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傷つけた

 授業の合間の休み時間は10分ある。その度に柚弥は、昨日と比べて明らかに会話の反応が芳しくない僕に対し、あらゆる角度から話を振ってくれた。  だけど「……うん」「そうだね……」「へえ、そうなんだ……」ばかりを繰り返して、ろくに目も合わさず、話の広がりを見せられない僕は、 休みの回数を重ねるにつれ、その対応ではやはり対処しきれなくなり、柚弥にも明らかな挙動の不審を隠せなくなっていた。 「裕都君、どうした? …………何か、変だよ」  ニ時間目が終わった後、とうとう僕の方に体ごと向き直った柚弥の顔は、頬杖から浮いて、やや改まったものになっていた。 「うん……」 「あ、ごめん。昨日から俺、テンション上がり過ぎて喋り過ぎだよね。ごめんね……」 「ううん、沢山話してくれるのは、嬉しいよ……」 「そう? じゃあもしかして今になって緊張してる? それはないな。だって昨日は全然普通に結構喋ってくれたし……。疲れてる? そりゃ疲れるよね、昨日から結構がっつり授業だし、俺はベラベラ喋るし」 「いや、橘君が喋るのは良いよ……」 「じゃあ具合悪い? 熱とかないよね」  そう言って柚弥は僕の額に手をかざそうとした。少し近づいただけで、彼の甘い香りがほわっと漂ってきて、僕は額を押さえて思わず後ろへ引いた。 「大丈夫……! 体調は、悪くないよ……!」 「そう……? でも本当に具合悪かったら、言って。保健室連れてってあげる。 ごめん、うちの保健室、ちょっと先生がイマイチでさ、一人で行かせるのは危険っていうか……、」 「……」 「……やっぱりそこも、突っ込まないんだね」  笑いを混えて向けた話にも、案の定乗ってこない僕に苦笑して、柚弥はその話題も止めた。 『本当に、どうした……?』  頬杖をついて僕の顔を覗き込んでくる瞳が、そう問いかけているようだった。  いくら何でも、僕のこの態度はあんまりではないのか。  確かに昨日見た彼の姿は衝撃的ではあった。  けれど柚弥はそんな事情を知っている訳ではなく、こんなに話しかけてきて、不要な僕の心配までし始めてしまっている。  朗らかな彼の表情が気掛かりそうに僕を見守っていることに心が痛み出して、僕はようやく彼の方を向いた。 「…………橘君」 「柚弥でいいって言ったし」 「あ、ごめん。ゆ……、」  だがどうすればいいんだ。昨日の放課後の出来事を見たと伝えればいいのか。  そんなことをしたら彼の反応はどうなる。転校して来たばかりで、隣の席で、折角築き始めた関係なのに。  そうやって逡巡しながら答えは出ず、だけど彼に返事をしようとした。  するとふっ、と視界が変わって、柚弥の瞳、唇、鎖骨が甘く柔らかな香りと共に迫ってきた。  え、と思った時には僕を見上げる柚弥の瞳が間近で瞬きをしていた。  弧を描く睫毛、微かに紅く染まった唇。  襟の間から覗く白い肌が彼の甘い香りと共に匂い立つようで、 不意に、その姿が昨日のそれと重なって、強烈に脳裏に甦った。 「——……っ!」  反射的に僕は、彼が伸ばして来た手を強く振り払った。 『あ……、』  しまった。  と思ったけど、遅かった。  目の前には、驚いたように見開かれた柚弥の瞳がある。  今のは、まずかった。  痛かったかも知れない。何より、多分、——傷つけた。  無意識だ。彼そのものに、という訳ではない。  だけど完全に、今の反応は『拒否』以外の何物でもないものに満ちていた。  弁解を言いたくても何故か喉でつっかえていて、僕は柚弥の反応をただ見守るしかないままでいた。  柚弥の振り払われた腕は静かに降りた。  見開かれた瞳はやがて落ち着き、だけど心細げに揺れて、伏せられた。 「…………ごめん。何か髪の毛、寝癖っぽくなってたから……」  そう告げて柚弥は体ごと前に向き直り、机に伏せて、組んだ腕の中に瞳だけ残して顔を埋めた。  僕達の対話を断つように、さらに三時間目を報せるチャイムが鳴った。  先生が教室に現れ、僕も前に向き直るしかなかった。  柚弥は顔を腕の中に埋めたまま、前を見据えた姿勢の状態で動かない。  その横顔を痛々しく感じながら、何の取り繕いも出来なかった自分に腹が立ち、僕は深い溜息を口の中で押し殺した。

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