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第1話 夫の仕打ち

 また、悪夢の七日間がやってくる。  オメガ性のリオル・フォーデンは、何度も経験しているからわかる。身体が熱くなって、その熱にやられて頭がぼうっとしてきて、下半身が妙に落ち着かなくなる。  前回からそろそろ三ヶ月経つ。この感じは間違いない。今夜あたりからヒートが始まるみたいだ。    それを知っていてリオルの夫、シグルド・フォーデンはマントを羽織り、出掛ける支度をしている。  またヒートのときに、家にひとり、おいてけぼりにされる。 「あっ、あの……!」  大きな屋敷の玄関先で侍女に見送られているシグルドに向かって、勇気を振り絞って声をかける。 「フォーデンさん……」 「なんだその呼び方は。今すぐ言い直せ」  ついクセで家名で呼んでしまい、シグルドに睨まれる。  シグルドのことを下の名前で親しげに呼ばないと「俺たちは夫夫だろ」と怒られてしまうのだ。  きっと他の人に偽りの夫夫だと悟られることが嫌なのだろう。 「ごめんなさい、シグルド。あの、いっ、一週間くらい出発を遅らせることはできません……か?」 「なぜだ?」  蒼翠色の瞳が容赦なくリオルを見下げている。  王立騎士団の一員であるシグルドは誰が見ても麗しいと思うほどの容姿の持ち主だ。  プラチナブロンドの髪も、精巧な人形のように美しい顔立ちも、アルファ性らしく長身で豊かな体躯も、すべてが完璧だ。  王都では遠征などの際にシグルドの馬が通過すると、沿道からキャーッと声が聞こえてくるくらいだ。  皆の憧れのシグルドの妻になったのに、リオルはちっとも幸せではない。シグルドに愛されていない、名ばかりの妻だからだ。 「あの、今夜あたりからヒートが……」  自分で言い出しておいて、カァッと顔じゅうが熱くなる。ヒートを理由に夫を引き止めるということはつまり、シグルドに抱いて欲しいと言っているようなものだ。 「別にヒートを起こしたからって死ぬわけじゃないだろ?」  シグルドの容赦ない冷酷な言葉に、ガンッと頭を殴られたようなショックを受けた。夫夫になってから三度めのヒートで、今度こそはシグルドに抱いてもらおうと、なけなしの勇気を振り絞ったのに。 「ヒートのたびにオメガが命を落としていたらオメガは絶滅してるだろうからな。そうならないってことは大丈夫だろ」 「でも……っ!」  シグルドの言うとおり、ヒート中にアルファと交われなくても命を落とすことはない。でもアルファのいないヒート期間は、まさに地獄の苦しみだ。苦しくて、身悶えても熱は冷めず、みっともない痴態をさらけ出しながら淫乱になり、アルファアルファとうなされ性交の相手を求める。  アルファの種をもらうまでは、いくら自慰しても気休めにしかならず、途中意識を失っているときもある。このまま悶え死んでもおかしくないくらいに苦しい。  それがアルファのシグルドにはわからないのだ。ひとりきりのヒートがどれだけ苦しいものかは、それを体験したオメガにしかわからない。 「悪いが予定は変更できない。ひとりで耐えてくれ」  そう言われると覚悟はしていた。それでもいざ拒絶されると、グサリと刃を突き立てられたみたいに胸が苦しくなる。 「そうだリオル。俺が相手をしないからって他のアルファを家に呼ぶのは禁止だ。俺たちは夫夫なんだから、家にアルファなんて呼んだらお前が浮気をしていると噂が立つだろ。そんなことになったら、俺たち両家のメンツが丸潰れになるからな」  シグルドの残酷な捨てセリフが、傷ついたリオルの心にさらに追い討ちをかけてくる。  やはりそうだ。  シグルドの頭の中には家のメンツのことしかない。  仕方のないことだ。ふたりの結婚は家同士が決めた政略結婚なのだから。  オメガのくせに地味でブサイクでなんの取り柄もない自分と、誰もが憧れるアルファのシグルドが結婚してくれただけでも幸せだと思わなければならない。  政略結婚でなければ、シグルドみたいなひくて数多のアルファが出来損ないオメガのリオルを結婚相手に選ぶわけがない。  シグルドはマントを翻して、屋敷を出て行った。  無常にも閉められた扉のバタンと閉まる音が、まるでシグルドの心の扉が閉まる音のようで、残されたリオルはヘナヘナとその場にしゃがみ込んだ。

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