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第13話 他人でいるより嫌だ

「何をしている?」  気配もなく突然ふたりのあいだに現れたのはシグルドだった。シグルドは呆気なくセナとリオルを引き剥がし、氷のような冷たい視線をセナに向ける。 「気安く触るな。誰の妻だと思っているんだ?」  シグルドのひと睨みでセナは震え上がり「もっ、申し訳ありませんっ」とヘコヘコ頭を下げている。 「まっ、まさかバランさまのご子息の奥さまとは知らずに、すっ、すみませんでした! でも誓ってやましい話は。ただ仕事をいただけないかと話をしただけでございますっ」  さっきまでの馴れ馴れしい態度はどこへやら、セナは、シグルドに対してはかなりの低姿勢だ。 「本当かリオル」  今度はシグルドのきつい視線がリオルに向けられる。冷酷なシグルドに見下ろされ、リオルは身の毛がよだつ。 「は、はい……あの、自宅の警備のために雇ってもらいたいと」 「警備……?」 「はい。最近街でも不穏な事件があるようで、アリシアだけでは不安ではないかと」 「……リオルはこのアルファの男を家に住まわせたいと思っているのか?」  シグルドからの強い圧力を感じる。シグルドが家長なのに、勝手に物事を決めたと思われたのだろうか。  それにしてもやはりシグルドは鋭い。オメガのリオルでもセナがアルファだとは感じ取れなかったのに、それをあっさりと見抜いたようだ。 「あのっ、勝手なことは……シグルドの許可を得てからって思ってるから!」 「俺の許可が欲しいのか?」 「……はい。シグルドは大切な王立騎士団の勤めがあって、不在のことも多いし……」 「俺が不在だから、この男と仲良くしたいということか?」  シグルドの声も態度も決して穏やかではない。明らかにシグルドは怒っている。ただここはパーティーの場で、人が大勢いるから必死で感情を抑えているのだろう。こんなところで妻を怒鳴れば不仲だということがはっきり露呈してしまうから。 「リオル。ちょっと来なさい。ふたりきりでパーティーを抜け出したいなら、相手は当然夫の俺しかあるまい。なぁ、そうだろう?」  シグルドに睨まれて身体がガクガクと震え出した。また怒られる。今日こそシグルドに怒られないようにいい妻を演じてみせると思っていたのに。 「はい。喜んでついて行きます……」  怖い。怖くて仕方がないが、シグルドが無理矢理リオルを引っ張っていったら周りに誤解されてしまう。  リオルはわざとシグルドの腕にしがみつき、仲睦まじい雰囲気に見せかける。 「物分かりがいいリオルは俺は大好きだぞ」  シグルドの言葉は穏やかに聞こえるが、はらわたは煮えくり返っているに違いない。  シグルドに連れて行かれるとき、周囲は寄り添うふたりに温かい目を向けてくれる。  不仲なことはうまく隠し通せているようだ。実際は、ふたりの関係はそんな甘いものではないのに。  こんな仮面夫婦はもうやめたい。リオルを好きでもないくせに、あれこれと画策し、体裁を取り繕おうとするシグルドを見るのは辛すぎる。  好きな人は憧れのままがよかった。  そうすれば綺麗な思い出のまま終わったのに、今はその人に怒られてばかり。  優しくするのは世間体のため。じゃあそのバカみたいに大切にしている世間体のために、お互いの家の存続のために、リオルを抱いてくれるかと思いきや、それはない。  こんな関係、他人でいるより嫌だ。  リオルの心は悲鳴を上げているのに、実家の財政難のことを考えるとどうしてもこの政略結婚から抜け出せなかった。

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