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1.ローズ

見慣れた風景。 電車を降りて、階段を下る。 改札を出て、暫く歩くとそのビルはある。 1階はコンビニで、2階は美容院、5階から上はマンション。 オシャレなそのビルの3階は、知る人ぞ知る縁結びの女神様のおわすゲイバーだ。 そこは僕にとって、とても大切な場所である。 チリン…… 「いらっしゃいませ」 重たいドアを押し開ければ、ドアベルが小さく僕の存在を知らせ、マスターがカウンターの中から声を掛けてくれる。 『 Une roue de roses 』 通称『ローズ』 それが、このバーの名前だ。 下では…外からは店の名称しか分からない。 けれど、3階へ上がれば、そこで初めてゲイバーと言う表記を目の当たりにする。 扉の前にも注意書きが有り、更にはこの重厚な扉が入店を今一度確認するという仕組み。 ここまですれば、普通のバーだと勘違いして入る人も減るだろうし、興味本位の人も気を削がれるでしょう。とは、麗しのヴィーナスこと、ローズのマスター・リュートさんの談。 そのリュートさんは、来客が見知った僕だと気づくと、ふんわりと微笑んで迎えてくれた。 ちなみに、初めてのお客さん相手だともっとキリッとしてる。 「平井くん、こんばんは」 「こんばんは、マスター」 そしてマスターは、何も訊かずに僕のいつもの1杯目、ブシーキャットを作ってくれる。 ジュースとシロップしか入っていない、甘いノンアルコールのカクテル。 アルコールの臭いで酔うほどじゃないけれど、お酒に弱い僕はアルコール入りは、飲んでも度数の弱いものを1杯程度。 それもいつも2杯目に頼んで、それが空になれば店を出る。 お酒が好きでもないのにどうしてバーなんかに来るのかと言われれば、 ここにはリュートさんと友達が居る。 それから、ここは僕を隠さなくていい場所だから───だったりする。 ローズはカウンター席のみのお店だ。 入口のある一面を埋める青く光る水槽を眺めることの出来る特別な2人掛けのソファー席も一つあるけど、そこにはいつも『予約席』のプレートが置いてある。 そこは、他の人の座れない、僕の友達の大切な場所。

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