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叶真の災難5

「いや、その状況で倍返しとは頼もしいやつだと思ってな。お前の暴れっぷりを想像すると……流石雌豹だ」 「雌豹って言うな、コラ」  恭介は最近叶真を雌豹と呼ぶ。豹と称されるのは良いとしても、雌は余計だった。 「それだけ頼もしいのなら、これからも多少のことは大丈夫だろう」 「……俺としては勘弁願いたいけどね。見ろよ、この顔。イケメンが台無し」  恭介は喉の奥で笑いながら、踵を返した。 「あれ、あんたヤりに来たんじゃねぇの」  昨夜からの度重なる着信も、てっきりそれが目当てだと思っていた。というより、恭介が叶真と会う理由はそれしか思いつかない。わざわざ無駄話をするために家までくることはないだろう。 「そのつもりだったが、その顔は萎える」 「てめぇな、言うに事を欠いてそれかよ」  誰のせいでこんな顔になったと思っている。恭介の唯我独尊な態度には、辟易した。 「それにヤるより先に、することがあるだろう」 「えー……なんかあったっけ?」  恭介はやれやれと肩をすくめながら、煙草を咥え、火を着けた。 「病院、行ったのか?」 「行ってねぇけど。ってか病院行くほど大袈裟なもんじゃないし」  腫れあがった顔も、内出血を起こしている青紫色の腹も、数日経てばマシになる。せいぜい自分で冷やす程度だ。今までもそうしてやってきた。 「馬鹿か、お前は。頭を打っているんだろう。念のために診てもらえ。馬鹿が更に馬鹿になるぞ」 「……口が減らねぇな、あんたは」 「馬鹿にされたくなかったら大人しく言うことを聞くんだな」  車を回してくる、と恭介は小さく呟いた。  態度や口こそ悪いが、どうやら恭介なりに心配してくれているらしい。  叶真は喉の奥がきゅっとなるのを感じた。  人に心配されるなど、いつ以来だろう。これまで同じような目に合った時も、自業自得だとろくに心配されなかった。叶真も大人の男だ。心配して欲しいわけではない。わけではなかったが、実際心配されると、こそばゆいものがあった。  全ての元凶は恭介だ。心配もなにも、恭介が悪い。心配するのが当然だ。叶真はそう思う。そう思っているが、やはり嬉しかった。  叶真は恭介の背を見る。あの男が自分を心配する……信じられないが、行動が恭介の心を表している。恭介は時に、言葉より仕草や行動のほうが余程優しい。 「……ありがと」  消え入りそうな声で、叶真は恭介に向ってそう言った。恭介に礼を言うのは癪だし気恥ずかしかったが、身体の奥から自然と発せられた言葉だった。  言葉が届いたのか、恭介が驚いた様子で振り向く。咥えていた煙草がぽろりと唇から離れた。 「お前……本当に頭がおかしくなったんじゃないか?」 「うるせーよ! 人が素直に礼を言ってんのに!」  恥ずかしさに、叶真は叫ぶようにそう言った。顔が紅潮しているのが自分でも分かる。  本当に口の減らないヤツだと、叶真は恭介を小さく睨んだ。そんな叶真の目に映ったのは、どこか清々しい笑みを浮かべる、恭介の姿だった。  本当に、言葉よりも表情のほうが余程素直だと思う。  叶真は小さくなっていく恭介の背を見て、心に誓う。この誓いも何度目になるだろう。 「絶対あいつに落ちたりなんてしないからな」  赤い顔でそう呟いた叶真だが、その表情に説得力はこれっぽっちもなかった。

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