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寝言は寝てから
「なんでてめぇがここに……」
偶然にしては出来すぎている。なんらかの意図があって叶真をつけてきたのは明らかだ。
「えっ、なに、知り合い? もしかして彼氏とか……?」
睨みあったまま動かない叶真に男はそう尋ねる。不機嫌なキョウスケの視線は叶真に注がれており、緊迫した空気が漂っていた。
危険を察知したのだろう。男の勃ちかけていた性器はみるみる萎み、すぐさまそれをしまう。硬直状態の続く叶真から身を離した男はキョウスケの目の前を走りぬけ、便所の外へ出て行ってしまった。
なんとも素早い逃亡に呆れる叶真だが、それもほんの一瞬だ。逃げ去った冴えない男よりも、目の前のキョウスケのほうが大事だった。
睨みあい、無言の時が過ぎるがその空気を破ったのはキョウスケのほうだった。
「俺の姿を見ただけで逃げるとは、随分と情けない男を引っ掛けたもんだな」
それには叶真も同調するが口には出さない。下手に相手のペースに乗せられては勝ち目がないことを叶真は学習している。
大事なのはなぜキョウスケがここにいるのかということだ。どうやって自分の居場所を知ったのか、目的はなんなのか。いや、居場所を知った経緯は心当たりがあった。
そもそもキョウスケが初めて叶真の元を訪れたのも掲示板がきっかけだ。ずっと使っていた掲示板とはいえキョウスケが見ている可能性がある以上、安易な書き込みは迂闊だったと今更ながら思う。
「掲示板見て俺の後をつけて? んで目的はなんなわけ? てめぇが好きなのはバリタチの調教だろ。俺に用はもうないだろうが」
タチへの復活を諦めていないが身体はすっかり調教されてしまった。これ以上キョウスケが自分に望むことはないはずだった。
キョウスケがゆっくりと近づいてくる。コツコツと響く靴音が無機質で恐ろしく聞こえた。叶真の数センチ前で足を止めたキョウスケは、叶真が息をのむほど不機嫌だ。
「ヤりたかったから男を漁ってたんだろう。俺が犯してやる」
「……はぁ? 寝言は寝てから言えっての。俺だって相手を選ぶ権利くらい……」
叶真の話など聞く気がないキョウスケは、一番近くの個室に叶真を押し込み、後ろ手で鍵を閉める。ただでさえ狭い個室便所に、平均以上の体格の二人が入るとろくに身動きも取れない。
奥に追いやられた叶真の目の前にはキョウスケが立ち塞がっている。ドアはキョウスケの向こう側だった。キョウスケの気が変わらない限り無事に帰れそうにないのは明白だ。
「ほんと……なんなんだよ、てめぇ。意味わかんねぇ」
「意味? そんなものない。ヤりたいからヤるだけだろう」
「そこに俺の意思はないわけ?」
「口で嫌がっても身体は正直じゃないか」
「それは生理現象。俺はてめぇが大嫌いなんだけど」
今こうして顔を合わせ、言葉を交わしているが、本当は二度と会うつもりがなかった。今も本当はすぐにでも立ち去りたい。話をするのも嫌だった。
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