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叶真の災難2

 うつ伏せに倒れていた叶真を男は乱暴にひっくり返す。衝撃を受けた脳はまだくらくらしてどこかぼんやりしており、襲撃者の顔はよく見えなかった。 「俺自身、あんたに恨みはないんだけどさ」  言い終わらないうちに、男の拳が振り下ろされる。それをまともに顔面で受け止めた叶真は、激しく頭を地に打ち付けた。 「ぐっ……いっ、てぇ……」  喉の奥で血の味がする。殴られたときに口の中を切ったか、鼻血でも出たのだろう。左頬が熱をもったように熱い。 「闇討ちとか、卑怯な真似するじゃねぇか」  襲撃者はニヤリと顔を歪めた。  やはり会ったことのない男だ、と叶真は思う。  褒められた話ではないが、闇討ちに合ったのはこれが初めてではない。男も女も見境なく食い荒らしてきた叶真は、その数だけ恨みも買っている。のらりくらりと躱すことのほうが多かったが、殴り合いの喧嘩や、それこそ今夜のような闇討ちに合い、一方的なリンチを受けたこともままあった。まあそれは自業自得だと、叶真自身も納得している。  だが正直、今回の闇討ちに至ってはまったく心当たりがない。このところ、叶真のただれた関係はもっぱら恭介だけだ。残念なことに叶真の息子は女相手にはピクリとも反応しなくなったし、今の叶真では男も抱くことはできない。恨みを買う行為は一切していないはずだ。  物取りかとも思ったが、それにしても叶真を襲撃するメリットは少ない。金目当てならそれなりの体格を持つ叶真をわざわざ狙いはしないだろう。 「あんた、一体なんなわけ」  そう問うと、今度は反対の頬に拳が飛んでくる。今度は身構える時間がわずかにあった分、頭を打ち付けることはなかったが、それでも痛いものは痛い。 「いやー、俺もこんなことしたくないんだけどさ。恋人に頼まれちゃって」  したくない、と言うわりに、男の声は楽しげだ。それが叶真には耳障りだった。 「俺の恋人さ、前に好きなヤツがいたらしいんだよ。でもそいつ、一回寝たら同じやつとは二度と寝ないって言ったらしくて。だから諦めたっていうのに、最近は同じやつと遊んでいるらしいじゃん。そりゃ俺の恋人のプライドぼろぼろよ」 「はぁ? なんだよ、それ……」 「なんつったっけ、君の彼氏。キョウ? 恨むなら彼氏を恨みなよ」  叶真の気分は最悪だった。最悪を通り越して最低最悪、絶望という言葉すらぬるい。  つまりは叶真自身、今回の闇討ちに関してはまったく落ち度はなく、逆恨み中の逆恨みだ。恭介の恋人だと思われていることにも反吐がでる。  この男にとって恋人がどれほど可愛いのか知らないが、襲うなら叶真でなく元凶である恭介を狙うべきだ。それをわざわざ叶真を狙うあたり、叶真ならば抵抗されても勝てると踏んでいるのだろう。  腹が立つ。腸が煮えくり返るとはこのことだ。 「ところでさ、君ってそんなにイイわけ?」 「なにがだよ……」  襲撃者が下世話な笑みを浮かべる。 「なにって、ナニがだよ。一度しか抱かないって言う男がのめり込むんだからさ、そっちの具合、相当イイんでしょ」  叶真は殴られて熱をもった頬が引き攣るのを感じた。 「興味あるなぁ、その身体。ここで君を犯すのも彼氏への良い復讐になるかな」  襲撃者は叶真へ馬乗りになると、自身のベルトへ手をかけた。カチャカチャと冷たい金属の音が、夜の闇にやたらと響く。  叶真は自分の身体からサッと血の引いていく音を聞いた。それは恐怖でも怯えでもなく、怒りのせいだ。 「災厄日だな、こりゃ」  叶真が観念したと思っているのか、襲撃者は余裕の表情を浮かべている。 「君にとってみれば、そうだね」 「俺? ちげーよ。てめぇにとってだよ」  目の前を青白い炎が揺れるのを感じる。青い炎は激しい怒りの証だ。プツンと自分の中で何かが弾け、叶真の理性はそこで途絶えたのだった。

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