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Year 10 / Christmas Holidays 「クレアとテディ」
すっかりクリスマスムード一色のロンドンの街で、テディはクレアの買い物に同行し、溢れそうに膨らんだいくつものショッピングバッグをレンジローバーに積みこんだ。
休暇のとき、学校までテディを迎えに来たクレアがその帰りに買い物をするのはもう習慣になっていたが、今日はいつもとは比べものにならないほど大荷物だった。モルドワイン用のスパイスキットと赤ワイン、七面鳥 、ローストビーフ、ベーコンとソーセージにブリュッセルスプラウトなど、クレアはクリスマスのごちそう用の材料などをウェイトローズとセインズベリーズでたっぷりと買い、満足げな表情を浮かべていた。
「ありがとう……テディがいてくれて助かったわ。疲れたでしょ、ちょっとなにか飲んでいく?」
そう云ってクレアはいま出てきたスーパーマーケットの並びにある、洒落たカフェを指さした。そっちに目を向けたテディは遠慮しようか、それともクレアも休憩がしたいだろうかと迷ったが、その隣にあるクリスマスの装飾で彩られた小さな店に気がつくと「あ……じゃあ、そうしましょうか」と頷いた。
路上に駐車したまま車を降りると、テディは先に入っててください、とクレアに云って、その雑貨店に足を踏み入れた。
店内には自分の背丈ほどのクリスマスツリーが飾られていた。ウィンドウの傍はサンタクロースやツリー、リースや蝋燭などクリスマス一色だったが、少しなかに入るとそうでもなく、落ち着いた雰囲気のいい雑貨が並べられていた。テディは暫し途方に暮れたように店内を見まわしていたが、ふとそれが目に留まり、近づいてひとつを手に取ってみた。
薄荷の飴のような、うっすらとしたグリーンが綺麗なマグ。土の風合いを残した素朴な暖かみを感じるそれは厚みがあり、持った感じも重みがある。模様はなにもないが、粗い塗りがそのままいい味になっていた。
値も手頃で、置いてあった場所にはもうひとつ、同じ大きさの深い藍色のマグがあった。テディはそれも手に取り、両方並べて眺めてみた。
ルカにはミントグリーンのほうで、自分はインディゴブルーかな、と色違いのマグで一緒にお茶を飲むのを思い浮かべる。テディは口許を綻ばせ、店員の立っているほうへ振り向いた。
「――あら、プレゼントを買ったの?」
リボンのかかった箱を覗かせた紙袋 を手にテディがカフェに入っていくと、クレアが目敏く声をかけた。ガラス越しに見えるレンジローバーを見やり、「車、大丈夫ですか……」とテディが路上駐車のことを気にかけると、クレアは「大丈夫よ、今日はまだそんなに混んでるほうじゃないわ」と答えた。それを聞いてテディは席に坐り、モカフラッペを注文して足許に紙袋を置いた。
「すみません……ちょっと、いつもよくしてくれてる友達が、十二月生まれで……クリスマスと普段のお礼を兼ねて、なにかしたくて。あと、たいしたものじゃないんですけど、ダニーにだけ……」
「あら!」
ダニーと聞いてクレアは顔を綻ばせた。
「ダニーになにか買ってくれたの? まあ、そんな気を遣わなくていいのに……でも、きっと喜ぶわ。ありがとうテディ」
「ペン立てとフォトフレームのセットなんですけど……陶器でも別に、危なくないですよね?」
「もうそういうのは気にしなくていいわよ。ほんとにありがとう……でも、それじゃお小遣いなくなっちゃったんじゃない?」
図星を指されて、テディは苦笑いした。
「まあ……でも、学校に戻ったらまたいつものをいただきますから……」
いつものというのは、祖父が学校に預けている予備金から寮母のモーリンが手渡してくれる、週十五ポンドの小遣いのことだ。
「でも、年を越すのに財布を空にしておくものじゃないわよ。遣わないかもしれないけど、いちおうこれ、入れておきなさい」
クレアはそう云ってバッグから財布を出し、そこから一〇ポンド札を三枚抜いてテディに寄越した。テディが慌てて、困ったように両手を振る。
「い、いや、いいですよ。そんな……困ります」
「なんで困るの。荷物持ちをしたバイト代とでも思っておけばいいでしょう。子供が遠慮するものじゃないわよ」
「でも……ほんとにそんなつもりじゃ……」
「あのね、テディ」
クレアはテーブルの上に三十ポンドをぽんと置き、財布をさっさとバッグにしまった。「遠慮なんか、本当にする必要はないのよ。気持ちの話じゃなくって、うちはうちの家計からあなたの分を割いているわけじゃないの。あなたにかかっているお金は、あなたを養う義務がある伯父さんがちゃんと出してる。あと、あなたのおかあさまの遺したお金もあるわ。だから、あなたはなにも気を遣うことはないの」
テディは少し面食らった。クレアがそのことについて話すとは思っていなかったのだ。クレアは続けた。
「うちは負担どころか、あなたを休暇のあいだ預かることで伯父さんに充分すぎるほどのお礼をもらってるの。私たちはそれをあなたに還元してるだけよ。だから、変に遠慮なんかしないで他にも要ることがあったらいつでも云いなさい」
「……ありがとうございます」
「ほら、わかったら早くしまってしまいなさい」
クレアに急かされ、テディは三十ポンドを手に取った。同時にクリームがたっぷり乗ったモカフラッペが運ばれてきて、クレアが目を丸くする。
「すごいわね、それ。甘いもの好きなの?」
「好き……です。それに、こういうの学校では飲めないから……」
チョコレートソースのかかった生クリームを細長いスプーンで掬って食べ、テディが思わず幸せそうな顔をすると、クレアは「私もそれにすればよかったかしら」と悩むように云って、笑った。その顔を見て、テディもつられたように笑った。
それは意識して作った笑みではない、少年らしい自然な表情だった。
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