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観賞用と保存用と心強さと

『……せんせい……』 「う……ん……」 『弓削せんせい……』 「……ん、……?」 白いモヤの中に、柏木らしき顔が見える。 俺を見下ろすような体制からして、組み敷かれている……? 「なんだ……? キサマ……」 『ええ……? だーかーらぁ、言ったじゃないですかぁ、体で払っていただくって。弓削せんせいの、ボクのなかに挿れて、いいですよね……?』 ゆるく握った手を顎に当て、頬をぴんくに染める。気色悪いはにかみポーズだ。 「ぅ、……わ────ッ!!」 がばっと起き上がり、上下左右をくまなく探る。 「ハァ、ハァ、」 いない…… 自宅のテーブルに突っ伏したまま寝落ちしていたようだ。 「うぇっぷ!」 ゾクッと吐き気がする。どうせなら花ちゃん先生にのしかかられる夢を見たかった。 腕時計はもう10時を差している。 おっと、こうちしゃいられない。 就寝前の花ちゃん先生のご様子を窺わなければ。 俺は使い込んだ聴診器を壁に当て、耳をすました。 「あーあー……」 む? 壁の向こうから聞こえてきたのは可愛いぼやき声だ。 今夜はご機嫌ななめだろうか? こんな時間にケーキとか差し入れたら怒るかな。 「チェキって、焼き増しできるのかなぁ……」 ん? チェキって、あのいかがわしい香りしかなかった撮影会のことか? 「……先生とのチェキ、ボクも欲しかったなぁ……」 ほう、とため息をつく音もする。 うん……? こ、これは、先生のうちの誰かと撮ったチェキを欲しがっていらっしゃる? 「はぁっ……。……せんせえと、……したいなぁ……」 ほう、とまた悩ましげなため息がつづいた。 だ……誰だ? もしやそのナントカ先生とやらが花ちゃん先生の想い人なのか? 誰だその幸せ者は、あいつかあいつかあいつか? くそう、心当たりが多すぎてわからんわ!! 「ハッッ!!」 もしや柏木!?まさか、いやでもわからん、 えええー花ちゃんせんせえ〜〜!?!? ………… …… ◇◇ 結局その後はまんじりともできぬままに朝を迎えて、クマだらけの顔で出勤するハメになった。 その昼休み。 「うっぷ……」 昨日へんな夢を見たせいで食欲がない。 速攻チャージ系ゼリーをちびちび飲んでいると、花ちゃん先生がもじもじと寄ってきた。 今日は石灰の匂いをさせている。なんともそそられる白衣姿だ。 吐き気など吹っ飛んだ、鑑賞してていいなら白飯三杯はイケる。 「あのぅ、弓削せんせぇ」 「……なにか?」 しかしここはあくまでクールに。 「そのぅ、……昨日一緒に撮ったチェキって、焼き増しとか、できたりします……?」 「えっ」 思いもよらない問いかけに、たいそうマヌケな声が出てしまった。 えーと、なに? 俺と一緒に撮ったチェキ? 焼き増し? 欲しいの? え、欲しいの!? 「いっ、いやそのっ、ボク先生方とツーショットなんてしたことなかったからっ、き、記念に欲しいなー、なんて。だからそのえーと、別に深い意味はなくてっ……!」 ああなんだ、そういうことか。 確かに先生同士でツーショット撮る機会なんて滅多にないよな。花ちゃん先生らしい発想だ。 「できます」 「えっなんですか?」 「チェキの焼き増しできますよ。カメラの三田村で」 「そ、そう、三田村さんで……」 「駅ビルにあるので、俺が帰りに焼いてきます」 「いっっ、いやいやそんな、悪いですよ! 預けてくれればボク自分で……」 「いいんです、ちょうど俺も観賞用と保存用のも欲しかったので」 「えっあっ、そ、ですか……? えっ?」 そこで予鈴が鳴り、 「もうすぐ授業が始まりますね。それじゃ」 鞄を抱えスタスタと歩き方出した。 「あっ、じゃああのボクも! ボクも携帯用と観賞用と保存用の三枚欲しいですっっ!」 「……」 無言で振り向き、こくりと頷く。そしてまたスタスタ歩き出した。 職員室を出る直前で柏木と入れ違いになる。 「……弓削センセ、鈍感すぎでしょ」 「?」 何やら柏木がクスクス笑っているが、気にも止めずに一年の教室へ向かった。 第6話おわり☆*:.

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