ちを込めてそう言うと、二人の間に入り、思い切り背伸びをしながら二人の肩を引き寄せた。
「僕が二人のために、最高の映画を作るからね!」
僕は声高らかにそう言うと、二人の頬に向かって、交互に熱いキスを与えた……。
了
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